第2話 コーラ、それは刺激的な何か
- 3日後 -
俺は転送室に向かった。
転送室の重厚な扉をくぐると、中はどこか緊張感のある静けさに包まれていた。大型のモニターが壁一面を占め、その下でハカセとナミ氏が忙しなく動き回っている。
「俺は3日待ったのだ! 特効薬探索作戦成就のため、ハカセ! 私は帰ってきた!」
「……」
自信満々に叫んだものの、返ってきたのは冷たい沈黙だった。俺は自分の声が妙に大きく響いたことに気付いて、少しだけ縮こまる。
ハカセとナミ氏は黙って作業を続けている。
やべえ、思いっきりスベったみたいだ。なにこれ、無茶苦茶恥ずかしいんだけど……。
自分でやってみて気付いたけど、カトー氏はいつもこんな気分だったのかな?
カトー氏が普段、どんな心境で寒い演説をしているのか、想像するだけで背筋が寒くなった。あの人、本当に鉄のメンタルを持っているんだな。
うん、すげえ。
「えっと、これで最終確認終了だね。ナミ、ありがとう。お疲れさま」
「イッチがクッソ寒い事を言ってるから、危うくパラメータを間違えそうになったじゃんか。ってかイッチ、次やったらうっかりパラメータを間違えるつもりだから、それでもいいなら心置きなくスベり倒したらいいんじゃね」
いや、それはうっかり間違いとは言わないんじゃないかな。
「あのね、イチロー。私は結構細かいミスが多いんだけど、ナミは全然ミスをしないんだよ。今回、私とナミでダブルチェックをしているから、絶対に大丈夫だよ」
そうなんだよな。
ナミ氏は特殊な言葉遣いをするので、あまり知的な感じはしないのだけど、本当にミスをしない。
俺たちが乗っている宇宙船も、ナミ氏が1つの配線ミスもせずに組み立てたものだ。
そのナミ氏とダブルチェックしたのであれば、まず問題ないだろう。
「心配はしてないよ。ハカセとナミ氏はこの宇宙船の頭脳2トップだもんな」
「イッチ、出発前にこれを手首に付けてもろて」
ナミ氏は俺にブレスレットのようなものを手渡した。
何かの装置だろうか。
「これは何?」
「これは帰還装置。この装置が発する帰還信号を転送装置が受け取ると、逆転送で転送室に戻ってこれる仕組みになってんの。簡単に言うと、ボタン1つで戻ってこれる装置ってことだね」
ナミ氏の説明は簡潔だが、その背後にある技術の凄さを俺は理解していた。
空間をねじ曲げて信号を送る――そんな難解な理論を、彼女たちは短期間で形にしてしまったのだから。
「おお、それはすごいな。これも2人で作ったのか?」
「そうだけど、別に大した事ないよ。信号を送信するだけだからね」
ハカセは涼しい顔でそう言うけど、結構凄いんだよな。
強力な重力場で空間を捻じ曲げるとか言ってたけど、話に全然ついていけなかった。
「よし、じゃあ行ってくるよ。もうとっくに覚悟は出来てるんだ」
俺はそう言うと、颯爽と転送台の上に飛び乗った。
「転送開始! 5……4……3……2……1……」
ハカセが転送ボタンを押し、カウントダウンをしている。
0になった瞬間、俺の体は一瞬捻れたような感覚に包まれたかと思うと、秋葉原の路地裏に立っていた。
薄暗い路地裏には、古びた壁と配管が入り組んでおり、どこか不思議な懐かしさを感じさせた。
この秋葉原という地には、未来と過去が交錯したような独特の空気が漂っている。
やった!転送成功だ。
さすが、ハカセとナミ氏だな。
転送先が路地裏となっていたのは、人目を避けるためだ。
地球人に見られたら大騒ぎとなってしまうからね。
今までの惑星では宇宙船で上陸していたので、いきなり敵対状態となることも少なくなかった。
さて、この路地裏だけど、何やら気になるものがいくつも立っている。立ち並ぶ不思議な機械たちは、どれもこれも未知のテクノロジーの塊に見えた。
これは……報告書にあった、自動販売機というものだろうか。
電子マネーというものが使えるようなので1つ買ってみるか。
カード(※ もちろん偽造したものです)をかざし、ボタンを押すとガチャンという音と共に赤い缶が転がり落ちた。
これが地球の飲み物か……。
プルタブを起こすと、『カシュッ』という小気味よい音が響き、気体が勢いよく放出された。
恐る恐る飲んでみると、ピリッとした刺激とともに甘さと清涼感が一気にやってきた。
缶の中から溢れた炭酸の感覚は、初めて触れる異世界そのものだった。甘さと刺激の絶妙なバランスに、俺の舌が歓喜の声を上げている気がする。
こ……これは!
