018 バルト(2)

 ――「これくらいで……どう、かなぁ?」――



 ドワーフは金貨10枚、日本円にしておよそ100万円の大金をカウンターに差し出し、小型犬のようなつぶらな瞳でこちらを見ている……こいつ……何を企んでやがる……なんて可愛い眼差しなんだ!



「この遺跡? 街の責任者はどなたぁ?」


「俺です。一応管理人なので……お客さま、この金貨は一体どういうおつもりでしょう」


「これはねぇ、開店祝いと、ひとつお願いの意味もあってねぇ」


「……お願いといいますと?」



「いやぁ、実はねぇ」とドワーフは続けた。


 彼の名前はバルト。ツクシャナの森の南に位置するドワーフの国、クマロク王国の鉱石採掘チームの一員だそうだ。


 このツクシャナの森にはいくつかの洞窟があり、そこでは様々な鉱石が採れるという。



「それにねぇ。この森ねぇ、中心部に近いほど、質の高い希少鉱石が採れるんだよぅ」



 希少鉱石は高値で取引され、武器や防具、アクセサリーなど様々な用途に使われる。


 ただ、この森の魔物はかなり強く、洞窟に無事たどり着いても、体力的に十分な採掘が出来ないのが難点らしい。


 その問題を解消するため、バルトは森の中心部付近で安全な野営地を探していたという。


 そこで大狸商店街だ。ここは森の中心部に位置し、質の高い洞窟への距離が近い。しかも商店街の周りは稲荷神社の加護により、魔物の強さが低く補正されている。野営地にはうってつけというわけだ。



「しかし、不思議だねぇ。以前調査に来たときは、こんな街なかったのにねぇ」



 バルトは偶然発見した大狸商店街を探索し、この食堂を見つけたのだ。



「しかも、こんなに美味しい食堂もあって、最高だよぅ。ここに僕たち探索チームのキャンプを張らせてもらえないかなぁ。もちろん邪魔にならない様に空いた場所にテントをはるからさぁ。この金貨10枚はそのお願いの意味もあるんだぁ。どうかなぁ?」



 なるほど。この法外な額は、そういう事だったのか……でも……



「わかりました。キャンプをするのは構いません」


「よかったぁ! ありがとうねぇ! じゃあこの金貨受け取ってくれるかなぁ」


「……いいえ。この金貨は受け取れません」


「ええ?! なんでね蓮ちゃん! もったいない! 折角やき、もろうとかな!(折角だから貰っておきましょう)」


「ばあちゃん、ヴィクトリア、ちょっといいかな」



 俺は二人に正直に自分の考えを話した。



「俺は、この世界のことはまだよく知らない新参者だけど、この大狸商店街をこのヒズリアでちゃんと復興させたいんだ。そのためには、誠実な商売を積み重ねることが大切だと思ってる」


「蓮ちゃん……金貨……貰わんの? 金貨……」


「え? この人、連荘れんちゃんっていうのぅ?」(そっちの連荘じゃないよ。蓮ちゃんだよ。というかこの世界、麻雀があるのか?)


「これだけの額を頂けるのは……ありがたいと思うよ。恐らく、これから沢山お金もいるだろう。おいしい取引とも言える。でも、これは今の俺たちには多すぎるし、それに元々ここはツクシャナの森。あとから来た俺たちが、場所代を取るのは……どうかと思うんだ」


「蓮さま……」


「あ、れんねぇ」(そう、蓮だよ)


「そりゃ今後、街が発展してきたら、綺麗ごとだけじゃ済まないだろう。でも俺たちはまだ始まったばかり。まずは地道に、誠実に商売をしたい。そうすれば、ここに訪れてくれる人も、きっと増えると思うんだ。だから今は……この金貨は受け取れない」


「蓮ちゃん……」「蓮さま……」


「れんさん……」(あんたも参加するのね。覚えてくれてありがとう)


「バルトさん、お食事代は適正価格の中銀貨1枚で結構です。キャンプもしてください。その代わりと言ってはなんですが、今後ともご贔屓にお願いします。そして、よければ、この商店街の事を……広く伝えてくれると嬉しいです。この街はまだ……出来たばかりなので……これでいいかな、ヴィクトリア」


「ええ! もちろんです! バルトさん、また来てくださいね! もっとメニューを増やしてお待ちしてます!」


「はうう……キンキラキンがぁ……」


「……わかったよぅ。それじゃあ、中銀貨1枚置いておくよぅ」


「「ありがとうございます!」」「金貨ぁ……」


「はぁ~……れんさんはいい人だよぅ。僕もこの街が繁栄するよぅ、応援するよぅ。みんなにこの街の事、伝えるよぅ」



 よかった。バルトさんはいい人そうだ。しゃべり方がラップっぽくなってるが。



「でもそれだけじゃ、僕の気が済まないなぁ……何か僕に手伝えることはあるぅ? あ、そうだ! さっき刻み細工がどうとかって言ってたよねぇ! それを手伝わせてよぅ! 僕らドワーフは手先が器用なんだぁ」



