歌で魔族は殺れる
私達は魔族の街にやってきた。ミスラが自宅に戻るためにね。
魔族の街は、人間を追い出して魔法で建物だけ修復したクソみたいな代物だ。
モノクロでお墓みたいにつまんないデザインの街ばかりだし。
「お姉様、お姉様はいったん街の手前で待っててちょうだい」
「なんで?」
「いや普通にお姉様の魔王軍での扱いはヤバいのよ。それこそ賞金首制度を作ろうかってくらいには……」
「マジでー? いやー私もついに
「笑い事じゃないわよ! とにかく配下とお金と荷物を持ってどこかに逃げなきゃすぐに殺されるわよ」
「ふーん……?」
「前に言ったじゃない! 今の四天王はマジにヤバいって。魔宰相の千里眼のナザルと魔王様はきっとお姉様と相性が悪いわ。」
「うん、それについてもちょっと考えてる事があってさー。まあいいや。残ってるだけ部下をつれてきて」
「簡単に言ってくれるじゃない……?」
ミスラは悪態をついてタバコを吸いながら街へと入っていった。
その間に私は考えていた。
予知やら千里眼に長けた宰相のことを。。
予知で手の内を全部読まれてしまうのはメチャクチャまずい。
私の戦い方は基本だまし討ちだからだ。
「けど、やりようがないわけじゃないんだよね……そのためにもいっちょ本気でやったろうじゃない。歌え『安綱』!」
私はピックを持ってギターを弾き始めた。無心で、本気で。魔力も使って。
新しい魔法を作るために。
「これか……?いや足りない。コレじゃたりない。宰相を、魔王を倒す魔法には届かない」
定期的に街ごと『実験』するヤバい『博士』の禁忌の研究成果から作り出した薬を自分に投与してまで。
「曲は完成度七割ってところか……やっぱベースとドラムとサイドボーカルが必要だし……うーん……」
100年くらい適当に弾いてた音楽にマジで向き合う。
「声か……? 声量は足りてる。質か?」
何時間だろう。何日だっただろう。覚えていない。
気がつけば魔族の女の子がサイドボーカルに入ってた。
たぶんミスラの部下だろう。ミスラ本人はタバコを取り落として涙を流しながら聞き入っている。
「いいね! そこの子! もっと声は張れる? ちょい高めで!」
「はい、やってみます」
「お、お姉様これは……?」
「私の曲どうだった?」
「なんでか泣けるじゃない……」
「うーん、まだその程度かあ……」
「お姉様なんでこんなことを? いやお姉様がイカレた行動をするのはいつものことだけど」
ミスラは涙を拭きながら尋ねた。
「うん、魔王対策にさ……バンド組もっか!」
「ええ……?」
ミスラは「まだ本格的に探してないけどたぶん財布がない」顔をしていた。
☆
サイドボーカルの子はユノと言った。
なんかミスラはすでに私に殺された事になってるらしくて屋敷にはもうこの子しかいなかったらしい。
魔族は基本的に感情が薄くてドライなのだ。
「どうしてくれるのよお姉様! あれだけ苦労してかき集めた兵がもういないじゃない!」
「まあそこはなんとかするよー。それよりもキミ見所あるねえ! 『コピー魔法』だっけ?」
「はい、私は魔力探知が得意なので動きや魔法を模せます」
「いいねいいねー。そのアイデアすごくいいよ! そうか魔力か! そういう表現方法もあるよね! うんうん……『武器を作る魔法』も良いよ。ミスラ、ベース作って」
「武器づくりは魔法とすら言えない基本技だけど、このベースっていうの難しすぎじゃない?」
武器を作るのも服を作るのと同じで汎用魔法の『錬金』。
物質の具現化は魔族なら手足を動かすくらい簡単な技だ。
つまり「魔族がおいしく飲める酒」は簡単に製法をバラまけた。
「キミはとりあえずドラム覚えようか!」
「わかりました。でも何故ですか?」
「うん、キミはこんな言葉を聞いたことはないかな。『音楽は人を殺れる』! 私が目指すのは『音楽で殺す魔法』だよ」
実際には作用機構はちょっと異なる。
音楽で催眠状態に陥れて精神を操る……
あるいは音楽で極度の興奮を起こすとかそういう感じ。
魔宰相が私を殺しに来るんならファンにさせちゃえばいいんだよ!!
