016 緊急町内会議~後半~ 

 ――《さて、本題の『永久機関』についてお話しします》――


「は~い。よろしくお願いしまずずず~」



 俺たちは、ヴィクトリアが作ってくれたナッツバーと薬草茶をすすりながら、のんきにチエちゃんの話に耳を傾けた。ああ、この緩さ……大狸商店街の町内会議を思い出す――



『――蓮ちゃん! お茶入れてくれい!――』


『――金光さん、あんたんとこは、どげんするとねぇ――』


『――もう、ワシん代で終わりたい! 今時、包丁研ごうなんてもんおらんばい。ステンレス製の安くてよう切れるやつが売りよる! もうワシも包丁研ぐのしんどい! そげん言う、あんたんとこはどげんするとね、久世さん。あんたんとこ、ずーっと閉店売り尽くしセールしよるやないね。いつ閉店するとね?――』


『――商品が全然売り尽くせんけん、閉店出来んとたい! あんたらがうてくれんやろが! みんなイ〇ンやら、ユニク〇ばっか行ってから! モールがいかん! モールがワシらを殺すぅ! モールに殺されてしまう!!!――』


『――仕方なかろうもん! あんたんとこホットテック置いとらんめぇが! これ、暖かいっちゃき! 知らんめぇが!――』


『――知っとる! 昨日ユニク〇でうてきた!――』


『――うとるやないか!!!――』


『『『――がははは!!!――』』』



 商店街の店主たち、じーちゃんばーちゃん、おいちゃんおばちゃん……みーんな呑気な人たちが多かったもんなぁ……そりゃあ、シャッター全部しまっちゃうよ。危機感を持って時代に追いつかないと。


 栄枯盛衰……今思えば、みんなどこか覚悟というか……時代の流れに対する諦めのような……自身を歴史の一部として受け入れていたような気がする。


 ん? 時代に……追いつく? 違うな……追いつくって感覚自体が間違ってるのかもしれない……あの人たちが、時代を作ったんだろ? 一つの時代を……僅かな時間だとしても、いずれ無くなる運命だとしても……そこで営み、育んだ。そして次の世代……俺たちが生まれ、育った。


 育ててもらった……この街に……


 向こうじゃ、恩返しし損ねたからな……せめてこっちの世界では――



 《蓮さま? よろしいですか? ここからが大事な話ですよ? ぼーっとしないで下さい》


「え?! ああ! ごめんごめんチエちゃん! 続けて下さい……」


 《この商店街には、ガスや電気といったエネルギーは転生されておらず、各店舗に供給されていません。それにも関わらず、なぜガスコンロや冷蔵庫といった機器が動くのか。それはおそらく、管理人である蓮さまや店主であるヴィクトリアさまが触れることで、電気や熱を動力とする転生物が『目覚めた』のではないかと、私は考えています》


「目覚める?」


 《はい。たとえば、ガスコンロは電池式の着火装置で『電力』を必要とし、そこから『発火』します。蓮さまの雷の力、そしてヴィクトリアさまの火の力が、ガスコンロを目覚めさせたのでしょう》


「あ、そういえばパチってなったな」


「私も最初に触ったとき、熱を感じました」


 《伊織さま、試しにそこの扇風機に触れてみてください》


「ん? 私? なんで蓮ちゃんじゃないと?」



 ばあちゃんが扇風機に触れるが、何も起こらない。



 《では蓮さま、扇風機に触れてみてください》


「ああ。パチッ!――いた! もう! やだな、これ!」



 扇風機が動き出し、そよそよと風を送り出した。



 《これで……ほぼ確定です。この商店街の電気製品を動かせるのは、『電気の力を持つ管理人』、つまり蓮さまだけです。江藤書店の電灯もこの原理で目覚めたのでしょう》



 ……電気の力を持つ管理人って言われると、すっごく地味に感じるな。一応『神の力』なんだよな? なんかもう完全に電力会社の人じゃん。


 とか思いつつも、その後、俺とヴィクトリアは少し楽しくなって、炊飯器や冷水器、食洗器など、食堂の設備を全て目覚めさせた。



「蓮さま! 水! 水! 冷たい水が出ました! 次も! 次もパチってしてください!」



 ヴィクトリアが目を輝かせてはしゃいでる。



「おう! 電気の事なら任せろ!」



 もう完全に電力会社の人の台詞だ。ふふ、パチってなると分かっていれば、静電気は怖くない。不意を突かれるからダメなんだ。不意を。



 《さて……ここからが本題です。初めに目覚めさせた冷蔵庫は、蓮さまが触れてから数日間、外部から電力を取り込まずに作動し続けています。これは非常に重大な事態です。物理法則を無視し、永遠にエネルギーを生み出している。しかも、その動力源は『神の力』とされる電気です》


「蓮ちゃん……神の力ち言われようばい……へはは、なんかすごいねぇ」


「蓮さま……かっこいいです」


「え? そ、そうかなぁ。はは」


《いえ、笑ってる場合じゃありません……もし、この事実『神の力で発動する永久機関』の存在が、外部、特に権力者たちに知られたら……どうなるでしょうか?》


「え……な、なんか、まずいことになるような」


 《ゲ・キ・マ・ズです。十中八九、権力者たちはこの永久機関を手に入れようとするでしょう。しかし、それを起動できるのは蓮さまだけ。きっと権力者たちは蓮さまの力を欲します。それと同時に、雷属性の魔法を操ることを、神への冒涜とみなす者も出てくるはずです。


