021 三つの命
――「くせい矢! ちがう! くさ矢!」――
――どごーん! めきめきっ……ズズーン……
あれから数日、俺たちはヴェレドの指導のもと、魔力調整の訓練をやっている。
「どげんかね?!」
「赤ちゃんに歯が一本生えたくらいだ」
「歯ぁ一本!」
ばあちゃんは、もともと桁外れの魔力を活かして、常に最大出力で弓矢を具現化して放っていたため、魔力付与の調整に苦戦しているようだ。
「おうい! また伊織さんが木を倒したぞう! 運べえ!」「わーわー」
《伊織さま、次はあちらの木を目標にしてください》
「はぁい……」
チエちゃんが「やみくもに木を倒すのは森に良くないので、間伐も兼ねて訓練しましょう」と提案した。さすがチエちゃん。これで森の環境もさらに良くなりそうだ。
倒れた木は、ドワーフたちが建材に使えるよう、せっせと処理を進めてくれている。ツクシャナの森の木はとても上質で、高値で取引されるらしい。売っても良し、使っても良しの貴重な資源だ。もちろん、ドワーフたちにもちゃんとお金は払っている。ウィンウィンな関係だ。ばあちゃんの臭い矢、もとい、くさ矢の訓練も、こうして商店街の役に立っているってわけだ。
それはそうと、俺も魔力の調節に非常に苦戦していた。
ちなみに『電磁波による身体の超加速』の事を、俺とチエちゃんは『
この日の訓練は、俺とヴェレドの二人は東の森で、ばあちゃんは南の森で間伐訓練をしている。ますますクマロクへの道が整備されるだろう。俺も頑張らないと。
「うーん……伊織といい、お前といい、魔力の調整が壊滅的に下手くそだな」
「魔力の調整ってのがピンと来なくて……ヴェレドは魔法を使うとき、どうやってるんだ?」
「いや、私は魔法は使えない」
「え?! そうなの?!」
「ああ。本来魔法に使うはずの魔力を身体強化に回してるんだ。魔法は使えないが、基本的な身体能力や五感といった感覚器官が人より鋭い」
「へぇ……あ……へぇ~……」
《……魔力による身体強化……なるほど……》
あ、またチエちゃんが何か考えてる。しかし不思議なもんだ……頭の中にもう一つの人格があるような、独立思考というか、並列思考というか……俺が別の事を考えていても、チエちゃんが別のルートで答えを導き出してくれる。これまで何度彼女に助けられたことか。江藤書店の恩恵がチエちゃんで本当に良かった。
「あ、お前今……『魔法使えないのに指導なんか出来るのか?』そう思ったろ?」
「え?! いえいえ! そんなことは……」
ヴェレドから圧が凄い。ゴゴゴゴという音が聞こえそうだった。ここは正直に……
「はい……思いました」
「あのなぁ、魔法は使えなくても、魔力の流れは見えるんだ。むしろ身体強化している分、下手な魔術師よりもはっきり見えてるんだぞ」
「あ、そうなんだ……」
「お前は、魔力のイメージをもっと具体的にした方がいい。身体を廻る水とか気体とか……人それぞれなんだがな」
すでにその方法はチエちゃんにアドバイスされ試している。だが……
「うーん、そういうのもイメージはしてるんだけど、どうにも上手くいかなくて……」
「まあ、あまり焦ってもしかたない。魔力調整の訓練と並行しながら、その
「やってはみたけど、電気の性質上、どうしても近くのものに引き寄せられるから、狙ったところに当たらないかな」
「ふむ。だったら伊織みたいに武器に魔力を付与するのが一番だろう。蓮、お前、得意な武器はなんだ?」
「え? 得意な武器……ない、かな。今まで武器なんか使ったことないし……」
「お前……本当になんなんだ? 武器を使わないで、どうやって生き延びてきたんだ?」
「い、いや……それは、ほら、えーと……ばあちゃんがいたから! 攻撃はずっとばあちゃん任せだったんだ」
ヴェレドはじっと俺を見つめ、怪訝そうに眉をひそめた。俺たちが転生者だということは、まだヴェレドに話していない。ヴェレドも自分の素性を明かすのを避けているし、チエちゃんが「今は黙っておいた方がいい」と提案してくれたので、俺もばあちゃんもその方針に従っている。
「……まあいい。ドワーフたちに頼んで、いくつか武器を調達してもらった。これでお前の適性を見てやろう」
そう言って、ヴェレドは箱から武器を取り出した。長剣、短剣、弓、槍……すごいな、この人。無茶苦茶仕事が出来る人だ。シゴデキだ。
「まずは基本の長剣だ。持って構えてみろ」
俺は長剣を手に取り、なんとなく構えてみた。思ったよりずっしりと重い。これを振り回すのか。出来るかな……
「駄目だな、向いてない。次」
「え?! はや! まだ一度も振ってないのに?!」
「構えを見れば大体わかる。センスがない」
「センス……がない……」
