024 通過儀礼とりゃりりゃり
――「くそ!
俺が
「ヴェレド! ばあちゃん!」
ヴェレドは激しくせき込みながらも、近づこうとする俺たちを制し、こう続けた。
「げほ! げほ! こいつは多分マンイーターだ! 何かで口を塞げ! この麻痺毒はまずい……即効性の毒だ……蓮、伊織……本体をたたけ……」
ヴェレドは槍を振りかぶり、ひときわ太い2本の触手の1本を切り落とした。痺れがきているのか、体勢を崩したが、身体を回転させてその勢いを槍に乗せ投げ放った。
すごい……全ての動作が繋がっている。
槍は触手が生えている根本に命中し、ヴェレドはその場に崩れ落ちた。
「キシャーーー!!!」
マンイーターの甲高い金切り声が洞窟中に響き、空気が震えた。触手の根元が激しくうねり、そこから毒々しい色をした巨大な花が不気味にゆっくりと姿を現した。
でかい……フレイムリザードの大きさにも驚いたが、さらに巨大だ。分厚い花弁には鋭い牙のような棘がついている。
そうか、この棘で獲物を捕食するのか――
マンイーターの残った太い触手がヴェレドの槍を掴み、俺の方に投げ捨てた。ふわりと花粉が漂い、息が詰まる。早く仕留めないと!
「ばあちゃん! 動けるか?!」
「ぎ、ぎゅりぎり、にゃんとか~」
「こっちへ! くるんだ!」
「は、はいほ~」
ばあちゃんも相当しびれが来てるのだろう。まともに歩くことは出来ず、2、3歩あるいたところで足がもつれ前に転んだ。
「ひ! ばあちゃん!!! 危ない!!!」
俺は生前のしおしおだったばあちゃんのイメージが抜けきっておらず、転ぶ姿に異常に反応してしまった。お年寄りの転倒は非常に……非常に危険なのだ。
だが、転生したばあちゃんはしおしおじゃない。ばあちゃんは転んだ慣性をうまく利用し、こちらへ転がりながら向かってくる。
――ごろごろごろりん~……
「た、ただじゃ転びゃんびゃい~」
二人になった途端これだ! くそう! 俺たちの戦いはいつも締まらない! ヴェレドが指揮するのとしないのじゃ、こんなにも違う! だがこれでも俺たちは大マジなのだ!
「ばあちゃん! 俺の後ろへ! ドワーフのみんなを頼む……って無理か!」
「ぼ、ぼうびょ! こんにゃときゃ、ドラギョンファンニャニーやったりゃ、ぼうびょしゅるのぎゃ、いちびゃん!」
「なんて?! ドラギョンファ? なに?! なんて言ってるか分からない! 念話で言って!」
《蓮さま! 伊織さまは防御に徹すると申されてます! 伊織さま! ドワーフの皆様と協力して、防壁を作ってください!》
「わにゃた!」
ばあちゃんはまだ意識のあるドワーフに、涙と鼻水とよだれと埃でぐしゅぐしゅの顔を近づけ、その上、わにゃわにゃ話しかけるというカオスな状況を生み出し、土と木の魔法で防護壁を作り始めた。
ドワーフたちは、ばあちゃんのありとあらゆる汁を浴び、困惑の表情……というより、怯えた表情を浮かべている。ごめん、ドワーフさんたち。でも、その人一生懸命なんだ。許してやってくれ。
「ヴェレド! 無事か?! 生きてるか?!」
ヴェレドは微かに親指を立て、俺の問いかけに応えた。ヴェレドは花粉の直撃を受けたから、麻痺する速度が速い……俺は少し距離があったから、まだ大丈夫だが、このままじゃ……
「くそ……まじでこの花粉やっかいだぞ……しかも空気の流れが少ない洞窟ってのが最悪だ。いや……最悪だからこそ、この洞窟に巣くっているのか」
《蓮さま……あれはどうでしょう……》
「あれって?」
《すみません、江藤書店には家電系の書物がほとんどなく、はっきりとした情報を申し上げられませんが、ほら、あの空気を綺麗にする家電……》
「空気清浄機?」
《そう! それです! その家電の機能に、電気で花粉などを破壊する機能があったような……》
「花粉を破壊?……プラズマクラッシャーか!」
《はい! 蓮さまの
「さすがチエちゃん! やってみる!」
《お待ちください! いつものように発動してしまうと、すぐ行動不能に陥ります。出来る限り出力を抑えてください》
「わ、分かった……」
俺はなるべく出力を抑えるよう意識を集中して、
――バチバチバチッ!!!
