020 フードさんとアフロ

 ――「強さが関係するのは蓮ちゃんだけやろ〜。私、なんもせんでいいや~ん」――



 いつもの通りの狩りということで、ばあちゃんも同行することになった。ばあちゃんはぶりぶり文句を言いながらも、渋々ついてきてくれた。


 商店街から離れた場所にいる強力な魔物ならともかく、森に入ってすぐにいるウサギの魔物なら楽勝だ。


 だが、いつもと違うのは……



「…………じーーー……………」



 フードさんの鋭い視線が背中に刺さって、なんとも落ち着かない。しかしビビってる場合じゃない。俺たちの実力をきちんと見せないと。


 ばあちゃんの探索スキルで敵を見つけ出し、俺が施錠ロックで動きを封じ、ばあちゃんが後衛からくさ矢で仕留める、という俺たち自慢の最強コンボを見せてやる!


 つもりだったのだが――



「あ! やべ! 施錠ロックミスった! ば、ばあちゃん早く!」


「は、はいよう! く、くしゃやぁぁ!」



 ――ぴゅひゅ~ん……ぽとっ



 くさ矢は明後日の方向へ飛んで落ち……



 ――ピギーーー! ぼこぉぉ!



 いつかの様に体当たりをかまされ……



「ぐへぇ! こなくそ~、施錠ロック!」「ピギ?!」



 俺はウサギと俺の身体を施錠ロックした。



「ばあちゃん! 二発目は?!」


「え~とあ~と、あれえ?! どげんするんやったかいね?! あわわわ」



 しまった、ばあちゃんは極度の緊張症だ。ヴィヴィとの誓いの儀式のときも、誰もいないのにガッチガチに緊張してた。フードさんの圧に完全に舞い上がってる!



「くっ! チエちゃん! ばあちゃん駄目だ! あれ使うよ! いい?」


 《……本当はあまり人に見せたくありませんが、仕方ありません……彼から教えを乞う方が、今後にとって有益でしょう。ですが、可能な限り出力を抑えてください。行動不能になってしまいます》


「わかった……魔物に対して使うのは初めてだな……行くぞ……」



 俺は意識を集中し、力を開放した。



「喰らえ! てん……らい!」



 次の瞬間、俺の身体から青白い電撃が発生し、俺もろともウサギを貫いた。


 ウサギは完全に体の自由を失い、そして俺の頭は……アフロになった。



「よし……何とか出力を抑えて出せたぞ……」



 俺とチエちゃんは、俺の属性が雷であることを知った日から、少しずつ制御できないか模索していた。初めは制御が難しく、全く発動しないか、最大出力で暴発するかだった。最大出力での発動は、魔力の消費が激しく、即行動不能になる。


 とにかく俺は、出力を抑える訓練をはじめた。


 ここ数日、ようやく80%程度の出力で雷撃を出せるようになった。これで即行動不能は回避できる。だが、出せるといっても、身体の周りに纏わせることしかできず、今の様に、敵と密着していないと使えない。俺はこのまとう雷に『纏雷てんらい』と名付けた。



