019 ヴィヴィ
あれからヴィクトリアの店は、連日ドワーフたちが足繁く通い、繁盛していた。
バルトたちドワーフは、採掘チームと運搬チームの20人から30人が、常に大狸商店街に滞在している。
運搬チームは採掘された鉱石をクマロクまで運び、その間、次のチームがクマロクから食材や資材を大狸商店街へ運んでくれるので助かる。俺たちは使えそうな食材や生活用品を、お金を払って買い取っているのだ。
また、ドワーフたちが最適なルートを選んで道を切り開いているので、南からの冒険者は森で迷わずに来られるそうだ。
彼らが一列になって「よいしょ、よいしょ」と口ずさみながら移動する姿は、ほほえましく、つい時間を忘れて眺めてしまう。
ばあちゃんは「へはは……ドワーフが蟻さんのようやね……」と
ドワーフというのは、とにかくよく働く。そしてよく食べる。
店内の席数では足りず、店の外にもテーブル席を設けることになった。
「僕たち専用の造りでいいかなぁ?」
ドワーフたちがその日の朝食前に、自分たちの身体の大きさに合わせた低くめのテーブルとイスをチャチャっと作ってくれた。まさに言葉の意味通り、朝飯前というわけだ。
――「いただきまーす!」「うまうま!」「ほうほう!」「ごちそうさま!」――
小さな食卓で並んで食べる姿が、何と言うか髭の生えたごつい幼稚園児みたいで、不思議な可愛さだ。
俺とばあちゃんは、ヴィクトリアから頼まれた新規食材の調達や、接客や配膳を手伝っている。
「蓮さま! カウンターのお皿下げてください!」
「は、はいー!」
「伊織さま! この料理を外のテーブルにお願いします!」
「はいよう!」
目が回るほどの忙しさだが、毎日が祭りみたいでなんだか楽しい。
そんな中、ある日の閉店後――
「れ、蓮さま~~~! 名前! お店の名前! 変えてください!」
ヴィクトリアが血相を変えて泣きついてきた。事の顛末はこうだ。
「ごっそさん。いつも美味しいご飯をありがとうな!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます! お仕事頑張ってください!」
「あんがとよう! また来るぜい! 勝っちゃん!」
「は~い、またお待ち……は? 勝っちゃん?」
「また明日も頼むよ! 勝っちゃん!」
「「「勝っちゃん勝っちゃん勝っちゃん!」」」
「え、あ……か、かかかっちゃ……おえっ!」
ドワーフたちは食堂の看板を見て、ヴィクトリアの事を『勝っちゃん』と思ったらしい。そりゃそうだ。看板が『勝っちゃん食堂』のままなんだから。
「蓮さま! 看板書き換えてください! 私、このままじゃ勝っちゃんになってしまいます!」
俺たちは食堂の看板を書き換えることにした。
「でもばい? ヴィクトリア食堂っち、ちょっと長くないかね……このまま勝っちゃん食堂でもよくないかねぇ?」
「伊織さま! 何てことを! せっかくお二人から頂いた大切な名前なのに!」
「でも〜、歴史ある名前やし〜、意味は同じやし〜、私はもとより勝っちゃん推しやし〜」
「い、伊織さまのいじ、いじわる!!!」
「へははぁ! 怒らんばい〜、ヴィクトリアちゃん〜。でもやっぱりなーんか長いと思うなぁ」
「れ、蓮さまぁ~!!!」
ああ……この流れは俺が何とかしないといけないな。ばあちゃんに任せると、ろくでもない事になる。
「じゃあさ、勝っちゃんみたいに愛称にしたら?」
「……例えば何ね? なんかいいアイデアあるん?」
「そうだなぁ……シンプルに『ヴィヴィ』とかは?」
「「ヴィ……ヴィヴィ!」」
「ヴィヴィ……かかかか、可愛い……蓮ちゃん、あんた、神か!」
「れ、蓮さま! 素敵です! 私、ヴィヴィがいいです! ヴィヴィ以外考えられません!」
前と全く同じ反応じゃないか。こいつらほんとチョロいな。
こうして、ヴィクトリアは短く親しみを込めて『ヴィヴィ』と呼ばれるようになり、食堂も正式に『ヴィヴィ食堂』となった。
看板もバルト達に頼んで、作り変えてもらった。
しかし、このヒズリアの言語が日本語で助かった。言葉が通じなかったら本当に面倒なことになっていた――
と、俺はこの時思っていたが、これにはれっきとした訳があった。
が、その話は……また今度。
◇ ◇ ◇
(蓮さま、今よろしいでしょうか?)
ヴィヴィが念話で話しかけてきた。
(いいよ。ちょうど薬草の採取が終わって、そっちに帰ってるところ。どうした?)