 その結果、蓮さまは、ほぼ間違いなく………………狩られます》


「え、狩ら……こわ! 嘘でしょ?! こわ!」


 《いえ、それは私たちの元の世界の歴史が証明しています。魔女狩りや異端審問のように、禁忌の力を持つ者は、その力を利用されるか、排斥される運命にあります。この世界、ヒズリアも例外ではないでしょう。このままでは、蓮さまも同じ道を辿ってしまいます。だからこそ、この激マズな状況を避けるために、具体的な手を打つ必要があります》


「蓮さま! だ、大丈夫です! そんなことにはなりませんよ! チエさん! 蓮さまをあまり脅かさないでくだ――」


 《――ヴィクトリアさま、これは脅しでもなんでもありません。力を利用しようとする者、恐れて排斥しようとする者、どちらも必ず現れます……必ずです。そして、その脅威は、蓮さまだけにとどまらず、この大狸商店街全体に及ぶでしょう》


「そんなことはさせんばい! 大丈夫! この商店街には稲荷神の加護があるけん! 誰も攻め込んできたり出来んばい! ふへははは!」



 そ、そうか! 大狸商店街には加護の力が働いてる。そう簡単に攻め込めないはずだ。



 《……それは難しいでしょう。稲荷神の加護はおそらく魔物にしか効果がありません。ヴィクトリアさまが商店街に近づいたとき、魔物だけが弱くなったのがその証拠です。亜人であるヴィクトリアさまに影響がなかったことから、加護は魔物にのみ作用する可能性が高いと言えます。もし、人間や亜人を主体とした軍勢が攻めてきたら、ひとたまりもありません》


「あわわわ……どげんしよ……私、加護があるけん、楽勝ぴっぴの鼻毛っぴと思いよったんに……」


「お、落ち着いてください! 伊織さま! お茶が! お茶置いて! 鼻毛っぴってなんですか?!」



 ばあちゃんは絵に描いたように震えあがり、熱々の薬草茶が湯飲みから飛び散っている。



「あわわわわ……」 「あつ! あちち! 熱いです! おちゃ、あちゃ! 落ちつい! あちゃー!」 「チ、チエちゃん、お、おでたち、ど、どしたらいぃだぁ」



 情けないが大混乱である。ヴィクトリアはいいとして、良い歳した成人男性と99歳のばあちゃんがパニックに陥っている。



 《みなさん、落ち着いて聞いてください。方法がないわけではありません》


「「「え……方法? 教えてください! チエさま!」」」


 《管理人である蓮さまにお聞きしたいのですが、蓮さまはこれからこの商店街をどうしていきたいですか?》


「え? そ、そりゃあ、全てのシャッターを開いて、全店舗復活させたいし……できれば、他の街と交流してもっと賑やかに……昔の大狸商店街みたいに賑やかな場所にしたいよ」


「蓮ちゃんが子供の頃は、まだ活気があったもんねぇ」


 《……でしたら方法はひとつです。バレない様にするだけです。徹底的に》


「バレない様にって……」


 《これから商店街を復興させ繁栄させるのであれば、異世界人と触れ合う機会が必ず増えます。その際、永久機関については絶対に口外しないこと。名称も変えた方がいいかもしれません。いっその事、カデンと呼んだ方がこちらの住人には分からないでしょう》


「カデンね……なるほど……俺たちにとっちゃまんまだけど、確かにそうだな」


 《カデンについて、もし詮索された場合は、魔法で作動させていると説明したり、そうですね……魔方陣を書いたりして、そういう魔道具だとしらを切りましょう》



「なるほど」「わかったばい」「かしこまりました」「魔方陣は刻み細工かねぇ?」



 《そうですね。その方が本格的な魔道具として見えるでしょう》


「でも、そんな細工、俺出来ないよ。ばあちゃん、ヴィクトリアはできる?」


「ばあちゃんにゃ無理ばい。昔っから細かい作業は苦手なの知っとろうもん」


「私も調理以外のスキルはちょっと……」


「出来るよぅ。大抵の細工ならねぇ」


「え?! ホントか……よ……」



 この時、この場にいた全員の時が止まった。チエちゃんも想定外の出来事にフリーズしているのがわかった。


 俺たち以外に――誰か……いる?



「本当よぅ。それよりここ食堂かねぇ? それ、頂いてもよろし? 木の実のお菓子かしら」



 声の方に目をやると、テーブルのはじから兜の角のようなものが見えている。俺たちは一斉にテーブルの下を覗き込んだ。そこには低身長の男が立っていた。立派な髭を蓄え、背中にはリュックを背負っている。俺たちはあまりの驚きに同時に叫んだ。



「「「どわーーーーーー…………ふ???」」」



 そう。そこには、誰もがそう聞けば思い浮かべるドワーフの姿があった。



「ごはん、食べれるかねぇ? もう、お腹ペコペコでねぇ」



 まずい……さっそくバレてないか?





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