第7話 死の星⑤
翌日、俺とナミ氏はチャールズ氏が運転する車に乗り込んだ。
この車は、ナミ氏によって入手に成功したものだ。
病院の地下駐車場には、放置された車が何台か停まっている。
その中から荷物をたくさん積めそうな車を選び、ナミ氏がロックの解除を開始した。
ナミ氏は何やら小型デバイスを取り出し、車のドア近くに取り付けると、数秒でロックが解除された。普通の人には理解できないほどのスピードで、これが彼女の特技なのだろうと直感した。
それにしても……ロックの解除なんて、普通の人はできないものだと思うんだけど、ナミ氏はあっという間に解除してみせた。
彼女の父親は有名な科学者らしいが、それにしても、どんな教育を受けてきたらこんな技術が身につくんだろう。
そのおかげで、俺たちは移動手段を手に入れたのだから、ナミ氏の存在はありがたい。
警察署に向かう道中、幾度も野生動物と遭遇した。
車の音を聞くと逃げていくので、運転中は安全のようだが、想像以上に町が危険だということが分かった。
警察署に到着すると、入口は頑丈な鉄柵と厚い木材で封鎖されていた。かつての住人たちが必死に作り上げた防御壁のようで、所々に急ごしらえの釘や鉄板が打ち付けられているのが見えた。
そりゃそうだなと思いつつも、工具の準備をしてこなかったことが悔やまれる。
幸い、ナミ氏が工具を持っていたおかげで解除できたものの、その作業にかなりの時間を費やしてしまった。
明るいうちに戻れるだろうか……?
「中は電子ロックばかりだな。ナミ、解除できるか?」
「あ~、これは結構面倒な仕掛けっぽい。暗号解析にちょっと時間掛かるんで、そこで待っててもろて」
ナミ氏は小型のコンピュータを繋いで、何やらキーを叩いている。
俺とチャールズ氏はハッキングに詳しくないので、邪魔をしないように少し離れて見ているだけだったが、次々とロックを突破しているようだった。
ナミ氏は小型のコンピュータを器用に操作し、時折画面に浮かぶ複雑なコードを見ては鼻歌を口ずさんだ。その余裕ぶりに、こちらの緊張が少し緩むほどだった。
「はい、これで解除完了っと」
ナミ氏がそう言ってキーを叩くと、『ビー、ビー』と音を立ててシャッターが空いた。
これはダニエル氏の判断が正しかった。
俺とチャールズ氏だけだったら、必死にシャッターを破壊しようとしただろうから。
シャッターの向こうには、黒光りする鉄製のガンロッカーが規則正しく並んでいた。扉にはそれぞれ番号が振られており、開けるには相当な労力が必要そうだ。
だが、困ったことにこれはアナログな仕組みなので、ナミ氏のスキルは役に立たない。
「ここからは俺の出番だな……」
面倒くさそうにチャールズ氏が呟いた。
多分、破壊するつもりなんだろう。
「じゃあ、任せたわよ~」
「おい、どこに行くんだ? 危ないから、ここに居ろよ」
「ちょっと花を摘みに行くだけよ」
「花なんて、今の時期は咲いてないだろ」
チャールズ氏、あのさあ……。
「チャールズ、お前モテないっしょ。デリカシー皆無じゃん!」
そう言うと、ナミ氏は何処かに行ってしまった。
何処かっていうか、トイレなんだろうけど。
「あのさ、チャールズ氏。花を摘みにってのはさ、トイレの意味なんだよ。察してあげないと……」
「ああ、そういうやつか、じゃあそう言えばいいだろ。なんか色々面倒なヤツだよな」
「そう言うなよ……。電子ロックを解除してくれただけでも、すごく役に立ったじゃないか」
そのとき、ドーンという大きな音が聞こえた。
ナミ氏がトイレに向かった方向だ。
「ナミ! どこだ!」
俺とチャールズ氏は音の方向に向かって走りながら、大声でナミ氏を呼んだ。
すると、ナミ氏が嫌そうな顔をしながら、トイレから出てきた。
「あのさ、レディのトイレを覗きに来るなんて、一体どういうつもりなのよ!」
「いや……さっき、ここら辺で大きな音がしただろ? お前の身に何かあったんじゃないかと思って飛んできたんだよ」
「そんなの知らないわよ! あんたの気のせいじゃないの? この変態!」
チャールズ氏とナミ氏の口喧嘩が止まらない。
仲裁のタイミングを図りつつ、ふと通路の先を見た俺は腰を抜かした。
「お、おい。チャールズ氏! あれを見てくれ!」
「なんだよ、今それどころじゃ……って、なんだこれは!」
俺たちの目線の先には、巨大な肉食獣が横たわっていた。
これは……死んでいるのか?
しばらく様子を見ていたが、どうやら動かないようなので、チャールズ氏が生死を確認しに向かった。
「どう? 死んでる?」
「ああ、死んでる……。高圧電流か何かで瞬殺されたような焦げた跡があるな。さっきの音は、こいつが倒れた音なんだろう」
「でも、一体何故? ナミ氏は何も見てないの?」
「しつこいわね、知らないって言ってるじゃん。ここは警察なんだから、罠の1つや2つあっても不思議じゃないでしょ!」
「それにしても、これは凄いな……。こいつは最強の肉食獣と言われているナビレだぞ」
ナビレはこの星で最強・最悪と言われる肉食獣だ。鋭い牙と無数の爪を備えたその姿は、まるで戦闘のために進化した生物のようだ。灰色の毛皮は分厚い脂肪で覆われ、並大抵の銃火器では傷もつけられないと噂されている。
まともな武器を持っていない今に遭遇していたら、俺たちは全滅していたかもしれない。
「こんな化け物がうろついているなんて……。チャールズ氏、急いで武器を確保しよう。今度は俺たちが狙われるかもしれない」
「そうだな、早く撤退しないと命がいくつあっても足りないからな」
俺たち三人は、ガンロッカーの部屋に戻り、破壊を再開した。
「最近の軍隊って、こんなコソドロみたいなことまでやるんだ? なんか笑える」
「……」
チャールズ氏は無言で破壊を続けている。
この二人、お互いに口が悪いな……。
さっきから、ずっと喧嘩してるじゃないか。
「ほら、空いたぞ」
ガンロッカーの中には、大小さまざまな銃火器がぎっしりと収められていた。
反動の少ないレーザーガンもあったので、女性も含めて全員分の銃と弾薬が確保できた。
他のガンロッカーはまだ空いていないが、そろそろ日も落ちてくる頃なので、今日はこれで戻ることとした。
ついでになるが、警察の制服もいくつか入手できたので、パジャマ生活からようやく抜け出せる。
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