第10話 死の星⑧

 - 7年前 -


 俺たちが共同生活を始めてから3年が経過した。


 ハカセは真綿が水を吸うように、凄まじい速度で知識を吸収していった。

 ナミ氏が科学分野の基礎を、俺がその他の教科を教えたのだが、ナミ氏の教え方が上手いのか、科学分野では才能が開花し始めていた。

 その吸収力は並外れており、一度聞いたことは忘れない。理論を理解するだけでなく、それを応用する力も早くから発揮し始めていた。特に科学の分野では、ナミ氏の説明に自分なりの工夫を加えた解釈まで提案するほどだった。


 ナミ氏は機械には強いものの設計は苦手だったが、ハカセが設計図を作成できるようになったことで生活環境が格段に向上していった。

 彼女が初めて描いた設計図は、エネルギー効率を大幅に向上させる発電装置だった。それが完成した瞬間、全員が彼女の才能に驚嘆した。次第に電気設備や生活インフラも彼女の手で改良され、日々の暮らしが格段に快適になっていった。

 これはもしかして、本当に宇宙船を作れるのでは? と俺は思い始めていた。


 だが……ハカセの精神的な成長をあざ笑うかのように、彼女の体は子どものまま成長が止まっていた……。

 彼女だけはない、俺たちも何かがおかしかった。

 この違和感は徐々に明らかになっていった。例えば、軽い怪我をした時、その治り方が尋常ではないほど早かったり、ほとんど疲れなくなった。

 また、体型も全く変化がないし、体調の変化さえなかったのだ。


「これは何か大きな問題が起きているようだ……まさかとは思うが……」


 医師のナカマツ氏には問題の原因に心当たりがあるようだ。

 全員の血液を採取し、何日も調査を続けた。

 その結果、俺たちの身に降り掛かった悲劇の正体を知ることとなる。


「不老不死だよ……」


 そんなものは……おとぎ話の中の空想にすぎないと思っていた。

 独裁者であれば諸手を挙げて喜ぶだろうが、俺たちは状況が違う。

 この国には俺たち以外の人間はおらず、星も少しずつ死に近づいている。

 『不老不死は無間地獄そのものだ』と断言してもいいだろう。


「ねえ、ナカマツ……私はずっと子どものままなの?」


 ハカセが悲痛の叫びをあげた。

 その言葉には、彼女の絶望だけでなく、未来を奪われた子どもの無力さが詰まっていた。体は成長しないまま、知識だけが膨れ上がっていく――そんな現実が彼女の心に重くのしかかっているのだろう。

 ナカマツ氏は無言で頷くだけだった。


「この地獄のような星で不老不死なんて……まるで呪いじゃない……」


 呪い……。

 そうだ、これ以上適切な言葉なんて存在しないんじゃないか。

 俺たちは一体何のために生きているんだ?


「何故こんなことになってしまったのか……理由は分かるのかい?」


 あのいつも冷静なボス氏が、興奮しながらナカマツ氏に訪ねた。


「私たちを蝕んでいたクリムゾンと、この国を襲った死のウィルスが互いに攻撃し合い、弱体化していきました。その結果、私たちは抗体を獲得したようです……。その際、体に異変を起こしていた可能性があります」


「……異変……とは?」


「本来ならありえない程の超回復力とでも言えばよいでしょうか。体の一部を欠損したとしても、あっという間に修復するほどの力です。そして、修復はウィルスを克服した時点の体、つまり3年前の状態に戻ろうとしています」


「それが、ハカセの成長が止まった理由だと……?」


「恐らくはそのような理由でしょう。私たちは死ぬことも、老いることもないのです……」


「他に、体の異変に気付いた者はいるか?」


 ボス氏が俺たち全員に尋ねた。

 すると、サクラ氏が恐る恐る手を挙げた。

 彼女の表情には、驚きと困惑が入り混じっていた。普段の陽気な性格とは裏腹に、言葉を選ぶ様子が珍しく、何か大きな変化が起きているのが伝わってきた。


「あのさ、私……もしかしたら、すごく強くなっているような気がするんだよね。体の軽さが以前と全く違うから、きっと身体能力に変化があると思うんだ」


「いや……まてよ。そう言えば俺もなんだか、以前より強くなっている気がする」


 カトー氏も同じように感じているということだったので、試しに練習試合をしてみることになった。

 その結果は衝撃だった。

 カトー氏、サクラ氏、どちらの動きも目で追うのが困難なほどの速さだったが、サクラ氏の圧勝で決着がついた。


「ば、バカな……。俺は特殊部隊に所属してたんだぞ! 素人の女に負けるなど……」


「失礼ね! 格闘経験なら少しはあるわよ。ダイエット目的でジムに通ってたくらいだけど」


 サクラ氏……それは言わないであげたほうが。

 あ、ほら、余計に落ち込んでるじゃん。


「くっ、殺せ……」


「いや、お前不老不死だろ」


 落ち込んだカトー氏に、サクラ氏の軽快なツッコミが炸裂した。

 それにしても、サクラ氏は空気を読まないなあ……。


 俺は、不老不死という単語にハカセが反応しているように見えた。

 なんとかフォローする手はないだろうか。


 そうだ、悩んでばかりじゃだめだ。

 俺たちは前に進まなくては!


「みんな聞いてくれ。俺は皆とともに、不老不死の特効薬を見つけることを誓う。ハカセ、それまでの辛抱だ」


 この言葉を口にした瞬間、俺の中で何かが変わった気がした。

 逃げ道を絶ち、ただ前を向くんだ。


「イチロー……本当に信じていいの?」


 ハカセは目に涙を浮かべている。

 俺は言い切ったのだから、もう後には引かない。


「もちろんだ。それまでは、この不老不死という特性を有効活用するつもりだけどね」


「イチロー君、よく言った。そうだな、我々は現実を受け入れなければならない。その上で諦めずに前へ進むんだ」


「ハカセちん、宇宙船の設計頑張ろうね」


「うん。みんなありがとう……」


 こうして、俺たちと不老不死の戦いは始まった。

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