第11話 女性に免疫のない二人がメイド喫茶に迷い込んだ件

「と、いうことだったよね?」


 俺はあのときの誓いをハカセに説明した。あの日、あの場所で交わした約束。それが俺の中では、ただの言葉以上の重みを持っている。

 絶対に忘れるものか! だって、俺が言い出したんだしね。


「いや、合ってるけどさ……話、長すぎない? サクラとナミ、飽きてどこかへ行っちゃったじゃない!」


「俺にとっては、省略できるものなんてないんだよ。あの頃の毎日、全てが俺の誓いみたいなものだからな」


「えっ、ちょっと……イチローがそんなことを言うなんてね。じゃあ、今日のところは許してあげようかな」


 おっ、やっと許してもらえたみたい。

 じゃあ、もういっちょ行ってくるかな。


「ハカセ、俺もう一度行ってくるから転送よろしく。あとさ、このコーラっていうやつ、成分分析しておいてくれない? もしかしたら特効薬かもしれないしさ」


「そんな訳あるわけないでしょ! まあ、分析くらいはしてあげてもいいけどさ」


 ハカセは頬をぷくっと膨らませた。

 若干むっとしているときの仕草だが、ハカセは分析が大好きなのできっと楽しんでくれるはずだ。


「じゃあ、よろしく! では行ってくるよ」


「イチロー、待った!」


 俺が出発しようとしたとき、カトー氏が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「あれっ、カトー氏……どうした?」


「さっき、サクラからイチローが美味しい飲み物を持ち帰ったと聞いて来てみたんだが、地球に行くなら俺も一緒に連れて行ってくれよ。面白そうだし」


 カトー氏と一緒に出かけることは滅多にない。彼は俺と違って異星人の文化に興味を持つタイプではないし、日頃からあまり口数も多くない。だからこそ、彼がこんなに積極的なのは珍しいことだ。

 一体どういう風の吹き回しだろう。


「ハカセ、転送装置って2人で使える?」


「使えるわよ。設計上は、同時に10人くらいまで転送できる仕様になってるわ」


「すごいな、さすがハカセだ」


「褒めても何も出ないわよ」


 と言いつつ、ハカセはどこか得意げな顔をしていた。こういうとき、彼女の感情は顔に出やすいのだ。

 クールを装っているけど、嬉しさを隠しきれないあたりに子供っぽさを感じる。


 ――


「おお、これが転送か。やっぱりナミとハカセはすげえな」


「カトー氏、そんなことより、周りを見てよ。地球人は待ち行列を黙って待っているし、自動販売機なんて物もあるんだよ」


「これが噂の自動販売機か。今まで行った惑星だと、こんなものを置いたらあっという間に壊されるもんな……。地球人は規律がしっかりしているんだな」


 そうなんだよな。

 自動化することでコストを削減できる点は理解できるが、実際に運用できるかは別の問題だ。

 俺たちの星でも設置されたことはあったらしいが、やはり上手くいかなかったらしい。


 地球人は町中で騒いでいないし、暴れている奴も見かけない。それどころか、信号の前では皆が律儀に足を止め、順番を待っている。異星では考えられないほど秩序立った光景だ。

 なかなか民度が高くて住みやすそうじゃないか。


「カトー氏、お腹空いてない? すぐそこにカフェがあるみたいだから入ってみたいんだけど」


「お、いいな。地球の食事がどんなものなのか、楽しみだな」


 俺とカトー氏は『メイドカフェ からめるどりーむ』という店へ入ることにした。

 この店を選んだ理由は特にないのだが、なんとなく気になったのだ。


「おかえりなさいませ、御主人様!」


 えっ? 今、なんて?

 こういう場面では『いらっしゃいませ』じゃないのか?

 調査資料にはそう書いてあったんだが……。


「えっと、初めて来たんだけど……」


「初めてご帰宅される御主人様ですね。私はメイドのかすみです」


(おい、イチロー……。なんだ、この店は?)


 カトー氏が戸惑いの顔を見せながら小声で俺に聞いてきたが、そんなの俺が聞きたいくらいだ。


(俺だって分からないよ。カトー氏、こういうのは嫌だった?)


(いや……むしろ大好きだな。この子、めちゃくちゃかわいいじゃないか!)


 そうか、カトー氏はこういう子が好きだったのか。

 たしかに、俺たちがよく知る女性陣といえば、あのクセが強すぎる3人だもんな……。


「御主人様、早速ですがお食事になさいますか?」


「そうだね。オススメは何?」


「オムライスになります」


「じゃあ、それを2人分お願いね」


「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」


 ――


「お待たせしました。オムライスになります」


 オムライスという食べ物が俺とカトー氏の目の前に置かれた。

 赤いソースをかけたご飯の上に、黄色い薄い卵の膜がふんわりと乗っている。

 一見シンプルだが、どこか丁寧に作られた印象を受け、とても美味そうに見える。


「じゃあ、早速いただこうか」


 俺がそう言うと、かすみが慌てて止めようとしてきた。


「御主人様、召しあがられる前に『美味しくなる魔法』をかけないといけません」


「魔法? そんなものが……」


(おい、イチロー。どうなってんだ? 地球人が魔法を使えるなんて聞いてないぞ)


(俺も初めて聞いたよ。まずは様子を見てみよう)


「では、よろしいでしょうか。私の後に続いてくださいね。もえもえキュンキュン♪ おいしくな~れ♪」


「もえもえキュンキュン♪ おいしくな~れ♪」


「モエモエキュンキュン……オイシクナーレ……」


(カトー氏、ちゃんとやらないと!)


(いや、これ……意外と恥ずかしいな……)


「よく出来ました! では召し上がれ~♪」


 俺とカトー氏は恐る恐るオムライスを口に入れた。熱々の卵と濃厚なソースが絶妙に絡み合い、一口食べた瞬間、俺たちは顔を見合わせた。

 な、なんだ! この味は!


「う、うまい! 美味すぎる!」


「イ、イチロー……これは凄いぞ!」


 これが本当に魔法の力なのか……。

 想像を遥かに超える味に、俺たちはただ『美味い』と呟くしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る