実際人間の踊り子とか歌い手のファンってヤバいからね……
死ねと言えば死ぬくらいにはカリスマ性にやられる。
あれは本能に対する『はっきんぐ』だ。
人間にできるなら、魔族にもできる。
本能に屈している点は何も変わらないんだから。
私もそこを目指す。
できるかどうかじゃない。やるんだ。
「とりあえずは変装して南部魔族領を点々としよう。そこの辺りなら酒がまだ蔓延してるから私の知り合いも一人二人いるだろうし」
ちなみにこの大陸は8の字みたいに真ん中がくびれてる形だ。
上の北半分が魔族領、下の南半分が人類圏。
私は人類圏側から北上して来たのでここは南部魔族領になる。
「だからちゃんと説明して欲しいじゃない」
私は『魔族を殺す音楽』の概念について説明した。
「ええ……? さっきの歌はすごかったし私も感動? っていうやつをしたけど……普通に無茶じゃない……?」
「でもやるしかないじゃん。戦って勝てないもん。だから千里眼で私の声と姿を知覚するのを逆に利用するんだ」
「視覚から催眠に落す方が楽じゃない……?」
「だから絵心あるやつも欲しいし、もっとコーラスも楽団も欲しいんだよね。多い方が複雑な情報をたたき込めるから」
「僭越ですがイブキ様、私も難しいかと……」
「まー硬く考えない。気楽にヤりなよ。逃亡の旅も楽しいもんだよー」
「誰のせいでそうなったと思ってるじゃない……?」
「まあまあ、まあまあまあ。今夜は尼僧の人から教わったアレやってあげるからさ」
「しょうがないじゃない……」
ミスラをなだめつつ、私たちは潜伏生活に入った。
魔族領では酒が違法になって、酒を密売する魔族たちは隠れ酒場を作っていた。
そこで私は自分が「酔いどれのイブキ」と呼ばれている事を知ったし、その名前はめちゃくちゃ役に立った。
酒や薬と引き替えにかつて暴れ回った軍団のやつらが一人一人と集まってきた。
そして、私たちは少人数に分かれて街角で歌った。
「はーいみなさーん! 歌だよー! まあ人間の真似事と思って聞き流してよ。歌が良かったらお菓子買っていてくださーい!」
私たちはサングラスとか服で変装しつつ街角で歌を歌っては路銀を稼いだ。
それは時に違法酒場や薬の密売の窓口であったりしたけど、それでも私たちは着実に歌を磨き上げていった。
人のためではない、魔族のための歌を。
「バンド『ストリングフリーク』のヤマダでーす! 今日はみんな来てくれてありがとねー」
「ヤマダ様! ヤマダ様!」
私の偽名だ。「ママ」の家名から取った。すげー普通の名前らしいけど。
私たちは違法酒場を巡り、街角を巡り、歌を歌いまくった。
結果として魔族の中で独自の歌の文化ができつつあった。
魔族の音楽は魔力による表現があるのだ。これが表現の幅を大きく広げる。
「この街はもう私がいなくても勝手に歌を作っていくね。じゃあ東西どっちか行こう。このコインで決める」
「またそれぇ? こないだはサイコロで決めてとんでもない僻地に行ったじゃない……」
「これも予知対策だよ。全くの偶然で決める」
「まあでもバンドやってたら褒められるのは気持ちが良いわね……」
「音楽は奥が深いです。模倣だけでは越えられない壁がありますね」
「でしょでしょー? どんどん信者増やしていこうね!」
そして街から街へ。
バンドメンバーを増やしつつ酒や薬だけではない純粋な歌の信者も増やしていく。
表向きの顔を作って賛同者を増やしていくんだ。味方は多い方が良い。
私が考えるに魔族に足りないのは娯楽だ。本能を騙す技術が足りてないんだ。
本能のままシンプルで合理的なのは美しい。
でも、それだと本能と現実が折り合いがつかなくなったときに「こう」なる。
人間というどうしようもない敵を作ってしまった。
魔族は
まあ私は別に存続なんてどうでもいいんだけどさー。
どうせいつかは滅ぶんだし、それは歓喜に包まれているものであるべきじゃない?
そして、逃げ隠れしつつ10年。なんとか10年は逃げおおせた。
そしてその10年で。
私達の音楽は『千里眼』に届きうるものになった。
「お前達は危険だ。魔王様の勅命でお前達を……殺さねばならない……だが、俺にはもう、お前達を殺せない」
街はずれの荒野で私たちは対決した。
魔宰相は背の高いひょろっとしたのっぽのイケメンだ。
魔族は寿命が永遠に近いし、みんな美形だから本当はジジイなんだろうけどね。
「だろうね。予知で何回私達の歌を聞いた? 100回? 200回? もう手遅れだよ。お前は私のファンだ」
「だろうな……今もお前の曲を聴きたくて仕方がない。せめて、歌ってくれ。あの歌を」
魔宰相ナザルはまるで禁断症状のようにふらつきながら岩に腰かける。
「良いよ。これはファンへの手向けだ! 聴いてくれ! 『魔族を殺す
バックコーラスが歌い始める。バックバンドが演奏を。
そして私達は弾き、歌った。
魔力が猛り狂い、輝き歌う。魔法による光と映像の演出が暴れる。
その時、歌が届いた近くの魔族の街で実に53人の魔族が興奮死した。
「ああ、最高だ……やはり、歌は良いな……」
「なあ、お前の予知でもこれしかなかったの?」
「なくはなかった……だが、魔王様へのケジメをつけた上でお前を殺さないという選択は……これしかなかった……」
「そっか」
「これで、少しは魔族の存続を……魔王様の理想……人間とのはるか未来の共存を……考えてくれるか……」
「頭には入れとくよ」
「そうか……ならば、この戦い、私の勝ち……いや、痛み分けだ……」
「ふーん、ま、安らかにね。地獄で会おう」
「……ああ、先に」
ナザルは歌による過剰興奮で脳が焼き切れて死んだ。
まあ……多分勝ったんだろう。
っていうか魔族全体や人類全体なんて私には知ったことじゃない。
少なくとも、今は。
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