017 バルト(1)

 ――――「ごはん、食べれるかねぇ」――――



 ドワーフの男の声に俺たちは汗だらだらで沈黙した。


 とんでもない事になった。永久機関の事を秘密にしようとしたそばから聞かれたかもしれない。というかこのドワーフ、一瞬、会議に参加してたぞ。どこから聞いてた?



「あり? どったの? お腹がへってるんだけど……」


 《蓮さま……何か答えないと不自然です。とりあえず何か受け答えを》


(あ、ああ、そうだな)


「お、お食事ですね! え、ええ、大丈夫ですよ! なぁ! ヴィクトリア!」


「え?! ええ! も、、どす……です! どうぞこちらにお掛けくだせい、そい……さぁい!」



 ヴィクトリアが焦りのあまり、語尾が舞妓さんの寿司職人みたいになっている。だが語尾より、の方がまずいぞ。落ち着け。



「ありがとうねぇ。いやぁ、助かったよぅ。こんなところに食堂があるなんてねぇ」



 ヴィクトリアがドワーフをカウンター席に案内すると、彼は背負っていたリュックを地面に下ろし、席に付こうとした。



「よいしょ……うーん……よいしょ……ううーん……」



 だが、身長が足りなくてなかなか座れない。



「お客様……お手伝いしましょうか?」


「うん~……お願いしてもい~い?」


「では、失礼します」



 と俺はドワーフの両脇に手を添え、持ち上げようとしたが……


 お、重い……! なんだこの重さ! 身長は100センチほどなのに、びくともしない。この重さ……70? いや、100キロはないか?! そして物凄く……硬い! なんだこの筋肉……



「……お客様……少々お待ちを……」



 ばあちゃんが不思議そうに見ている。



「……蓮ちゃん……どげんした?」


「……ばあちゃん……めっちゃ重い……まるで岩だ……子供サイズなのに、とんでもなくごついぞ……危うく腰をいわすところだった……」


「……ありゃ……二人でやる?」


「頼む……」


「お客様……お待たせしました」


「ごめんねぇ……」


「いえ、とんでもない……では失礼します。ばあちゃん、いくぞ」


「はいよう!」


「「よっこい……」」


「しょ!」「しょういち!」



 俺とばあちゃんは二人がかりで何とかドワーフを持ち上げた。



「ほ~うほうほう! あがったあがったぁ~。ほうほう!」



 ドワーフは楽しそうに笑いながら足をばたつかせる。やめろ! 重いんだから!



 ――トスン……



 何とか座らせることができた……



「はぁ……はぁ……お、お客様……こ、今度は踏み台を用意しておきますね……」


「うん~! ありがとう~! え~っと……あれ? メニューはないのぅ?」



 とドワーフはカウンターの椅子でくるくる回りながらメニューを探す。結構落ち着きないな……まるで子供のような挙動だ……



「え、あ、メニューは……ヴィクトリア?」


「へ、へい! あ、はい! えっと……すみません、実はこの店、まだ正式に開店していなくて……もし、お任せ頂けるのであれば、今ある食材で何かお作りしますが、いかがでしょう?」


「あらぁ、それはお忙しいところごめんねぇ。頼んじゃっても大丈夫ぅ?」


「はい! 、もちろん!」



 よし……ヴィクトリアもだいぶ落ち着いてきた。


「じゃあ、お任せでお願いねぇ」と、ドワーフは兜を脱ぎ、横の席においた。


 ごわごわの髪の毛は伸び放題で、どこからが髪の毛で、どこからが髭なのか分からない。顔全体が毛に覆われている。ドワーフは「そろそろ切らなきゃねぇ」などと言いながら、毛の塊を両手で掻き分け、顔をのぞかせた。


 ……ああ! こ、これは! 黒目がちの小さな真ん丸おめめが、ぱちくりしている! カワイイ! 犬みたいだ!



「ここを……こうして……っと……」



 わあ! 左右に掻き分けた毛を紐で縛った! 犬だ! マルチーズみたいだ! カワイイ!



「蓮ちゃん、蓮ちゃん……お冷出さんと……!」


「あ、ああ、そうだな……!」



 そうだ、犬っぽい人に見とれている場合じゃない。俺とばあちゃんはわたわたと突然の来客への対応に追われた。


 ばあちゃんは腰を落としてコップを両手に「へい!」と構えている。二個はいらない!



「ど、どうぞ」


「あれぇ? なにこれぇ……お水は頼んでないよぅ。いくらなのぉ?」


「いえ、お冷はサービスなので、お代は結構です」


「へえ~。そりゃありがたいなぁ。そんじゃあ、いただきまぁす」



 ドワーフは水を一口飲み、小さな目を見開らき、水を見つめた。



「こっ、これは!」



 そして意を決したように一気に飲み干した。



「ぷはぁ! お……美味しいねぇ! このお水、美味しいよぅ!」


「あ、ありがとうございます。当店のお冷はセルフ方式ですので、もしお気に召されたのなら、こちらからご自由にどうぞ」


「うそぉん?! こんなに美味しいお水、いくらでも飲んでいいのぅ?! じゃあ――」



 とドワーフは席から降りようとした。まずい!



「あ! でも! 今日は! 私が……お注ぎします。お客様は、そのままで」


「ああ~、そうかぁ。そうだねぇ。おかわりお願いしまーす」



 よほど水が美味しかったのか、ドワーフは何度もおかわりをした。日本では普通の水が、こちらの世界では、めちゃくちゃ美味いらしい。さすが日本の冷水器。


 それより料理の方は大丈夫なのだろうか?



