第4話 死の星②

「ベラ、見るな!」


 俺はとっさにベラの目を隠し、遺体との間に割って入った。

 ベラの小さな体が微かに震えているのがわかった。遺体は不自然な形で転がり、その顔には安らぎとは無縁の苦悶が刻まれている。

 どういうことだ? なぜ、こんなところに遺体が横たわっているのだろうか。


 俺は慎重に懐中電灯で周囲を照らしてみた。

 光が壁を滑るように進むと、剥がれかけたポスターや廊下に散らばる破片が現れた。そして、闇の中からさらにいくつかの人影の輪郭が浮かび上がる。

 これは……。どうやら遺体は1体だけではないようだ。


 それにしても、死を目前にしていたはずの俺たちが元気になって、元気だったはずのナースが亡くなっているなんて……。

 まるで寿命そのものが入れ替わったかのようだ。


「お兄さん、怖い……」


「とにかく、場所を変えよう。大丈夫、俺が付いているから」


 これはマズイことになった。

 なんとか非常電源を見つけなくてはいけない。

 場合によっては、病院を離れて他の建物に移動することも選択肢に入れるべきかもしれない。


 ベラを落ち着かせるため、待合室のベンチで休憩していると、急に目の前が明るくなった。

 この状況で非常電源へ自動的に切り替わるとは思えない。

 ということは……誰かいる!


「お兄さん、電気が……」


「この病院には、俺たち以外の生存者がいるかのもしれない。この非常電源の起動は人間がやっているはずだ」


「その人は味方なのかな?」


「そうだといいな。でも、会うべきかどうかは少し考えさせてほしい……」


 そう言いながらも、俺は恐怖の方が勝っていた。

 もし、生き残っている者が悪意を持った者だったなら、俺はベラを守りきれるだろうか。

 たった1つの判断ミスが、生死を大きく分けることになるかもしれない。

 これは責任重大だ。


 すると、今度は院内放送が流れた。


「生存者はいるか? 俺たちは仲間を求めている。もしいるのなら、4階の会議室にいるので来てほしい。こちらは元軍人2名、医師1名、女性1名の4人だ。安全は保証する」


 放送の声は渋い声の男性だ。

 ぶっきらぼうでちょっと怖い。


「どうやら、非常電源を起動したのは彼らだな。ご丁寧に構成まで説明してくれるとはね。本当とは限らないけど……」


「多分だけど、信頼できる人たちだと思うの」


「ベラ、なんでそう思う?」


「悪意がある人たちだったら、元軍人が2人もいるなんて言わないんじゃないかな。むしろ、悪意を持った生存者を牽制する狙いがあるのかも」


 えっ? ちょっと待って。

 この子、すごく頭がいいんじゃないか?

 俺、全然気付かなかったよ。


「そうだな、じゃあ会議室まで行ってみよう。4階だって言ってたよな」


 俺たちは階段で4階まで向かうことにした。

 階段の手すりはひんやりとしており、ところどころに赤い染みがこびりついている。足音が響くたびに、息を潜めた暗闇の中に何かが潜んでいるような気がした。

 途中でモップを入手したので、気休めかもしれないが武器代わりとした。


「お兄さん、相手が軍人なのにモップで戦うつもりなの?」


「ベラ、よく聞いてほしい。もし、彼らが悪意を持った者たちなら、俺が少しでも食い止めるから思いっきり走って逃げるんだ。俺は後から追いつくから心配しないで大丈夫だよ」


 俺は精一杯カッコつけたはずなのに、ベラはぷっと吹き出した。


「お兄さん、それ、映画だと絶対に死ぬ人が言うセリフだよ。たしか……死亡フラグってやつだね」


「ちょっと……縁起でもないことを言わないでくれ……」


「あはは、ちゃんと私を守ってくださいね~」


 俺に変な緊張感を植え付けたくせに、意外と上機嫌なベラ。

 この子はあの声の主が危険な存在ではないと確信しているようだ。

 だとすれば、なかなかの度胸だ。


 4階にやって来たところ、会議室のドアの前には、堂々とした銀髪の大男が立ちはだかっていた。

 銀髪の大男は筋肉で盛り上がった腕を組み、まるでこの場そのものを支配するかのような威圧感を漂わせていた。その鋭い目がこちらをじっと見据える。


「おいおい、本当に生存者がいるじゃねえか! しかも、子どもまで一緒とはな……。おーい、エマ!」


 大男が会議室に向かって呼びかけると、中から背の高い女性が出てきた。

 えっと……なんかすごい美人なので、ドキドキする。

 彼女はベラを見ると、満面の笑顔を浮かべた。


「こんにちは、私はエマ。あなたのお名前は?」


 エマの声は柔らかく、まるで寒い夜に温かい毛布をかけられるような安心感があった。彼女はベラに優しい微笑みを向けながら、ゆっくりと手を差し出した。

 このエマ氏という女性、子どもの扱いに慣れている。膝を畳んで中腰になり、ベラと同じ目線で話しかけている。

 彼女は話しながら時折ベラの肩に手を置き、時折うなずいて共感を示していた。その目は常に優しく、細かい仕草が彼女の経験豊富さを物語っていた。

 相手が女性ということもあるのだろうが、ベラの顔には安心感が見て取れる。


「私はベラ、12歳です。さっきの放送を聞いて、このお兄さんと一緒にやってきました」


「このお兄さん、モップを持ってるけど、もしかして護身用とか?」


 あ、やっぱりそこを突っ込まれるのか……。

 これはイジられる予感……。


「そうみたいです。何かあったときに私だけでも守ってくれるんだそうです」


「あら、随分かっこいいわね。もしそうなった場合は、このチャールズに瞬殺されると思うけどね」


 ちょっと……。

 俺はベラを守るために必死だったのに、なんだか大スベリしているみたいじゃないか。

 実際、このチャールズ氏という人は滅茶苦茶強そうなんだけどね。


「気持ちは分かるが、大丈夫だぞ。俺たちは仲間を求めているだけだからな」


「私もそう思ってました。こういう状況では、敵対することに何のメリットもありませんからね」


「お嬢ちゃん、なかなか賢いじゃないか。では、君たちは俺たちの仲間に加わるということでいいかな?」


 今までの話で分かったが、この人たちは信頼できそうだ。

 俺たちを支配下に置くつもりなら、いつでもできただろうから。もし彼らに悪意があれば、こちらに抵抗する余地はなかっただろう。


 彼らと一緒に行動する方が、生存できる可能性が上がると思うし、この状況に関する手がかりを得られる可能性も高いだろう。

 結局、ベラの言う通りになった訳で、彼女の賢さを垣間見ることができた。


「もちろんです。よろしくお願いします」


「よし、では案内しよう。みんな! 新たに2人追加だ」


 会議室に入った俺たちは、新たに仲間となった4人に拍手で迎えられた。

 会議室には簡素な机と椅子が並び、端には雑然と積まれた物資が見える。拍手の中にもどこか疲れが滲んでおり、生存者たちの苦労が伝わってきた。

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