第8話 死の星⑥

 俺たちが持ち帰った武器のおかげで、町の探索がようやく可能になった。


 次にやるべきは、必要物資の確保だ。

 衣類、食料が最優先だが、3Dプリンタの入手も重要だ。

 3Dプリンタと設計書さえあれば、生活に必要な機械を自力で作り出せるからだ。


 衣類を調達するために、俺たちはベラの家に向かうこととなった。

 一番入手が難しいのは子供服だからだ。

 それに、ベラの家族の衣類も確保できれば、ほぼ全員分を用意できる。


 3Dプリンタはナミ氏の家にあるそうだ。

 他にも工具や必要な素材、食料も備蓄されているらしい。

 ナミ氏としては、設計書が保存されたデータをダウンロードしたいとのことだ。


 大人数ではかえって防衛しにくいということもあり、3手に分かれることとなった。

 ベラ宅は、ダニエル氏、俺、ベラの3人。

 ナミ氏宅は、チャールズ氏、エマ氏、ナミ氏の3人。

 フレデリック氏は通信機対応のため、病院で待機する。


 ――


「じゃあ、出発するよ」


 ダニエル氏の運転する車に俺とベラが乗り込んだ。

 横のベラを見ると、黙って景色を見ている。

 生きて帰れないと思っていた自宅に帰れる喜びがある一方、家族は亡くなっていると思われるので、複雑な心境なのだろうと思う。


「ここです……」


 ベラの家に到着したようだ。

 幸い、辺りには獣がいないようで、無事にたどり着けた。


 ダニエル氏が玄関の鍵を壊し、中に入ると……死臭が漂っていた。

 家族の死を身近に感じ、ベラは静かに俯いた。

 小さな肩が震え、彼女の視線は床に落ちたままだった。その横顔には涙の跡があり、彼女がどれほどの覚悟でここに来たのかが伝わってくる。


「アダム、ベラと一緒にいてくれ。私は家の中を一通り見てくるから」


 俺たちにそう告げ、ダニエル氏だけが家に入っていった。

 ダニエル氏の背中は、一瞬だけためらうように揺れた。その後、深く息を吸い込む音が聞こえ、彼はゆっくりと家の中に消えていった。


「お兄さん、私怖い……」


 俺はただ黙って、小さく震えるベラの手を握った。

 ダニエル氏を待つ時間は、まるで永遠のように感じた。


 しばらくして戻ってきたダニエル氏は、ベラの前でしゃがみ込み、優しい口調で話し始めた。


「お父さん、お母さん、お兄さんを確認してきた。みんな安らかな寝顔だったよ……」


「うわぁぁぁぁぁぁ! お父さん、お母さん、兄さん!」


 俺は、泣き崩れるベラを必死に支えた。しっかり支えないと、彼女は今にも倒れ込んでしまいそうだった。

 ベラの体は小さく、軽かった。だが、その小さな体に込められた絶望の重みは計り知れない。

 俺の手に伝わる震えは、彼女の心そのものだった。


 ベラの気持ちはよく分かる。

 彼女は賢い子だ。きっと覚悟はしていたのだと思う。

 それでも、心のどこかで家族の無事を信じていたのだろう。


「ベラ、しっかりしろ! 家族の分までしっかり生きるんだ。俺たちがずっと側にいてやる!」


 ベラの体を支えながら、背中をポンポンと叩く。

 そのうち泣き疲れて寝てしまったので、一旦ベラの部屋で寝かせ、俺はダニエル氏と共に庭に墓穴を掘った。

 その後、ベラの家族をベッドのシーツで包み、墓穴に移動した。

 簡易的な埋葬ではあるけど、こんな状況なら、埋葬されるだけでも贅沢なのだろうと思った。

 家族を失った他の人々の多くは、埋葬さえできないだろう。ベラの家族が埋葬されたのは、ある種の特権だったのかもしれない。


 その後、詰めるだけの物資を車に積み込み、ベラを起こした。


「あ、お兄さん……」


「目が覚めた? あのさ、ベラの家族なんだけど……。簡易的ではあるけど埋葬したいと思って、庭に墓を作らせてもらったよ」


「ありがとう……。じゃあ、これが最後のお別れになるんだね……」


 俺はベラの手を引き、庭へ向かった。

 ベラが来たことを確認し、ダニエル氏がベラの家族に語りかけた。


「ベラのお父さん、お母さん。これからは私たちが彼女をしっかり守りますから、安心してゆっくりお休みください」


「お父さん、お母さん、兄さん……今までありがとう。私、絶対に生き抜いて見せるから、見守っていてね!」


 俺たちは彼らに手を合わせ、土を被せた。

 こんな状況でベラを幸せにするなんて約束はできないけど、それでもできるだけの事をすると誓った。


 それにしても、ずっと気になっていたのだけれど、ベラのお兄さんって俺に似てない?


「なあ、ベラ……。ベラのお兄さんって、俺に似てるような気がしたんだけど」


「えっ? そうかな……? 私の兄さんの方がイケメンだと思うけど」


「この間は俺の方がちょっとだけカッコイイって言ってなかったっけ?」


「そうだっけ? 覚えてなーい」


 ベラはそう言うと、あっかんべーをしてケラケラと笑った。

 よかった。やっと笑顔になった。


「そうか、ベラはブラコンか」


「え~どうでしょう。ファザコンかもしれませんよ。こうして、新しいお父さんもできたことだし」


 ベラは笑顔でダニエル氏の方を見た。

 ダニエル氏は真っ赤な顔で照れていた。


「そうか! じゃあ、ベラのことは甘やかしちゃおうかな」


 いや、そういうのはダメでしょ。

 あ~でも、ダニエル氏、ベラの可愛さにやられてメロメロになってるよ……。

 大丈夫か? この人。


 ――


 俺たちが病院に戻ると、ナミ氏の実家に行っていた3人も既に帰ってきていた。

 結論から言えば、大収穫だったようだ。


 衣類、食料などは当面困らないだろうし、3Dプリンタと設計図も問題なく入手できた。

 これで、ある程度の生活レベルが保証されることになる。


「それにしても、ナミの家すごかったんだぜ。至るところにコンピュータが繋がっていてさ、しかもまだ動いているんだよな。あれはどうなってるんだ?」


「ウチも詳しいことはよく分かんないけどさ、パパからは何があっても絶対止めるなって言われてんだよね。半永久的に動作するようなことを言ってたかも」


「あんな環境で生活していたなら、そりゃあ機械にも強くなるはずだよな。お前すごいな」


「やっとウチの凄さが分かったか。って、遅すぎじゃね」


 警察署でのチャールズ氏とナミ氏は、ずっと口喧嘩していたけど、どうやら理解しあえたようだ。

 むしろ正反対のタイプだからこそ、案外気が合うのかもしれない。

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