魔族の基地でロックを歌ったら規律が崩壊した件


 そういえばなんで魔族の大幹部と会うことになったんだっけ。

 ああそうそう。ちょっと河岸を変えて魔族領に行ったからだった。


「止まれ。お前は魔族か?」

「そうだよー。がんばってる兵隊さんにー、いいもん持ってきた!」


 魔族領に来るまで何度か魔族と出会ってやっぱり確信した。

 魔族は魔力が自分より大きいやつに出会うと屈服する!

 っていうか魔族にとって魔力とはデカパイだ!

 嫌がおうにも目に入るんだよ!五感全部で魔力を感じちゃうから。

 そしてデカけりゃデカいほど魅力的なもんなんだよ。


「……おや、あなたは……その、お若いのに上級魔族であられますか?」

「おっ?わかるー?」 


 私は「毎日飲むとちょっとづつ魔力が増える薬」を作っていた。

 魔族にマウントを取るためにだ。

 ちょっと魔力を見せたらこいつもイチコロよ。おもしれ―。


「んん、なるほど上級魔族の方のようですね。それは?」

「んー……なんて説明したらいいかなあ……そうだそうだ。「魔族でも美味しく酔える酒」! 酒はいいよー。百薬の長だよー」


 これは私が最初の方に作った「魔族でも酔える薬」を入れた酒だ。

 それでも効果は十分だろう。


「兵士が酔っては戦力が落ちるかと」

「うるへえ! 上級魔族の私の酒が飲めねえっていうのか! 飲め! ほら飲め!」

「……わかりました」


 私は酒瓶を見張りの兵士に押しつけた。

 魔族って美的感覚から黒いピシッとした服ばっか着るんだよね。

 フォーマルな服な方が人間に対して見栄えがいいから。捕食者としての進化だ。


「ガッといけガッと! 瓶ごといけ!」

「うっ……! げほっ! げほっ……こ、これは……これが、酔うという感覚ですか?」


 うーん黒スーツみたいな服着てるイケメンだからホストみたいだね。

 魔族は基本美形なんだよ。これもある種の擬態だ。


「そーだ楽しいだろう! おらお前も! お前も飲め! 宴だ! 食堂に案内しろー。上級魔族だぞー! えらいぞー!」


 それから私は食堂にいる奴らを全員呑ませてへべれけにしてギター弾きまくった。


「あっははは! なるほど! これが酒! なるほど!」

「うおええ……もっと酒をくださいイブキ様……」

「この音楽……人間のそれとは何か違う? 体が、動くような……」


 みんな良い感じにできあがっていた。

 無味乾燥した兵舎がまるでダンスホールみたいな怪しい空気になってきた。

 いいねー。


「みんなー! ノッてるかー! イエーって言え! 人間はこういうときイエーって叫ぶんだ! オラやってみろ!」

「イエー!」

「いいねいいねー。ほんじゃあ私がつまみを作ってやるから食え! 肉の丸焼きだぞー!」


 食料庫からありったけ肉を盛ってこさせてそこに「魔族の味覚にすごく美味しく感じる粉薬」をかけまくる。

 初手で本来ありえない『魔族でも酔える薬』を造っちまった私に作れねえ薬はたぶんねえ!


「焼けー! 良い感じに焼けー!」

「あっははは! はーい焼きまーす!」

「もーえろーよもえーろー」


 いやヤバいくらい良い匂いだわ。これでも出会ったカス人間の中の美食カスの作った料理には及ばないもんなー。 

 ちなみにあいつが常備してた「最高級の調味料」を一舐めしたら私は美味さのあまり気絶してもうそいつはいなかった。

 あのレベルの違うカス共、薄々思うんだけどこの世の者じゃなくない?


「イ、イブキ様。食べてもいいですか?」

「なにこれ……こんな良い匂い、嗅いだことがない」

「いいぞー! 良い感じに焼けたしな! ほら食え食えー! 私から食っちまうぞ! うめー!!」

「うっ、美味い……これは美味しいですね……美味しすぎる……おいしさを快感と誤認してしまうほどに」

「これを食べたら人肉が残飯に思えてきました……美味しすぎる……涙がとまらない……! 涙……?」


 みんな手に適当な刃物を持って何やらよくわからない肉をを削いで食う。

 たぶん人肉と牛肉と豚肉の混ぜ物だったと思う。


「呑め呑めー! 歌え歌えー! 宴だー! イブキ様最高と言え! 最高だろー?」

「最高です!」

「ハッピーかー?」

「とてもハッピー? です!」


 そういう乱痴気騒ぎを三日三晩繰り広げて食糧が足りなくなったので酔っ払い共を引き連れて他の魔族の基地を襲う。

 生き残りには呑まして食わしてキメさせて群れに加えてさらに進軍する。

 そしたらなんか魔王軍四天王の『法務官』ミスラが来た。


「あなた、やりすぎよ。魔王軍の規律がもうめちゃくちゃになってるんだけど」


 ボンテージみたいな黒革の女だ。赤髪に牛みたいな角が生えている。

 魔族はだいたい何かしら人と違う特徴がある。私のギザ歯とかがそうだ。

 耳もだいたいはとんがってるし。


「いーじゃんいーじゃん! どうせ魔族に未来も何もあったもんじゃねえんだよー! こんなクソみたいな世界に生まれてきた時点で誰も救いなんてねえ!」


 だって魔王って人類側種族全部に対して終わりなき戦争やってるし。

 勝てるわけねえだろあんなエグい種族に!