全身に青白い雷撃がほとばしる。くっ……やっぱり80%くらいにしか抑えられない……
《蓮さま、落ち着いて。呼吸はどうです?》
「ああ、チエちゃんの言う通り、プラズマクラッシャーしてる……でもこの出力じゃ……」
《出力を抑えるのが難しいのであれば、発動範囲を絞れませんか?》
「その絞るってのも……むっ……難しくて……」
《……絞るイメージが難しければ、いっその事、部分的にスイッチをオフする感覚で行ってみては?》
「スイッチを……オフ……」
どうにも俺は、魔力の微調整が苦手だ。そりゃそうだ、ただの日本人なんだから。魔力の調整なんて、なかなかピンとこない。
でもスイッチか……こう見えて俺は、人よりスイッチを触っているだろう。
俺は商工会の職員として、大狸商店街の設備管理を一手に引き受けていた。大狸商店街は古い商店街だ。そのため、街灯や共用設備のスイッチが自動化されておらず、毎日手動で操作していた。夕方になれば街灯を点け、朝には消灯する。他の共用設備も同様だ。そのたびに、新旧さまざまなスイッチに触れる機会が多かった。おかげで、スイッチのイメージは人より……自信がある。
俺は瞳を閉じて、深く身体の部位に集中した。
「スイッチのオンオフか……足はなんだ、トグルスイッチか? いやフットスイッチがいいか。足だからな……腕がトグルスイッチか、上下オンオフの切り替えが腕の稼働に似ているし。ふふ……ほかの部分はどうだ? ロッカースイッチは肩から胸辺りか? シーソーのような動きが何となく肩にあってる。クイックイッってな……ふふふ……あ、もういっそのこと、プッシュスイッチを指先で操作するイメージで全身の部位のオンオフを切り替えるか……ふふふふふ」
《れ、蓮さま……》
かなりやばい画だ。成人男性が目をつぶり、身体の様々な部位を動かしながら、訳の分からないことをブツブツ呟いている。
「てぃえてゃん! りぇんてゃんぎゃ、おひゃひくにゃっにょる!(チエちゃん! 蓮ちゃんがおかしくなっとる!)」
《いえ! 伊織さま! 確かに蓮さまのこのお姿はみっともないですが、これは、この辱めは! 蓮さまが更に上の段階へ進むための通過儀礼です!》
「てゅーきゃぎりぇー! あわりぇ! りぇんてゃんあわりぇてゅぎりゅ! へりゃりゃ! わりゃり、ひぇんにゃにょえ!(通過儀礼! 哀れ! 蓮ちゃん哀れ過ぎる! へはは! 私、変な声!)」
また二人で好き勝手言ってる。完全に楽しんでるだろう。こんな絶望的な状況で……いや、こんな絶望的な状況だからこそ、か……そうだ。これが俺たちのスタイルだ。どんな状況でも笑って乗り越えよう。今までそうしてきたように、これからも。ふふ、やってやる!
「へりゃりゃりゃ」「ふふふふふ」
《……らしくなってきましたね。それでこそ蓮さまと伊織さまです》
やはり、スイッチといえばトグルスイッチが一番オンオフ感が強い! 俺は直感的に、まるでトグルスイッチを操作するように指を鳴らした。
右足――パチン! 左足――パチン! 右手、左手……俺は指を鳴らしながら眼と口以外の電源をオフにしていった。
《蓮さま!》
チエちゃんの呼びかけに俺は瞳を開けた。
俺の
《さすが蓮さまです。この状態なら行動不能に陥ることは暫くないでしょう》
「りぇんてゃんにゃ、にゃれびゃれりりゅろっりぇ、りゃーーー! りぇんりゃんりゅりりょりゅりぃりょ!(蓮ちゃんは、やればできる子って、あーーー! 蓮ちゃん後ろ後ろ!)」
ばあちゃんが、りゃりりゃり何を言っているのか分からなかったが、目線を追い振り返ると、マンイーターの触手がヴェレドに絡みつき、本体の巨大な口元に引き寄せている!
「嗚呼! ヴェレドが喰われかけてる!」
そうだ、現実は非情だ。俺たちの都合で敵は待ってくれない。ヒーローの変身シーンを律義に待つ悪役のようにはいかないのだ。俺とばあちゃんとチエちゃんがへらへらしてたツケがここに来て出た。改めて、もう一度言おう……
「嗚呼! ヴェレドが喰われかけている!」
「い、いいから、早く助けろ……」
良かった。ヴェレドの意識はまだしっかりしている!
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