「どのくらいセンスがないかというと、魚人に砂漠で暮らせと言うようなものだ。すぐ干物だ」
「干物!」
その後も弓や槍を試してみたが、どれも「干物」判定。最後に残ったのは短剣。これは「まあまあ、そこそこ、それなり、そこはかとなく」と言われた。要するにダメってことね……
「投擲はどうだ? 電撃を付与した短剣を投げてみろ」
俺は電撃を付与した短剣を投げてみたが、狙いは外れるし、手から離れるので電撃の力も弱まる。
「蓮、お前……今のところ、本当にいいところがないぞ」
「すみません……」
「ふむ……参ったな……まあ、武器については引き続き考えるとして、次は
「あ! はい! 3つまでなら!」
雷撃の訓練と並行して、俺は
「そうか! 成果が出たな。偉いぞ」
「え? あ、ああ……へへ、ありがとう……」
ヴェレドと初めて会った時、俺はこの人の事を怖いと思っていた。隙のない立ち振る舞いや鋭い目つき、無駄を一切省く合理的な思考や行動が、無機質で感情のない人間に見えたからだ。でも、それは俺の思い違いだった。
ヴェレドはただ、余計な感情を挟まず、必要なことだけを的確に行ってるだけだ。でも……そのシンプルさが逆に温かさを際立たせる瞬間がある――今のこの言葉みたいに。
ツンデレならぬ……無機デレだ。ムキデレ。
「その
ヴェレドが言葉を切り、後方に視線を向けた。その先には大きなシカが佇んでいる。
「……見ろ、『カリブロス』だ。美しいな……」
「かなり大きいね……すごい角だな」
「ああ……あいつの角にかかると、簡単に体が引きちぎれるぞ」
「え、怖っ」
「だが……うまいんだ」
そう言いながら、ヴェレドは音もなく背中の槍を構えた。槍は細身で、柄の部分が通常よりも短く、手元には細かい鎖が巻きついている。
「この槍は私専用だ。中距離では通常の槍として、遠距離では……」
ヴェレドは右手に槍、左手に鎖を握り、間を置かず続けた。
「手本を見せてやる。投擲は……こうやるんだ――」
その言葉の直後、槍はすでに彼の手を離れ、シカの首に命中していた。
「えっ!?」と視線をヴェレドに戻すが、彼の姿はすでに消えている。
「え??? ヴェレド?! いない――」
再びシカの方に目を向けると、ヴェレドが鉈でシカの胸を一突きし、とどめを刺すところだった。
「れーん! 近距離はこうやって仕留めるんだ! ちゃんと見てたかー?」
……見てません。ヴェレドの狩りは速すぎて、まったくお手本にならなかった。
「単純な速さじゃない、滑らかさが鍵だ。ほら、伊織の弓の動作がいい例だ。ゆっくりやっているのに、一瞬に感じるだろ? あれは凄い! あいつの弓は超一流だ! あれほどの腕前のやつは見たことない! 魔力付与はてんで駄目だがな! あ、伊織ほどじゃないが、私の槍もなかなかのものだろう! はは! あ! そうだ! 一度じゃ運びきれないから、あとで伊織にも手伝ってもらおう!」
カリブロスを仕留め、祈りの儀式を行った後、彼の言動には明らかな興奮が見て取れた。
ヴェレドはシカを解体しながら饒舌に話している。
「蓮も手伝え! まずは血抜きだ! 血をこの袋に入れるぞ!」
「え?! は、はい! え……血ぃ?! 持って帰るの?!」
ヴェレドはそういうと、背負っていたリュックから動物の胃から作った袋を取り出した。
「そうだ。一滴も無駄にするなよ! ヴィヴィに頼んで腸詰めにしてもらう! きっと美味いぞ~!」
――命を懸けて、命を頂く――
彼の一連の行動には、その厳しさと
だが俺はこの後、初めての解体作業に耐え切れず、吐いてしまった。
「おえ~……げほっ! げほっ!」
ハンティング……甘く見ていた……そりゃそうだ……狩って終わりってわけじゃない。
「蓮……やれるか?」
「ああ……やるよ……やる」
「そうか……偉いぞ」
まだ温かいカリブロスの肉に触れ、解体していくうちに、俺の中で不思議な感覚が生まれた。
生きていた……さっきまで……引き締まった筋肉……この肉体が動くことはもうない……
不意に、美しい森の中を駆けるカリブロスの姿が脳裏に浮かんだ。
奪った……命を……二度と戻らない命……奪った俺に出来る事……自然と言葉がこぼれた……
「……ありがとう……大切に……頂きます」
言葉と共に、思いがけず涙が溢れだした。悲しいとかじゃなかった。ただ……誰かに……何かに……受け入れられたような気がしたのだ。
ヴェレドが俺の肩を抱え、血まみれの手で頭を撫でてくれた。
「偉いぞ……蓮……」
静かな森の中に、三つの命が揺れていた。
俺は生まれて初めて、この世界の大きな輪の中に……仲間になれた気がした。
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