 一瞬、俺たちの時が止まった。そうだった。この人、会議の会話聞いてたんだ。



「すみません……ちょっとお時間を……」



 俺たちは店の外に出て、話すことにした。



「どどど、どうしよう、俺、接客に頭がいっぱいで完全に忘れてた!」


「私も料理に夢中で……」


「私も金貨に夢中で……」


 《私はしっかり覚えてましたよ。みなさん目の前の出来事に囚われすぎです》


「「「すみません」」」


 《問題はどこから話を聞いてたかですね。様子を探ってみましょう》



 俺たちは店の入り口から顔をのぞかせバルトに尋ねた。



「バルトさん、その……さっきの話なんですが、どこから聞いてました?」


「ん~? カーデン? がどうたらとかぁ、魔方陣の刻み細工がどうたらとかの辺りかなぁ。カーデンってなぁに?」


「いえ。もうしばらくお待ちを……」



 そこまでしっかりと話を聞いてたわけじゃなさそうだ。何となく会話に参加したんだろう。なんかそんな感じの人だし。



「なんか……あまり心配しなくてよさそうだな。ばあちゃんどう思う?」


「うーん。そうやねぇ、人生一周した『ばあちゃんスコープ』からみても悪い人には見えんばい」


「なんだよ、ばーちゃんスコープって……でもそうだな。なんだかマルチーズみたいだしな」


「あ! 私もそれ思いよったんよ! 毛をくくってから完全にマルチーズやったもん」


「マルチーズってなんですか?」


 《小型の犬です。バルトさんにそっくりです》


「まあ、例えカデンの事がバレても、マルチーズみたいな人だから大丈夫だろ」


「そうやねぇ。マルチーズみたいな人やけんねぇ。チエちゃんはどげん思うね?」


 《マルチーズみたいな人ですからねぇ……大丈夫でしょう》


「チエさんまで?! なんですか? そのマルチーズに対する全幅の信頼は?!」


「まあ、冗談はさておき、実際、刻み細工の魔方陣は必要だし、バルトさんの申し出は助かるよ」


 《そうですね。逆に彼が最初の客だったのは幸運だったのかもしれません》


「よし……それじゃあ、バルトさんに頼んでみよう」



 俺たちは再び店の中に戻り、バルトに刻み細工の件を頼んでみた。



「よかったぁ。任せてよぅ! 仲間たちにも手伝ってもらうよぅ!」



 こうしてバルトさんたちドワーフの採掘チームは、大狸商店街の広場でキャンプをすることになった。



「おうぃ! みんなぁ! この人がこの街の長、蓮さんだぁ! ご挨拶を~!」


 ――「蓮さん! ありがとう!」「お邪魔します!」「よろしくな!」――



 ドワーフたちは連日、食堂に来てくれ、店の中は完全に犬カフェ状態となった。


 問題の足場も、ドワーフ本人たちがその辺に落ちている木の枝で、即座に作ってくれた。



「いや~! ここのご飯は本当に美味しい! これから毎日楽しみだ!」


 ――「「「ほう! ほう! ほう!」」」――



 魔方陣の刻み細工は、チエちゃんとヴィクトリアの指示のもと、バルトさんの仲間たちが交代でカデンに刻んでくれた。これで対外的には『カデンは魔道具』として言い訳がたつ。


 足場のような大きなものから、刻み細工のような小さなものまで、本当にドワーフ族というのは手先が器用なんだなと感心した。



「おお~! 今日の収穫は凄いな……こんな鉱石、見たことないぞう!」


「早く帰って、王様にみせないと!」


 ――「「「ほう! ほう! ほう!」」」――



 彼らはここを中継地点に洞窟を行き来し、鉱石をクマロク王国に運んだ。その際、大狸商店街の事を広めてくれ、少しずつだが人の出入りが増えてきた。



「おうい! この人、森の中で倒れてたぞう! 何日もご飯を食べてないそうだ!」


「食堂に連れて行け~!」



 訪れるのは主にドワーフ族だが、まれに森で迷い傷ついた冒険者がやってきたりもした。そんな人たちは手水場ちょうずばの水とヴィクトリアの薬草料理を食べ、傷を癒して帰っていった。



「ありがとうございます。本当に助かりました。しかし、こんなところに街があるとは……冒険者仲間にも伝えておきます!」



 そうだ……まずは知ってもらうこと。


 それが大狸商店復興の第一歩だ。もっと仲間を増やして、店主の契約を結ばなくては。できればバルトさんに金光刃物店かねみつはものてんの店主になって貰いたいな。


 金光刃物店は、昔ながらの製法で包丁などの刃物を作っている。要するに鍛冶屋だ。バルトさんなら金光刃物店の道具を最大限に引き出せるだろう。



 そんなことを考えていた矢先――



 またひとつ、ある出会いが訪れた。


 その出会いが大狸商店街に新たな成長と、思いもよらぬ波乱を巻き起こすことは、この時の俺には知る由もなかった。





 ――――――――――――――

 ヒズリア通貨


 ・金 貨:100,000円相当

 ・大銀貨:10,000円相当

 ・中銀貨:5,000円相当

 ・小銀貨:1,000円相当

 ・大銅貨:500円相当

 ・中銅貨:100円相当

 ・小銅貨:10円相当

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