003 知恵の宝庫

 異世界転生モノ――それはあらゆる願望が詰め込まれた、冒険ファンタジー。


 俺は異世界転生の小説にはあまり詳しくないが、その程度のことは分かる。そして、何の因果か、この平凡な俺、田中蓮の身にも異世界への扉が開かれた。


 初めてのステータス確認……誰しもが胸を高鳴らせるはずだ。俺も、もしかしたら選ばれし勇者……などと期待していたが……


 おい……おいおい……俺は……異世界に転生しても平凡じゃないか……



 ――――――――――――――

 氏名:田中蓮

 年齢:29

 種族:日本人

 職業:管理人

 スキル:鍵

 特記:―――

 ――――――――――――――



「ば、ばあちゃん……異世界ってさ、よく分からないんだけど、転生すると何か凄い能力を貰ったり……するよね?」


「そうやね。大体チート系のスキルとか、加護が転生ボーナスで貰えたりするばい。職業が最強の勇者ってのもあるねぇ」


「勇者……いや、俺、普通の日本人なんだけど……」


「ありゃま。でも確かに……蓮ちゃん、見た目、何も変わっとらんもんね」



 改めて見ると、ばあちゃんは巫女服にブーツと、すっかり異世界らしい格好だ。黄金色に光る美しい髪と透き通るような白い肌、ふんわりと伸びる尻尾につんと立った狐耳。顔立ちはロケットペンダントに入っていた若かりし頃のばあちゃんのままだが、その瞳は青より碧く、その深い輝きはまるで宇宙のようだ。これぞ異世界……フォクシーエルフという種族を見事に体現している。


 それに対して、俺は葬式帰りの喪服のままだ。なんで?


 この幻想的な森で、革靴に黒スーツの俺は、どうにも場違いで落ち着かない。まるでドレスコードを間違えた時の、あの微妙ないたたまれなさを感じる。正装なのに……はぁ……俺もなんかかっこいい鎧とかにしてほしかった……


「ちょっと私にも見せてん」と、ばあちゃんは寄り目の儀式をした。人のステータスも見れるのか。



「職業は管理人ってなっとるね」


「……なんの管理するんだろ」


「そら商店街やろ。商工会職員なんやけん。知らんばってん」


「知ら……このスキルの鍵っていうのは?」


「店のシャッターを開けられるんやない? 管理人やし。知らんばってん」


「知ら……はぁ……」



 ばあちゃん……適当が過ぎるだろ。


 とりあえず、じっとしていても話にならない。今できることを探さなくては。



 ――ぐうう~……



「……ばあちゃん、お腹減ったの?」


「なんかこの身体……お腹減る。ばあさんやった時はそんなに食べんでよかったんに」


「亡くなる直前は、本当にちょっとしか食べなかったもんな……」


「その節は本当にお世話になりました。ありがとうね……蓮ちゃん」


「んーん……でも、元気になってくれて本当に良かった」


「へはは! 元気どころか転生して若返ったばい!」


「ふふ……俺からすれば、完全に別人だけどな」


「へはは! 蓮ちゃんが生まれた時からばあさんやったけんね! とりあえず、なんか食べようや! うちもあるし」


「ああ!」



 俺たちは意気揚々と江藤書店に向かった。


 どうやら俺のスキルは『鍵』というものらしい。ばあちゃんの『知らんばってん情報』によると、この能力で商店街のシャッターを開けることができる、かもしれない。店を開ければ、生き抜くのに必要な物資が手に入るはず、だとおもう!


 ふふ、スキルか……前向きに考えれば、なんだか楽しくなってきたぞ。



「あ、鍵といえば……えーっと……財布、スマホ、鍵――」



 俺はいつもの持ち物点呼をして、ポケットを探ったが……ない。財布もスマホもキーホルダーも、どのポケットにも入ってなかった。



「ばあちゃん、俺の持ち物ってどこかにあった?」


「んにゃ。特に見当たらんやったね。私が蓮ちゃん見つけた時は、もうすでに魂抜けかかっとったし。ふわぁ〜って。へへ、あれ、何か面白かったばい。『ああ! どこ行くんね! 蓮ちゃん!』って私思わず言うてしもうたもん。へはは」