「はぁ……はぁ……ど、どうかな?」



 フードさんは大きく目を見開き、布で覆っていても隠せないほど驚きの表情を見せた。



「……お前たち、いつもこんな感じなのか?」


「え? いや、いつもは施錠ロックが一発で決まるし、無傷で倒せるんだけど……ねぇ、ばあちゃん?」


「そ、そうそう。きょ、今日はちょっと、調子がね……なんかね……」


「……お前ら、こんな戦い方でよくこの森で生き残れたな。この森の魔物は相当強いのがいるぞ? まあ、何故か中心に近いほど弱くなってはいるが……」


「ああ、それはね、稲荷神の加――」



 俺はばあちゃんが加護の事を説明しようとするのを遮り、慌てて言葉をつづけた。



「それより! どうでしょう? 依頼、引き受けてくれますか?」



 フードさんは口元に手をやり、俺とばあちゃんを交互に見て、何かしばらく考え込んでいた。



「いくつか質問させてくれ。そこの女……伊織といったか。お前……エルフか? 私が知っているエルフとは少し感じが違うが……」


「ん? そうばい。あ、でもフォクシーエルフって種族みたいやね」


「フォクシーエルフ……初めて聞いた。しかしエルフとは珍しい」


「そうなん? エルフっち、いっぱいおるんやないん?」


「いや、エルフ自体、伝説級の種族だ。滅多に会えるものじゃない。私もお前以外に一人しか知らない」


「ふ~ん…………そうなん?…………あ~ねぇ~…………へぇ~…………はい?」



 ばあちゃん……もう少し興味を持ってあげてよ。フードさん何か言いたげだけど……



「おま……エル………………ふむ……まあいい」



 あ、フードさん会話が続かず諦めた。



「伊織……お前は弓が得意なんだろう? なぜ実物の弓をつかわない?」


「だって弓がなかもん。でも私にはくさ矢があるやろが、ほら、こうやって、くさ矢! ふひゅ~ん……ぷす!……ね!」


「いや、まったく意味が分からない。いいか、本来魔法は、杖などの媒体を使い、長い詠唱と集中をもって発動するものだ……なぜお前は無詠唱で、しかも具現化出来るんだ?」


「はい? むえ、ぐげ……なに? なんでやろねぇ……弓が好きやけん?」


「……答えになってないな……いや……むしろそれが答えか……」



 フードさんは真剣な表情だが、すでにばあちゃんは帰りたそうだ。頼むからもう少し我慢してくれ。



「いいか、お前の場合、実物の弓に魔法を付与して使う方が何倍も効率がいい。精神力の消耗も少なく済むし、威力も増す」


「あ~、たしかチエちゃんがそげな事いいよったような……」


 《私はすでに指摘しておりましたが、伊織さまはあまり興味を示されなかったので……》


「ごめんごめん。あ~やけん、くさ矢使ったら、やたら疲れるんやね~。へはは」



 ばあちゃんのこの呑気さに、彼が怒りださないか気が気でなかった。



「実物の弓を持ち歩いた方がいい。無駄な消耗を減らせるぞ」


「え~、手からぱっと出した方がかっこいいやん。弓とか持ち歩くの面倒くさいし」


「弓が好きと言ったじゃないか! いいから試してみろ。私のショートボウを貸してやる。あそこの木があるだろう。あれを狙え。弓に魔力を付与するのを忘れるな」



 フードさんは100メートル以上先の木を指定してきた。嘘だろ。こんな小さな弓じゃ届かないぞ。



「ありゃ~、ちっこくて可愛い弓やねぇ! うわ~、何年振りやろね~、実際の弓を使うのは。ちょっとやってみようかね……」



 ばあちゃんはへらへらと『エルフの眼』で目標を確認し、弓を射るための動作に入った。



 次の瞬間――



 ばあちゃんの表情ががらりと変わり、その場の空気が止まったように感じた。この目、この立ち姿、ペンダントの中の写真そのままだ。



 ――え?……なんだこれ……



 ばあちゃんの一連の動作が、あまりにも滑らかすぎて、時間感覚がおかしくなった。ひとつひとつと射るための所作をゆっくり行っているのに、まるで全て同時に行われたかのような錯覚を起こすのだ。


 あとで聞いた話だが、弓を射る動作には『射法八節しゃほうはっせつ』というものがあって、この時ばあちゃんがやったのは、その八つの動作に魔力付与を行ったものだった。


 ショートボウに草や蔦が巻き付き、明らかに弓と矢の強度が増している……ばあちゃんは静かに矢を放った。



「くせい……矢」


(いやそれ、ただ臭いっていってるだけだろ!)



 ――スヒュン…………ドゴーーーン!!!



 その刹那、凄まじい速度でくさ矢は放物線を描くことなく、真っすぐに目的の木を射抜いた。


 矢が通った軌跡には、キラキラと魔力の残滓が煌めき、森の中に一筋の光の道が出来た。



「ほあ~! 本当やねぇ! 実物の弓に魔力込める方が、めちゃくちゃ楽やん!」


「ばあちゃん……すげえ! めっちゃかっこよかったよ! 名前間違ってたけど」


「ふむ……魔力付与の効果が凄まじいな。元の魔力保有量が桁外れだ……それより……お前、相当の弓の使い手だな。よほどの習練をしないと、あんな風に弓を射ることは出来ないぞ」