(今、あのフードの人が来てます)
(そうか! 例の件、頼んでみよう。すぐ戻るから待っててもらってくれ)
大狸商店街のうわさが広まり、ドワーフ以外にも少しずつ訪れる人が増えている。
訪れる客のほとんどは南のドワーフたちの王国、クマロク王国からであるが、たまに森の魔物をものともしない屈強な冒険者もいる。
ここ数日、ヴィヴィ食堂に顔を出す全身マントのフード男もその一人だ。
顔を出すといったが、顔は布で隠されており、その鋭い眼光だけが見える。背中には槍を携え、その隙の無い振る舞いが、彼の実力を物語っていた。
「今日はこれを買い取ってもらいたい」
そういって彼は大きな袋から、魔物の肉や貴重な薬草を取り出した。フード男は、ツクシャナの森で魔物を狩り、ヴィヴィ食堂に売りに来ている。
どの食材も希少価値があり、ヴィヴィはレシピの幅が広がると喜んでいた。こうした高級食材は高レベルの魔物から得られることが多い。
ひとりでこれほど強い魔物を仕留められるとは、相当腕がたつ冒険者なんだろう。
彼は一人で諸国を旅し、命を懸けて『ある人物』を探しているという。詳しく話を聞こうと思ったが……その迫力におされ、聞き出せなかった。
◇ ◇ ◇
俺とヴィヴィはここ数日、冷蔵庫の前で難しい顔をしている。
「フードの人が持ち込んだ食材……何日たっても増えませんね……」
「本当だな」
「あ、でも増えてるものもありますよ」
ここで俺たちは、冷蔵庫の別の法則に気づいた。
フード男が持ち込んだ食材で増えたのは、低レベルの魔物の肉や、俺たちでも採取できるような薬草ばかりだ。逆に増えなかったのは、高レベルの魔物や希少な薬草だった。
チエちゃんが導き出した答えは、冷蔵庫が食材を増やすためには、俺がその魔物を倒して冷蔵庫に入れるか、倒せる程度の強さに達している必要があるということだった。
《ヴィヴィさまの強さが影響している可能性もありますが、それは除外しても良さそうです》
「なんで?」
《なぜなら、すでに増えた魔物の肉は、ヴィヴィさまでは倒せないレベルの魔物だからです。この冷蔵庫が依存しているのは、蓮さまの強さ、もしくは魔物自体の特性に関連していると考えるのが妥当です。
さらに検証を試みるのなら、ヴィヴィさまにゴリッゴリに強くなってもらう必要があります》
「え?! ゴリッゴリ……あ……えーっと……結構です」とヴィヴィは物凄い速さで首を振った。
「うーん……強さに依存するとして、なんで俺が出てくるんだ?」
《冷蔵庫の起動に関与しているのは、店主のヴィヴィさまと、管理人である蓮さまだけだからです》
「なるほどね……」
「蓮さま! 私、もっといろんな料理に挑戦したいです! ここはひとつ……強くなってください! ゴリッゴリに!」
「お?! お、おう……」
はは、最近、ヴィヴィが遠慮なく頼みごとをするようになってきた。良い傾向だ。奴隷だった彼女はどこか遠慮がちなところがあったからな。
それにヴィヴィ食堂は大狸商店街の立派な稼ぎ頭、食材の確保くらいは支えないと。
「わかったよ。もっといい食材をとってこれるよう頑張るよ。しかし、どうしたものかな……俺たちは魔物の生態に詳しくないし」
《その道のプロに教えを乞うのが一番の近道です。フードさんに打診してみてはいかかですか?》
「フードさんって……なるほどね。あの人、ちょっと怖いけど……頼んでみるか」
こうして俺たちは、フードさんにハンティングや戦闘の技術を教えてもらえないか交渉することに決めたのだった。
「ハンティングのやり方?」
「も、もちろん、指導料はちゃんとお支払いします。どうでしょうか?」
フードさんはじっと俺を見据えた。
その瞳は恐ろしく澄んでいて、『みる』ということ以外、余計な感情や情報は一切なかった。
この目……どこかで見たことがある……
そうだ……商店街のおいちゃんおばちゃんたちが、自分の仕事をしている時の目……勝っちゃんおいちゃんが麺上げのタイミングを見るときの目……金光刃物店のおいちゃんが包丁の仕上がり具合を見るときの目……
余分なものを一切排除し、全神経を観察することにだけ注いだ瞬間に訪れるあの純化……
今、フードさんの視線は俺を観察することだけに集中している……
ある種、純粋すぎるその眼差しに、一瞬、狩られる側の恐怖を覚え、背筋が凍った。
やがて、彼は静かに言葉を続けた。
「まず、お前たちが普段どんな狩りをしているのか、見せてもらおう。それを見てから考える」
こうして俺はフードさんのテストを受けることになった。
チエちゃん……俺には、この人に頼むのはちょっと早かったかもしれない……なんだか怖いんですけど……
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