第13話 たまに『謝罪会見のプロ』って人が出てくるけど、あれ何?w

 翌朝、宇宙船に帰還した俺たちは転送室のドアが外から閉じられていることに気がついた。


「あれっ、ドアが開かないぞ……」


「あ、ほんとだ。おーい、ハカセ~開けてくれ~」


 俺はドアに向かって叫んでみたが、早朝の静寂に吸い込まれるように、その声は誰にも届かなかった。

 俺とカトー氏は、このまま転送室で誰かが来るのを待つことにした。


 2時間ほど経った頃、ドアが開いてサクラ氏とハカセが部屋に入ってきた。


「ゆうべはお楽しみでしたね!」


 サクラ氏は無表情のままそう言い放ち、その場の空気を一瞬で凍りつかせながら俺たちの前に立った。

 両腕を組んだその姿から、ただならぬオーラが溢れ出ていた。


「賢すぎる子どもと、ガサツな大食い暴力女がやって来ましたよ~」


 ハカセがそう言って、サクラ氏の横に並んだ。


 俺たちは思わず後ずさりをした。

 聞き覚えのある単語がハカセの口から発せられたからだ。


(おい、イチロー。まさかと思うけど……昨日の話、全部聞かれてた?)


(分からない……でも、そうとしか……)


「おい! 何をこそこそ話してるんだ! もう分かってるんだろ、私達が全部聞いていたことをな!」


「うわぁぁぁぁぁ」


 カトー氏は急に叫び声を上げると、サクラ氏の前で土下座を始めた。

 ゴツっと大きな音がするほど、地面に額を叩きつけていた。

 それを見て、俺もカトー氏に並んで土下座をした。

 頭の中が恐怖でパニックを起こしていて、土下座をすることくらいしか思いつかなかったのだ。


「うわっ、サイテー」


 吐き捨てるようにハカセが呟いた。

 ハカセは軽蔑の眼差しをこちらに向けながら、一歩後ろに下がった。その姿はまるで、ゴミを避けるようだった。

 く、くそっ、こんなことになるなんて……。


「なあ、カトー。今、どんな気分だ?」


 サクラ氏の声がいつもより低く聞こえる。

 その声は低く重く、まるで俺の頭の中で何度も反響し、逃げ場を塞いでくるようだった。


「すみませんでした!」

「すみませんでした!」


 俺とカトー氏は同時にそう叫ぶと、再びゴツンという音と共に床に額を擦りつけた。

 痛みで目の前がパチパチしたが、そんなことはどうでもいい……。


「サクラ、どうする? なんか少し可哀想になってきたんだけど……」


 よし、ハカセその調子だ。

 そのままサクラ氏を説得してくれ!


「いや、ダメだろ……イチローの顔を見てみろよ……『ハカセ、そのままサクラ氏を説得してくれ!』とか考えているような顔をしているぞ」


 うわぁぁ、心を読むなぁぁぁ!


「決してそのようなことは……深く反省しております……どうか御慈悲を……」


 俺はそう言って、再び床に額を擦りつけた。

 こんなときは、とにかく神妙な態度を取るしかないじゃないか。


「イチローは反省しているようだが、カトーはどうなんだ? あのモジャモジャ頭の女の方が私たちより魅力的なんだろ?」


 おい、カトー氏……余計なことを言わないでくれよ……。

 俺はそう思っていたのだが、カトー氏はすっと立ち上がり、サクラ氏の顔を睨みつけた。


「当たり前だろ。お前より、かすみちゃんの方が遥かに魅力的だぜ。よし、俺は彼女と結婚することに決めた!」


 いや、バカなの?

 カトー氏、正気に戻ってくれ!


「ほう、言うじゃないか。昨日も嬉しそうにしてたもんな……『もえもえきゅんきゅん、おいしくな~れ♪』だっけか。お前は脳内まで香ばしい男になっちまったんだな、残念だぜ」


「カトー、少し頭を冷やした方がいいんじゃないの?」


「ハカセ、こいつはもうダメだ。ほら、行くぞ」


 サクラ氏とハカセはがっかりした顔で部屋を後にした。

 妙なテンションになっているカトー氏を見ながら、どうしたものかと考えていると、今度は入口に作業着姿のナミ氏が立っていた。


「なんか、随分と面白いことになってんじゃん」


 面白がってないで助けてくれよ……。


「何しに来たんだよ! 俺たちを笑いに来たのか?」


「カトリン、そんなに興奮すんなって。ウチは別にお前を笑うつもりはないよ。この格好を見れば分かるだろ、たまたま通りがかっただけだよ」


「俺を笑わない? 俺たちはお前のこともバカにしたんだぞ」


 バカにしたのはカトー氏だけなんだよな……。

 止めなかった俺も、共犯みたいなものだけどね。


「あ~ね。『言葉の意味がよく分からないギャル』だっけか。事実だし、別に怒らんて」


 俺は意外だと思った。

 ナミ氏とカトー氏といえば、俺たちの中で一番喧嘩が多い2人だったから。


「そうか、でもナミにも謝っておきたい。本当にすまなかった……」


「別に謝らんでもいいのに。でも、せっかくだから意見を言わせてもらうね。カトリンはさ、自分とイッチのどっちがモテると思ってる?」


 おいおい、いきなり何を言い出すんだよ。

 俺とカトー氏のどっちがモテるかなんて、聞くまでもないんじゃないか。


「そりゃ俺に決まってるだろ」


 分かっちゃいたけど、そうハッキリ言うのもどうかと思うぞ。


「なんでそう思うの?」


「外見かな」


 おお~い! ちょっと待て。


「なるほどね。確かに見た目ならカトリンかもしれないけど、実際はイッチの方がモテると思うよ」


 えっ、そうなの?

 外見の話を否定しないところに、若干の苛立ちを感じつつあるけども。


「なんでだよ、どう考えても俺だろ?」


「カトリンの事を好きになる女なんて、外見しか見てないからだよ。イッチの方が気配りできるし、優しいからね」


「いや、でもさ。メイドのかすみちゃんは、イチローより俺にメロメロって感じだったぜ」


 それは確かにそうだった。

 正直、俺にも少しは相手をしてほしいと思うほどだったよ。


「そりゃあ、商売だからだろ。カトリン、お前通い詰めるつもりだろ?」


「そ、そうだけど……」


「ほらな。お前がカモだと思われてるから、気があるフリをしてるだけなんだって。悪いことを言わないから、その女は止めておいたほうがいいぞ。財布までメイド仕様になる前にな」


 あ、なるほど。

 ナミ氏の言うことは筋が通っているように思う。カトー氏、いかにも通い詰めそうだもんな。


「う、うるさい。俺はかすみちゃんと結婚するんだ! あの子はそんな子じゃないんだ」


「カトリンがいいならそれでいいけど。一応、忠告はしておいたからね」


 ナミ氏はそう告げると、軽くスパナを振り上げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら去っていった。

 カトー氏はムキになったのか、毎日『からめるどりーむ』に通いだした。

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