第9話 死の星⑦
数日後、俺たちは病院を離れて2キロほど離れた宇宙研究所に拠点を移動した。
理由はいくつかあるのだけど、最大の理由は死臭が野生動物をどんどん呼び寄せてしまっていることだ。
その都度チャールズ氏が撃退してくれているけど、弾薬にも限りがあるので根本的な解決が必要だった。
また、電力事情もあまり良くなかった。
病院では非常用電源を使用していたので、発電用の燃料に限りがあったことと、出力の不安定さから3Dプリンタが故障する可能性も考慮に入れた結果だ。
宇宙研究所の外壁は高く頑丈で、監視カメラや電子ロックが整備されていた。内部に入ると、電力や水道も完璧に供給されていて、まるでここだけ時間が止まったかのような快適さだった。
敷地はかなり広いので、その気になれば宇宙船の建造だってできるんじゃないかと思った。
そんなことを考えていたら、まさか本当に宇宙船を建造する話になるとは思わなかった。
「これからの事を決めたいんだが、やはりこの星を脱出することを選択肢に入れたい」
「そうよね、こんな死んだ星で一生を過ごすなんて、考えたくないわよね」
「俺も脱出に賛成だけど、そのためには宇宙船が必要だと思うんだが?」
「そうだな。この研究所にあれば良かったのだが、見ての通りだ。ということは我々で作ることも考えなければならないな……」
ダニエル氏が頭を叩きながら、難しい顔をした。
叩くたびにペチペチと音が鳴り、それを見たエマ氏がゲラゲラと笑い出した。
ペチペチという音が、緊張感に満ちた空気を一瞬で崩壊させた。その場にいた全員がつられて笑いそうになるのを必死で堪えていたが、エマ氏はその努力をあっさりと裏切ったのだ。
「え、エマ……ちょっと……失礼だよ」
ベラがすかさず注意をする。
子どもにそんな注意をされるなんて……。
「そんなこと言ったってさ~、面白いんだからしょうがないじゃん」
「まったく、近ごろの若い者は……。ナミはどう思う?」
「えっ? ぷぷぷっ。我慢してたんだから、急に話しかけんなし」
エマ氏だけでなく、ナミ氏まで……。
ダニエル氏、今後ずっとハゲをイジられる予感。
「ナミ、お前まで……。まあいいや、エンジニアとしての見解を聞きたい」
「うーんとね、ウチは宇宙の知識がないから現時点では無理っぽい。脱出するってことはさ、他の惑星に移住したりするんでしょ? ってことは、恒星間ワープ装置とかも必要な説あるよね」
「ワープ理論は実現できそうか?」
「ウチはあまり詳しくないんだけどさ、確か空間を捻じ曲げるとか聞いたことあるよ。で、その先が難しくてさ、宇宙はどんどん膨張してるんだよ。だから座標の計算が難しいんだ」
「つまり、膨張分を含めてワープ先の座標を計算する必要があるってことか」
「そんな感じ。宇宙の膨張速度は光の速度より早いんだ。だから、これを計算するのは至難の業なんだよね」
彼女の言葉を聞きながら、俺はかつて学んだ物理の授業を思い出していた。
膨張以外にも恒星に対する公転速度、さらに銀河系の公転速度も考慮する必要があるとか。
その計算をした学者が何人かいるらしいが、それが本当に正しいのか今となっては確認する術がない。
「うむ。やはりそんな簡単なことではないか……」
「でもさ、宇宙を目指すのはアリだと思う。ダメならそのときに別の方法を考えればよくね?」
「そうだな。では、一旦の目標は宇宙船建造としよう。各自の役割については検討事項があるので保留としたいが、当面はナミ中心に動いてもらいたい」
「りょ」
あ、これは了解って意味だったね。
若い女子で使われてる言葉みたいだけど、ダニエル氏やフレデリック氏はついていけてるのだろうか?
「他に何か言っておきたい人はいるか?」
ダニエル氏の問いかけに対し、ナミ氏がゆっくり手を挙げた。
「あのさ……今までナミって名乗ってたけどさ、実は本当の名前じゃないんだ。言い出せなくてゴメン」
「えっ、それはどういう事?」
「ウチ、パパが亡くなるときにね、『こんな世界になってしまったけど、生まれ変わったつもりで生き抜いてほしい』って言われたんだ。『生まれ変わる』って何だろうと考えているときに皆と合流したからさ、つい別の名前を名乗っちゃったんだ」
俺たちはナミ氏の告白を黙って聞いていた。
本名じゃないってことは驚いたけど、彼女の気持ちもよく理解できるからだ。
「私はナミ君の気持ちがよく分かるよ。どうだろう、私たちもナミ君みたいに生まれ変わってみてもいいんじゃないだろうか」
フレデリック氏が意外な提案をした。
彼なりの助け舟なのだろうか。
でも、これはとても面白い提案だと思う。
「それ、面白いかもね。さっきダニエルが宇宙船を作るとか言ってたし、それを達成するための……そう、コードネームみたいな感じ?」
コードネーム!
おお、それは面白そうじゃないか。
「エマ、そのコードネームってのはいいな。なんかカッコよくてやる気が出てくる」
「男ってこういうの好きだよね~」
あ、はい。
俺も好きです。
チャールズ氏はすっかり乗り気な様子だ。
「コードネームか……いいかもしれないな」
「ダニエル……あなたなら【ボス】なんていいんじゃないかしら?」
「なんか微妙に悪そうな名前の気がするんだが……」
「悪人顔なんだから丁度いいじゃないの。前から思ってたんだけどさ、そのサングラス、もっと悪そうに見えるわよ」
エマ氏はそう言ってダニエル氏をからかった。
ダニエル氏は納得がいかな様子だったが、満場一致で【ボス】に決定した。
その後、エマ氏は【サクラ】、チャールズ氏は【カトー】、フレデリック氏は【ナカマツ】となった。
いずれも特に理由があるわけではなく、なんとなくの思いつきで決まった。
さて、俺の名前なのだが……。
「アダムは【イチロー】がいいと思うの」
ベラがそう言った。
「えっ、なんで?」
「あのね、昔飼ってたペットになんだか似てる気がしたのよ」
「ぎゃはは。アダム、お前はイチローに決定だな! 答えはハイかイエスのどっちかだ」
エマ氏……いや、サクラ氏は爆笑しながら、俺の背中をバンバン叩いた。
『さすがにペットの名前は無いんじゃないか!』と抗議したものの、俺以外の全員が賛成してしまった。
こうして、俺のコードネームはペットの名前となった……。
「さて、残るはベラだね」
ボス氏がそう言うと、すかさずベラが答えた。
「私、【ハカセ】がいいな」
ベラの声には、これまで聞いたことのない力強さがあった。小さな体に宿った決意が、場の空気を一変させたように感じられた。
「理由を聞いていいかい?」
「みんなで宇宙船を作るんでしょ? だったら、私が勉強して設計できるように頑張りたいと思ったの。決意みたいなものかな」
それを聞いて、俺たちは拍手をした。
彼女の覚悟を見たからだ。
こうして、俺たちは宇宙を目指すという途方もない目標を掲げることになった。この先に待ち受ける困難を誰もが予感していたが、不思議とその場には希望が満ちていた。
でもさ……。俺、やっぱりペットの名前なんて嫌なんだけど……。
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