第6話 死の星④

「では、今後の話をしよう。絶望的な状況ではあるが、我々はこうして生き延びている。亡くなった者たちの分まで生きなければならない。そのためには皆で協力してサバイバル生活をする必要がある」


 サバイバル生活……。

 俺たちの暮らしは一変した。電気や水など、便利なインフラがなくなり、目の前の命を守るだけで精一杯だ。都会の暮らしに慣れきった俺には、この現実はあまりにも過酷だった。

 まさか、こんな形で始めなければならないとは。

 元軍人がいる点は心強いが、初めてのことなので不安が多い。


「具体的に何をすればよいのでしょうか」


「当面は衣食住の確保だ。一旦はこの病院を仮の拠点とし、食事と服を探索に行く必要がある。食事は病院内にも備蓄があるだろうが、服は現在着ているパジャマしかないからな」


 病院には広いスペースと最低限の備品がそろっている。医薬品もまだ使える状態のものが残されているようだ。だが、長期間の使用には限界があり、いずれ外へ出る必要がある。

 また、入院生活ではパジャマが楽なのだが、空調が効かない状況だから夜は寒い。ベラのサイズに合う子供服も必要だろうし、外へ探索に出るのも仕方がないが……。


 一体、外はどんな状況なのだろうか。想像すればするほど、未知の恐怖が押し寄せてくる。自然の脅威、人間の絶望、何が起こるかわからない世界に足を踏み入れるのだ。


「さっき、俺が病院の周辺を見て回ったんだが、かなりマズイことになっている。普段は町に現れないはずの野生動物が、死臭に誘われて徘徊し始めているんだ。武器の調達も優先度が高いな」


「そうだな。病院内で武器になりそうなものは棒状のものか、メスくらいだからな。やはり銃火器がほしいところだ。あと、念の為だが、万が一生存者がいる可能性を考えて、通信機で呼びかけたい」


 通信機を使えるのはチャールズ氏だけなので、彼に任せることとなった。

 この通信機は短距離の無線通信に対応しており、もしも生存者が他にいるなら、それを知る手段となる。わずかな可能性に賭ける価値は十分にあった。


 食事の確保はエマ氏とベラが、武器になりそうな物の探索は俺が担当することに。

 これらの状況把握と指示はダニエル氏がやってくれるそうだ。


 ――


 翌日、病院にまさかの訪問者が現れた。

 チャールズ氏の通信を受診した者がいたのだ。


 たまたま、俺とチャールズ氏で見張りをしていたときだったが、女の子が1人で走ってきた。

 まさか、病院の外に生存者がいるなんて!


「ちっす、ウチはナミ。昨日、緊急時チャンネルでの通信を受信したんで様子を見に来たんだけど、まさか、この状況で生存者に会えるなんてね。マジパネっす」


「驚いたのはこっちの方だよ。こんな若い女性が通信を受信できるスキルを持っていて、しかもこの状況で生き残っていたなんて……。世の中、分からないことばかりなんだなと思い知ったよ」


 チャールズ氏が驚くのも無理はない。

 年齢的には16~18歳くらいだろうか、金髪で派手めの化粧をした今どきの若者という風貌だからだ。

 俺よりも若いそんな女性が通信スキルを持っているなんて、普通は想像がつかない。


「あ~、ウチのパパは科学者なんすよ。幼い頃から手伝ってたから機械いじりなら何でもできるっすね」


「本当か! それは助かるな。それにしても、道中は野生動物だらけだと思うんだが……どうやったんだ?」


「へえ~、そうなんだ~。全然遭遇しなかったけど、ウチ運だけはいいから、たまたまじゃね」


 その運の良さとやらも気になるけど、それよりも機械に強い者が現れたことは僥倖とも言えるレベルじゃないかと思う。

 彼女がいれば、壊れた設備の修理だけでなく、発電機や水のろ過装置の設計も可能になるかもしれない。これは生存率を大幅に高める鍵になる。

 サバイバル生活をするには、食料生産や発電などに、様々な機械が必要になるからだ。


「3Dプリンタは使える?」


「あんなの余裕っしょ。宇宙船でも作れって言われない限り、大体イケると思っていいよ」


 3Dプリンタは設計図さえあれば、自動的に機械部品を作成してくれるスグレモノだ。

 さらに作成した部品を組み合わせる技術も持ち合わせているみたいだから、絶望感だらけの日々にも多少の希望が見いだせそうだ。


 そんな彼女を会議室に連れていくと、全員が拍手で出迎えた。

 ナミ氏は派手な見た目に反して、冷静な言葉で自分のエンジニアスキルを説明してくれた。技術に秀でた彼女が加わることで、俺たちの状況は確実に変わるはずだ。

 ダニエル氏も『計画を練り直さないとなあ』と嬉しそうに呟いていた。

 俺も一緒になってニコニコしていたのだけれど、いつの間にか横にいたベラが俺の脇腹をギュッとつねってきた。


「いてえ!」


「お兄さん、鼻の下伸ばしすぎ! バカ!」


 いや、全然そういうのじゃないんだけどね……。

 ふと……視線を感じると思ったら、エマ氏がニマニマした顔でこっちを見ていた。

 うーむ。やはり、女性の考えていることはよく分からない。


 ――


 歓迎の挨拶が一段落したころ、フレデリック氏が進み出た。

 

「ナミさん、もしかして君の父上はフェリオン教授ではないかね?」


 フレデリック氏はナミ氏にそう訪ねると、ナミ氏は頷いた。


「おじさん、パパのことを知ってんの?」


「私は以前、フェリオン教授と同じ研究所で働いていたことがあってね。実は君にも会ったことがあるんだ。昔のことだから覚えてないかもしれないけどね」


「あ~ごめん。ウチ、覚えてないっぽい」


「そうか、でも気にしなくていいからね。あとでゆっくり父上の話を聞かせてくれないか?」


「おけまる。そんなんで良ければいつでも話し相手になるし」


「それは嬉しいな。歳を取ると話し相手がほしくなるものでね……」


 そう言ったフレデリック氏は、台詞に反した複雑な表情を浮かべた。

 このときの俺は、その表情の意味が分からなかった。



「みんな、ちょっと聞いてくれ」


 ダニエル氏が手を叩き、皆の注意を引いた。


「エンジニアのナミが仲間になったことで、先行きが明るくなってきた。そこで、そろそろ武器を入手しようと思う。行先は警察署で、メンバーはチャールズ、アダム、ナミにお願いしたい」


 えっ? 俺?

 いきなり大役なんだけど、俺なんかに務まるだろうか……。


「戦闘担当の俺は分かるとして、アダムとナミは何故ですか?」


 チャールズ氏の疑問はもっともだと思う。

 彼にしてみれば、足手まといになりかねないだろうから。


「チャールズは言うまでもなく護衛担当だし、銃に詳しいというのも理由だ。ナミを選んだのは、電子ロックの掛かったエリアがあることを想定している。アダムは……消去法だな」


 ちょっと……消去法って。

 正直、不安しかなかった。何ができるのか、何をしなければならないのか。だが、それでも俺に与えられた役割を全うしなければ、誰かの命が危険にさらされる。


 まあ……確かに、リーダーのダニエル氏は拠点待機だろうし、他の候補は高齢のフレデリック氏、女性のエマ氏、子どものベラとなれば、俺になるんだろうな。

 若干腑に落ちないところもあるけど、仲間のためにもできることはしたい。

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