第5話 死の星③
俺たちは、自己紹介を行った。
さっきまで話していた、銀髪をオールバックにした大男はチャールズ氏。
やはりというか、元軍人というのは彼で、特殊部隊に所属していたらしい。特に銃火器の取り扱いに長けているとのことだ。
特殊部隊といえば、国家の危機に際して最前線で任務を遂行する精鋭たち。彼の鍛え上げられた体格と鋭い眼光が、過酷な訓練を潜り抜けてきた証だ。
長身の女性はエマ氏。
元モデルの超絶美人だ。なんだかいい匂いがする……。
そんなことを考えていたら、ベラが脇腹を思いっきりつねってきた。この子は人の考えを読めるのだろうかと一瞬思った。
少女とはいえ、やはり女性はよく分からない……。不意を突かれるような一撃に思わず声を上げそうになる。俺が何か悪いことをしたのだろうか? それとも単に、彼女の気まぐれなのか。
先ほど会った2人とは別に、スキンヘッドのおじさんと、白髪の優しげな老人もその場に立っていた。
スキンヘッドのおじさんはダニエル氏。
背筋をピンと伸ばした姿は、ただ者ではない雰囲気を放っている。声には低いながらも威厳があり、ひとたび話し始めると全員が耳を傾けずにはいられない。
彼も元軍人で、司令官を務めていたほどの大物なのだそう。人相が悪いのを気にしてサングラスをしているらしいのだが、それは余計に怖く見える気がする……。
一応、彼が4人のリーダーとして指示を出しているそうだ。
白髪の優しそうな老人はフレデリック氏。
白衣を着ていることから、医師が彼であることは一目瞭然だ。
こんな状況だからこそ、医師である彼は貴重な存在だと思う。
そんな彼ら4人と俺、ベラの6人に共通していること。それは、……全員が【クリムゾン】に冒されていたことだった。
奇妙な一致だが、これが偶然なのか、それとも何か大きな意図があるのかは分からない。しかし、この共通点が今後の展開における鍵となるのは間違いないだろう。
【クリムゾン】は未だ治療法が見つかっていない恐ろしい病だ。それがどういう訳か、俺たち6人は回復しており、こうして生きているのだ。
本来なら死ぬ運命だった自分たちが生き残り、健康だった人々が命を落としている。
生存者という肩書きが、これほど重苦しい響きを持つとは思わなかった。救われたはずの命が、まるで罰のように感じられるのは何故だろう。
「君たちに身体検査をしたいんだが、いいかな?」
フレデリック氏が俺とベラに訪ねた。
【クリムゾン】の完治と抗体が存在するかを確認したいのだそうだ。
なんでも、彼ら4人は完治が確認できているらしい。
「分かりました。まずは俺から確認をお願いします」
血液を採取し、簡単な健康診断を行った結果、俺も陰性となっていた。
まさか、本当に治っているなんて!
「真紅の斑点も消えています。抗体の存在も確認できていますし、完治ですね」
【クリムゾン】はその名の通り、体中に血のような真紅の斑点ができる特徴を持っているが、確かに俺の体からは消えている。
その後、ベラも確認してもらったが、やはり完治をしていた。
「フレデリック、やはりか……」
「はい、これは恐らく間違いないでしょう」
ダニエル氏とフレデリック氏が何やら意味深な話を始めた。
俺たちがまだ知らない情報を知っているのだろうか。
「ダニエル氏、どういうことでしょうか。分かっている情報があれば教えて下さい」
「ふむ……。その前にこの世界で起きていることを話さねばならないが……」
ダニエル氏は言葉を切り、ベラの顔を一瞬だけ見やった。
そうか、子どもに聞かせたくないような悲惨な事態が起きているということなのだろう。
「ダニエルさん、フレデリックさん、私なら大丈夫です。前へ進むために、真実を知る必要があると思っています」
「そうか、お嬢ちゃんは強くて賢い子だね。分かった。全部話そうか……」
これから重たい話が始まるのだろう。エマ氏はその重苦しい雰囲気を感じ取り、いつの間にか用意していた食事を運んできた。
その手際の良さと落ち着いた動きが、この混乱した空気をわずかに和らげた。
「私たちも聞かせてもらうわよ。こういう情報は常に共有した方がいいからね」
「そうだな。今後のことも決めないといけないし、全員集合してくれ」
俺たちは各々席についた。会議室は円卓なので、全員の顔を見ることができる。
各席には食事が運ばれており、食事会も兼ねているようだ。
「では、今起きていることを説明しようと思う。簡単に言えば、敵国が使用した殺人ウィルス兵器で我が国の人間は絶滅したと考えられる」
その事態は薄々予想をしていたが、そう思いたくなかったので考えないようにしていた。
だが、やはり現実を直視しなければならないのだろう。
「そんな……じゃあ、私のお父さん、お母さん、兄さんは……?」
ベラが悲痛の声を上げた。
無理もない……。彼女はどれだけ賢くても、まだ子どもなのだから。
ダニエル氏は黙ったまま、首を横に振った。
「では、俺たちが生きている理由は何故でしょうか。殺人ウィルス兵器で人が死ぬなら、俺たちは少し死期が早くなるだけだと思うのですが」
俺がそう質問すると、フレデリック氏が口を開いた。
彼は一度大きく息を吸い込み、慎重に言葉を選びながら語り始めた。その眼差しにはわずかな躊躇いと、どこか達観したような静けさが混じっている。
「信じがたいことなのだが、【クリムゾン】罹患者には殺人ウィルス兵器が効かないらしいのだ。いや、効かないというのは違うな……。【クリムゾン】と殺人ウィルスは、互いに攻撃し合うと言ったほうが正確かもしれない」
「お互いに……攻撃ですか?」
「うむ。それによって、私たちの体内では両方のウィルスが非常に弱まっていたんだ。私たちのわずかな免疫力でさえウィルスを倒せるほどにね」
「だから、俺たちの体には【クリムゾン】の抗体が出来ていたのですね?」
「そういうことになる。皮肉なことだが、私たちを殺すウィルスが逆に殺人ウィルスから守ってくれたようなものですね」
そうか、これで全てが繋がった。
俺たちは確かに生き残ったのだが、それは本当に良かったのだろうか。いっそのこと、あのまま命を落としていたほうが幸せだったのではないか。
胸の奥で重くのしかかる虚無感。それは、生き残った者にだけ課される贖罪のように思えた。この命に意味があるのか、自問せずにはいられない。
頭の中で、そんな疑問がグルグルと回っていた。
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