「まぁねぇ。50年以上やっとったけんねぇ。やっとらん期間も30年近くあったばってんね」


「そうか。さすがエルフ、長命種だな。弓の腕は全く問題ない。ただし……よく見ろ」



 彼が指さした先には、的にした木が粉々に砕けていた。



「弓の技術も魔力の保有量も達人級だが……魔力の調整は……赤ちゃんだ」


「「赤ちゃん!」」


「あれじゃ、せっかくの獲物も粉々になってしまう。これから毎日、魔力調整の訓練を行うように。私がしっかり見てやる」


「え……? ってことは……」


「お前ら……もったいなさすぎるんだ。持っている素質は素晴らしいのに……へらへらと! このままじゃいつ死んでもおかしくないぞ。これからは私がハンティングや魔物との戦い方を教えてやる」



 よかった。どうやら彼のお眼鏡にかなったみたいだ。



「……うーん……私は今のままでも別に……」


「ばあちゃん!」


「それと、問題はお前だ。蓮といったか……お前……なんなんだ?」


「え? なんだと言われても……」


「お前が使っていたのは……雷属性の魔法だな?」



 どうしようか。ここでしらを切っても意味がないな……今は彼から教えを乞うのが一番だろう……正直に話そう。



「ええ、そうです」


「やはり雷属性……神をも畏れぬ禁忌の属性か……ふふ、面白い。あと、あの錠前はなんだ? あれも初めて見たぞ」


「あれは施錠ロックといって、なんというか……この街の管理人……どうやら俺にしか使えないスキルです」


「お前だけのスキル?……それは本気で言っているのか?」


「え? はい。本気も本気、大マジです」


「固有スキルなど、この世界で持っている奴なんて数えるほどしかいないぞ……」


「え?! そうなの?! いや、そうなんですか……?」



 フードさんが俺の目をまっすぐに見つめる。何だろう、この人の目……厳しくもあるんだけど……本当に綺麗な目だ。



「お前……本当に訳のわからないやつだな。蓮、正直お前に関しては、今のところ、どうすればいいかよく分からん。雷属性なんて初めて出会ったからな……そうだ、さっき『出力を抑えられた』と言っていたな?」


「はい。まだ思うように上手くはいってませんが……」


「そうか。その訓練は引き続きやるように。まずはそのあ……くっ! ぐぐ……」



 なんだ?! フードさんの目つきがさらに厳しくなった!……怒ってる? なぜだか分からないが、フードさんが怒ってる! 凄まじいオーラを彼から感じる……



「いいか……自身の能力でダメージを負うなど! うう……愚の骨頂! まずはその頭にならない程度に……制御出来るように……ぷ! くく……ぶはあ! あはは!」



 フードさんが……笑った?! うそ! この人、笑うんだ! 俺はもっと無感情なターミネ〇ターみたいな人かと勝手に思っていた。



「ふふふ……ん? ご、ごほん……な、なんだ……私が笑ったら……変か?」


「いえいえ! そんなことは……」



 あれ? 照れてらっしゃる? フードさん照れてらっしゃいますよ……思ったよりこの人、怖い人じゃないのかもしれない。



「ごほん! とりあえず今日は帰って、明日からの訓練に備え休め」


「はい! あ、そういえばまだお名前をちゃんと聞いてなかったですね。俺、田中蓮といいます」



 ばあちゃんも慌てて裾をただし、自己紹介をした。



「江藤伊織と申しますぅ。どうぞよろしくお願いいたしますぅ」



 こういう所はちゃんと日本人だな。



「訓練はお手柔らかにぃ。無いなら無いで結構でございますぅ」



 いや駄目だろ。訓練はして下さい。



「私はサ……ごほん……ヴェレドフォザリ。職業はハンターだ」


「ヴェレドフォザリさん……」


 《ヴェレドフォザリ……?》


「長いからヴェレドでいい。それに敬語も敬称もいらない。『常に対等な関係』が私のポリシーだ」


「はぁ……分かりまし、あ……分かったよ。これからよろしく! ヴェレド!」


「ああ。よろしく。蓮、伊織」


「それより蓮ちゃん、その頭、どげんかせんと」


「そうだな、帰って風呂にはいってアフロを戻さないとな」



「風呂に……アフロ……! ぷ! くくく!」とヴェレドが必死に笑いをこらえている。


 やっぱり、本当はそんなに怖い人じゃないのかもしれない。






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 獲得スキル・魔法


 田中蓮

 ・纏雷てんらい:雷撃を身に纏い、触れたものを感電させる。

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