第12話 人間誰しも、有頂天の時に色々とやらかしがちなので注意しようぜ

「御主人様たちは日本の方なんですか~?」


「そうだけど、ずっと外国にいたんだよ。だから、分からないことばかりなんだ」


 俺たちは地球育ちじゃないから、言葉遣いのニュアンスが地球人と少し違ってしまう。

 もちろん、練習はしているんだけど、やっぱり違和感はあるんだろうな。


 ということで、違和感について指摘されたときは外国育ちということにしている。


「そうなんですね~。楽しんでいただけてますか?」


 俺たちはお互いの顔を見た。

 あの堅物だったカトー氏が、信じられないほど柔らかな笑顔を浮かべているじゃないか。


「もちろんだよ、控えめに言って最高だね」


「そうだな、こんなに楽しいのは生まれて初めてかもしれん」


「え~うれしい~。じゃあ、もっとサービスしちゃいますね♪」


 かすみちゃんが満面の笑顔を見せてくれた。

 こんなに純粋無垢な笑顔なんて、うちの3人では滅多にお目にかかれないもんな……。


 サクラ氏の笑顔は、いつも勝利を確信した猛獣のようなものだし、ナミ氏の笑顔は皮肉混じりで、ハカセに至っては笑うより理屈を語る方が多い。

 だから、こうして心からの無邪気な笑顔を向けられると、どうしていいのか分からなくなる。


「かすみちゃん、喉がかわいたので飲み物が欲しいんだけど」


「こちらがメニューです。何になさいますか?」


「うーん、ちょっとよく分からないから、炭酸飲料全部もってきて」


「えっ、全部ですか?」


「うん、心配いらないよ。2人で全部飲むからさ。日本の炭酸飲料を飲み比べしたいと思ってたんだ」


「かしこまりました……。すぐお持ちしますね」


 こうして、俺たちのテーブルの上には所狭しと炭酸飲料が運び込まれた。

 かすみちゃんは終始笑顔だったが、若干口元が引きつっていたように思う。


 地球の炭酸飲料はどれも独特の風味があって美味い。

 例えば、コーラはシュワシュワとした刺激の中に甘さとスパイスが絶妙に絡み合い、ジンジャーエールは喉を通るたびに爽やかな香りが広がる。他の炭酸飲料もそれぞれの個性が際立ち、飲むたびに驚きがある。


「カトー氏はどれが気に入った?」


「俺はジンジャーエールってのが好みだな。逆に、このドクターペッパーってのはどうも苦手だ。なんか薬みたいな後味がするんだ」


「そっか。俺は美味いと思うけど、カトー氏は甘ったるい味が苦手だもんな」


「軍の生活が長かったからな。軍の食事は甘いものがほとんどないから、どうも慣れないな」


 カトー氏が軍の話をしたところ、かすみちゃんの顔色が変わった。


「え~、カトー様って軍人だったんですか~。道理で強そうだと思った~」


「カトー氏は特殊部隊にいたから、特に強いんだよ」


「すっご~い。カトー様カッコイイ!」


 かすみちゃんがカトー氏をべた褒めするものだから、カトー氏はすっかり鼻の下を伸ばして顔が緩みまくっている。

 カトー氏の意外な一面を見た気がする。


 ――


 その後、他のメイドと談笑したり、ステージライブを見るなど、俺たちはメイドカフェを楽しみ尽くした。

 あっという間に閉店時間となり、俺たちは店を出た。


「なあ、イチロー。地球って最高だな……」


 カトー氏は空を見上げ、時折深い溜息をつきながら、そんなことを言い出した。


「カトー氏、ずっとはしゃいでたもんね」


「いやほら、俺たちの近くにいる女といえば、あの3人だろ。ガサツな大食い暴力女、言葉の意味がよく分からないギャル、そして賢すぎる子どもだ。どう考えても楽しいわけないだろ!」


「あはは、確かにね。しかも3人とも能力が高すぎるから、俺たちの立場がいつも微妙なんだよな」


「それだよ。俺は軍のエリート出身なのに、それより強いとか……ありえないだろ。どうなってんだよ」


 ああ、そうか。

 カトー氏は、いつの間にかプライドがズタズタになってたのか。

 彼にとっては強さがプライドそのものだったみたいだ。


「ありえないって言ってもさ、実際にサクラ氏は強いじゃん。なんであんなに強いのか、俺もよく分からないレベルだけど」


 サクラ氏の強さはまさに圧倒的で、異次元の領域に達している。

 この間、カトー氏との模擬戦を見たんだけど、両手を使わずに圧勝してたもんな。

 確かに、あそこまで差がついてしまうと、一緒に訓練するのもバカバカしくなるのかもしれない。


「まあそうだよな……。それに比べて、かすみちゃんの可愛さといったら……。サクラなんて魔法というより呪いをかけてきそうだもんな、ぎゃはは!」


「あはは、上手いこと言うな~。俺も今日、ハカセに怒られたし……やっぱり肩身が狭いんだよなあ。地球の女性は落ち着いている感じでいいよね」


「そうか、イチローも苦労してるんだな。今日はアキバの町を楽しみつくそうぜ」


 その後、俺とカトー氏は焼肉を食べに行き、朝まで語り合った。

 性格は正反対だと思っていたのに、話してみると意外にもカトー氏と共通点が多いことに気付いた。

 カトー氏の話は半分がサクラ氏への不満だったけど、今日はとことん聞いてやろうと思って黙って耳を傾けていた。


 この選択が大きな間違いにつながるとは、このときは思いもよらなかった。

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