「そうですか……まあいいか。どの道この世界じゃ、財布もスマホも鍵も必要なさそうだしな」


「ばあちゃんも、家の鍵とか何もないねぇ。これ、絶対蓮ちゃんのスキル使う流れやろ。フラグフラグ」


「フラグ……そうか……よし! ばあちゃん! まかせろ! 俺のスキルで江藤書店のシャッターの鍵を開けてやる! って……あれ?」



 しかし、シャッターはすでに開いていた。


 おい! なぜだ……せっかくやる気になってきたのに! この『鍵』ってスキルは一体何なんだ? そう思いながら店の入り口をくぐった瞬間、頭の中に女性の声が響いてきた。



 ――《伊織さま、蓮さまの入店により、恩恵が発動しました》――



「うわ!!! な、なんだ?! 誰だ?!」


「ん? どうした蓮ちゃん?」



 さらに謎の声はこう続けた。



 《先ほどの問いにお答えします。シャッターの鍵は、蓮さまが『江藤書店の鍵を開ける』と強く念じられたため、開放されました》


「えっ?! さま?! 開放?!」


 《また、江藤書店にはすでに店主が存在しているため、『店主契約』の手続きは不要です。現在の店主は江藤伊織さまです》


「ちょちょちょ、ちょっと! ばあちゃん! なんか変な声が聴こえるんだけど!」


「声? んーん、聴こえんばい。え、耳は若返らんやったんかいな?」



 え……聞こえてない? なんで? かなり明瞭に聴こえてるんだけど……



 《初めまして。私は江藤書店の恩恵、『知恵の宝庫』です。蓮さまと伊織さまが契約を交わし、江藤書店が開放されたため、恩恵が発動いたしました》


(契約? 恩恵? 開放? ちょっと待って……って、これ……もしかして俺の頭の中で……会話してる?)


 《はい。念話です》



 念話……まじか、すげぇな異世界……この風景だけでも十分に説得力があるけど、こうして念話まで体験すると、現実感が一気に押し寄せてくる。



(……ねえ、さっき俺とばあちゃんが『契約』してるって言ったよね? それってどういうこと?)


 《通常、転生は各個人の魂が個別に行われるものです。ですがお二人は、同時に同じ場所で転生しました。それだけでなく、この商店街も共に転生しています。なぜこのような事が起きたのか原因は分かりませんが、これは一般的な転生とは異なる、非常に珍しいケースだと思われます。


 さらに『蓮さまを助けたい』という伊織さまの強い願いが、お二人の魂を深く結びつけ、結果として自動契約が成立したのでしょう》


「んー、なんかさっきから、耳がビリビリするねぇ」



 やっぱり、ばあちゃんにはこの声は聞こえてないらしい。あ……今気づいたが、ばあちゃん耳が四つなんだ。頭には狐耳、顔の横にはエルフ耳が生えている。どの耳がビリビリするんだろ?



(ちょっといきなりで、よく分かってないんだけど……つまり管理人である俺は、誰かと店主の契約をすると、その店の恩恵が受けられる……ってこと?)


 《はい。事実、私がそうでしたので。私、知恵の宝庫は江藤書店が持つ全ての情報を統括して、つど必要な情報を提供いたします。以後宜しくお願いします》


(こ、こちらこそよろしく……って、待って。そもそも何で俺の職業は管理人なのかな?)


 《蓮さまの魂は、この商店街と強く結びついており、それが原因で管理人という役割を持つようになったのだと思います》


(結びつき……俺は、ずっとこの商店街を守りたいと思っていた。商工会職員として、廃れてしまった街を何とかしたいって……それが関係して、たりする?)


 《恐らくそうでしょう。そして、伊織さまがフォクシーエルフとして転生されたのも、長年、稲荷神社を大切にされ、その信仰心が神社との強い結びつきを生み出したのだと推察します》


(ばあちゃんは稲荷神社、俺は大狸商店街ってことか……え? ということは、ばあちゃんの『知らんばってん情報』……全部当たってるじゃないか! すげぇな、ばあちゃん。さすがオタクの年季が違う)



 ――ぐおお~……



 ばあちゃんのお腹が早くしろと言っている。



「蓮ちゃん~、耳が痒いし、お腹は減るし、ばあちゃんもう限界ばい」


「そうだね。奥でなんか食べよう」



 とりあえず、ひとつ進展があった。江藤書店の恩恵『知恵の宝庫』。彼女の存在はとても心強い。


 まずは周囲の探索と、生活を整えることだ。江藤書店の食料があれば、しばらくは何とかなるはず。住処も確保できて、本当に助かった。こんな異世界で何もなしに放り出されていたら、大変なことになっていた。


 職業・管理人か……うん、悪くない。むしろ少し楽しみになってきた。俺は少しの不安と大きな期待を抱えながら、ばあちゃんと一緒に奥の座敷へと進んだ。


 ところが――



「蓮ちゃん……どげんしよ……家ん中……なーんもないばい……」


「……え?」



 ――ぐごおぉぉぉい!



 まずい……早くもピンチだ……食料が、ない。






  ――――――――――――――

 商店街の恩恵 その1


 江藤書店

 店主:江藤伊織

 名称:知恵の宝庫

 能力:

 ・知識共有:江藤書店にある、本の知識を店主と管理人に共有できる。

 ・念話:脳内で完結する通信を実現。店主と管理人のみが利用可能。

 ・状況認識::蓮と伊織の現在の状況やニーズに基づいて、必要な情報を迅速に提供。

 ・危機管理:危険が迫る際に警告し、適切な対処法を指示。


 特記事項:

 ・蓮と伊織が異世界に転生した際に自動的に「契約」が成立し、その恩恵として活動を開始。

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