「話にならないわね……とはいえ、私より魔力多そうだし……ねえあなた。あなた『魔力を増やす薬』が作れるんでしょう? 私にその薬を渡しなさい。そうすれば今なら人類圏に追放で許してあげてもいいわ」


 後ろにいる死体の騎士どもが刃を向ける。

 たしかカス共が言ってたな……四天王のミスラは『契約』魔法を操る。

 借金やらなにやらで達人に労働契約を結ばせて死後はタダ働きさせてるっていう。

 たぶん身元を隠して借金を買い取って……って流れなんだろうね。


「それウソじゃん! 絶対その後ろにいる死人が襲ってくるやつじゃん!」

「ウソと取るかはあなた次第ね。渡さなければ本当に襲わせるわよ」

「しゃあねえなー、はいこれ『魔力を増やす薬』。酒で呑むと効果が増えるよ」


 もうこの時点で駆け引きと戦いは始まっていた。

 私は「無味無臭で魔族をキメキメにする薬」の蓋を開いていた。

 魔法として発動しなかったのは魔法を発動すればバレるから。

 風は私の方が風上。運が良い。


「ほんとうかしら……まあいいわ。一粒呑めば良いの?」

「そう、毎日一粒」

「へー……投げて渡しなさい」

「はいはい」


 そう言うとミスラは慎重に一粒飲んだ。

 わざわざ汎用魔法『錬金』で水球を作って。


「あんだお前! 水で飲むのか! 私の酒が飲めねえってのか!? あ゛ー?」

「その手口で兵士がめちゃくちゃになったじゃない。でもやっぱりあなた有用ねえ……」


 もうこの時点でミスラの眼は据わっていた。薬が効いてきたらしい。


「一粒飲めばちょっと増えるならこの瓶まるごとなら今のあなたにも魔力量で勝てるるはずよね!?」

「やめときなよー」

「もう遅いわ! これであなたは私のものよ! あっはははは……」


 ミスラはざらっと一瓶飲んでしまった。毎日ちょっとづつ飲むべきものをだ。


「うおええ……なんでぇ……」

「あひゃひゃひゃ! 当たり前じゃんーそれは毎日ちょっとづつ飲むものって言ったじゃん。全部飲んだら身体がついてく許容量を超えちゃうんだよーバカでー! あははは!」


 まあ私がそうなるように判断力を薬で落してたんだけど。

 いやあ風向きが良い感じで助かった。これは女神が微笑んでるね! きっとそう! 

 死ねよクソ女神がよ……世界を、あたしらをこんなんに作りやがって殺すぞ。


「まあまあ、それは酒を飲むと良い感じに中和されるからさ。飲もうよ? ね?」

「きっとウソじゃない……」


 ミスラは「まだ本格的に財布を探してないけど見つからないじゃない」という顔で後ずさった。

 私は近づいて「魔族をもっとべろべろめろめろにする薬」を空にぶちまけた。

 いいねー、周り中だらけだ。


「なによこれ……立ち上がれないわ……うそでしょ。なんで?私は年上なのよ?」

「お前面白いなー。魔族のくせにわりと感情あるよねお前。それにそれとなく『ママ』に似てない?いや似てるわ。よし、お前を母にする。抵抗は無意味だ」

「や、やめなさいよ……私は上級魔族で、大幹部で……とにかく私に近づくなァー!」


 酒に各種ヤバい薬を混ぜ込んだ「魔族殺し:八分殺し版」を口に含んで抱きついて呑ませる。


「私の『全部』をおしえてやるからなー。覚悟しろよ」

「ひゃ、ひゃめるしゃない……わたしにそういうしゅみはないひゃない……」

「まあ気楽にヤりなよ。お前のためなら全部用立ててやるからなー」


 そういうわけで『全部』やった。

 途中から「うん」「そうね」「はい……」くらいしかミスラの受け答えがなくなったけど。

 ピロートークで私の過去も話したっけ。

 死人に囲まれて全部やるのはちょっと興奮した。


               ★


 そうして、とりあえず腰砕けになったミスラを背負って移動。

 逃げ隠れた人間領に近い森の中で私はミスラにカスの流儀を教えた。

 その結果……


「お姉様、ヤニが切れたわ」

「あー? 自分で作れよー。全部教えたじゃん」

「チッ、ムカつくけどお姉様が作った方が美味しいのよ」

「しゃあないなー。はいタバコ」

「火つけて」

「はいはい」


 ミスラは白いゆったりしたワンピースに花冠姿だ。

 ボンテージは捨てたっていうか魔力に分解された。

 魔族の衣服は汎用魔法で作るので、実質タダなんだ。

 ミスラはカス共の言ってたヒッピースタイルを教えたら気にいったらしい。

『葉っぱを吸うときのチルな気分に合うじゃない』とか言ってた。


「スパー……起き抜けのヤニがうまいじゃない」


 三ヶ月かけて『全て』を教えたらミスラはヤニカスになっていた。

 おっかしいな…『ママ』になるはずだったんだけどな……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る