俺は持てるだけの缶を購入すると、帰還装置の転送ボタンを押した。
「うわっ、えっ……何?」
転送台に戻った俺は、転送台の再確認を行っていたハカセに覆いかぶさるような体勢で戻ってきてしまったのだ。
やばい、こんな状況を誰かに見られたら……。
俺はさっと周りを見渡した。
よし、他には誰もいないな。
「えっ、イッチとハカセちん……。いつの間にそんな関係になってたの? ってか、なにげ犯罪じゃね? お巡りさん、こいつで~す」
部屋の入口を見ると、ナミ氏がニヤニヤして立っていた。
くそう、戻ってきやがった!
「イチロー、早くどいて!」
「ああ、ごめん。すぐどくね」
ふとハカセの顔を見ると、真っ赤な顔で今にも泣き出しそうだった。
これはマズイことになったぞ。
「イッチ、ちゃんと責任取ってもろて」
「ナミ、これは違うの!」
ああ、もう……。
なんて説明すればいいんだよ。
「ナミ、そのくらいにしときなよ。イチローとハカセがそろそろ限界だぞ」
サクラ氏!
いい所に来てくれた!
部屋の入口に立つサクラ氏は、相変わらずの堂々とした佇まいだった。その余裕がある表情から、状況をすぐに把握した様子が伺える。
「でもさあ。ウチ、さっきイッチがハカセちんを押し倒してるのを、ガチで目撃しちゃったんだけど」
「ナミ、よく考えてみろよ。イチローにそんな度胸があるわけないじゃないか」
あれ?
俺……ディスられてるのかな?
「ってことは……事故ってこと?」
「さっきから、違うって言ってるじゃない!」
サクラ氏は、プリプリ怒っているハカセの頭を優しく撫でてはじめた。
冷静さを欠いているときのハカセはこれで落ち着きを取り戻すのだ。
「ハカセ……本当にごめんな。転送台にいるなんて思わなくてさ」
「それよりも、なんでこんなに早く戻ってくるのよ! そもそも、それがおかしいんでしょ」
「ハカセ、イチローを見てみろよ。床に飲み物が転がっているってことは、また何か美味い物でも見つけたってことだろ?」
さすが、サクラ氏……。
相変わらず勘が鋭いな。
「そうなんだよ。このコーラってやつがもう最高でさ。みんなに飲ませたくて慌てて戻ってきたんだ」
「そんなことだろうと思ったぜ。じゃあ1本もらうな」
サクラ氏は俺の手からコーラを奪い取ると、一気にゴクゴクと飲み干した。
「おおっ! これはすごいな。この刺激がたまらない……」
「やっぱりサクラ氏は分かってくれるんだよな……。ほら、サクラ氏のためにお酒も買ってきたんだ。ビールっていうらしい」
「うおおっ! これはさらに凄いぞ。イチロー、お前でかした!」
俺とサクラ氏はコーラとビールで大いに盛り上がっていたが、その横で、ハカセの表情はみるみる険しくなっていったらしい。
ナミ氏が(ハカセが怒ってるよ)の合図を送っていたが、俺は有頂天で気付くのが遅れてしまった。
「イチロー! ちょっといい加減にして!」
「えっ?」
ハカセの声には、普段の冷静さとは違う鋭い怒気が込められていた。その目には涙が浮かび、真剣さが伝わってくる。
「イチローはいつもそう。私たちの目的は特効薬を探すことなのに、あなたはいつも脱線してばかり……。私の気持ちなんて、イチローにとってはどうでもいいのよね?」
ハカセは俺にそう怒鳴ると、泣き出してしまった。
俺はサクラ氏と目で合図をし、必死になだめだしたが全然泣き止まない。
「ハカセ……ごめんな。俺、すぐ調子に乗っちゃうけどさ、あのときの誓いを忘れたことなんて、一度もないよ」
「本当……?」
「じゃあ、あのときの誓いが何だったか、私に説明して!」
俺は、10年前の記憶を必死に掘り起こそうとしていた。
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