「ヴィクトリア……料理ってどんな感じ? お任せって言ってたけど……」


「はい。実はいつ開店してもいいように、いくつかレシピを考え、仕込んでいました!」



 そういえば、冷蔵庫の謎を検証中も、夜な夜な厨房で何かしてたな……小人の観察だけじゃなく、ずっと試作をしてたのか……



「……ヴィクトリア。君は本当に偉いな……いいお嫁さんになるよ」


「!……蓮さまが……それを言ったらダメです!」


「え?! あ、ご、ごめん! 料理は女の人がするなんて、古い考えだね! ごめん、そんなつもりで言ったんじゃ――」


「違います!……そうじゃなくて……偽りと言えど、私と蓮さまは誓いの儀式をしたんですからね!」


「え?……ああ…………え?」


「でも……ありがとうございます……私、頑張ります……頑張りますから!」



 この場合の「頑張ります」は、どういう意味なんだろう……


 出会ってまだ間もないが、彼女は本当によくやってくれている。料理が苦手な俺たちの食事の世話や、落ち葉などですぐ散らかる商店街の掃除、ばあちゃんの日課の稲荷神社の掃除まで手伝っている。


 本当にいい子だ。もしあの誓いの儀式が、ばあちゃんやチエちゃんの冗談ではなく、本当だったら……



「蓮さま! 伊織さま! 出来ました! 配膳のお手伝いをよろしくお願いします!」


「あ、わ、わかった!」「はいよ~!」



 食堂内には、ふわりと料理の香りが満ちていた。俺とばあちゃんは、その美味しそうな香りに喉を鳴らしながら、料理をカウンターに配膳した。


 目を輝かせるドワーフにヴィクトリアは料理の説明を始めた。



「こちら『ハーブと木の実サラダ』と『ウサギ肉のシチュー』になります」


「うわ~! 美味しそうねぇ!」



 ウサギ肉のシチューから立ち上る芳醇で濃厚な香りが、湯気とともに漂い、鼻先を心地よく刺激する。これ……絶対うまいやつだ。



「サラダはハーブを中心に、ローストして砕いた木の実をトッピングしたものです。ドレッシングには、さっぱりとしたビネグレットソースを使いました。ウサギ肉のシチューの濃厚さを引き立ててくれます。


 シチューに使っているウサギ肉は、新鮮で嫌な臭みも殆どありません。ですので、お肉本来の野生の風味を活かすため、下味のハーブは抑えめにしています。噛めば噛むほど、肉の旨味が出てくるはずです!」


「なになにぃ? なんかよく分からないけど、凄そうだねぇ。頂いてもいいかねぇ?」


「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」



 すごい……限られた食材でよくここまで美味そうなものが作れるな……ドワーフはよほどお腹がすいていたのか、一瞬で平らげてしまった。料理の味は……ドワーフの笑顔が物語っている。



「もうなくなっちゃった……おかわりあるかねぇ?」


「はい! 沢山ありますよ!」



 サラダとシチューを二回おかわりして、ようやく落ち着いたようだ。満足そうにお腹をさすっている。しかし、この小柄な体によくあれだけ入るな……サラダもシチューも一皿がかなりのボリュームだったぞ。いや、この筋肉を維持するにはこのくらい必要か……



「ごちそうさまでしたぁ。お兄さん、お代はいくらかねぇ?」


「え? お代ですか……すみません……まだ価格を決めてなくて。なにしろ初めてのお客様でして」


「そうかそうかぁ、そうだったねぇ。それは光栄だねぇ」



 俺とばあちゃんは他の街に行ったことがないから、この世界の物価を知らない。相場を知っているのはヴィクトリアとチエちゃんか。俺は念話でチエちゃんに聞いてみた。



(チエちゃん、こっちの通貨と相場ってどんな感じ?)


 《この世界の通貨は――


 ・金 貨:100,000円相当

 ・大銀貨:10,000円相当

 ・中銀貨:5,000円相当

 ・小銀貨:1,000円相当

 ・大銅貨:500円相当

 ・中銅貨:100円相当

 ・小銅貨:10円相当


 となっております》


(ほぼ日本円に近い設定だね。金貨だけ高額だけど)


 《今回の場合、サラダが1皿500~600円で、シチューが1皿1000~1200円として、各3杯、合計で4500~5400円。中銀貨1枚前後が妥当かと》


(ヴィクトリア、聞いてた? その辺りの金額で提示してみて)


(はい!)


「それでは中銀貨――」



 ――ジャラ……



「これくらいで……どう、かなぁ?」



 ヴィクトリアが答える前に、ドワーフは金貨10枚をテーブルに差し出した。


 え? 金貨10枚って……100万円?! どういう金銭感覚してんだこのドワーフ! ヴィクトリアも驚きのあまり尻尾が膨れ上がっている。ヴィクトリアは慌ててこう続けた。



「お客様! 困ります! そんなに頂けません! 私、えーっと……困ります!」



 うん。困ってるね。そりゃそうだ。こんな金額あり得ない。


 ばあちゃんは「ひゃー! キンキラキンの金貨やん~!」とよだれをたらし指でつついている。ヴィクトリアとは全く逆の反応だ。



「ばあちゃん、やめなさい」


「へい……」



 それにしても、このドワーフ……



「ほうほうほう……」



 マルチーズみたいな顔して、何を企んでるんだ……




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