中編
「……さて。とりあえず目的の山までは着いた。道も舗装されてる。あとは登るだけ、だね」
「アキ、歩けるか? もう少しだ」
「うん……」
まだ子どものアキはここまで来るだけで相当な体力を使ったはずだ。それでも頷く彼を頼もしく思いながら、イルは引き続き手を引いた。
「それにしても今年は雪が少なかった。それが幸いしたね、普段だったらもっと歩くのが大変だったよ」
「あァ、この時期にこンなに降らねェのは珍しいな……。新年の祭りに降ってねェのなンて何年ぶりだ?」
「あれ、いつもは雪に反射してすごいきれいなんだけどね。今年、っていうか来年? はどうなるんだろうね。ま、いまは雪が少なかったことに感謝だ」
「あァ……。アキ、大丈夫か? もう少しだ、頑張れよ」
「うん……」
舗装されてるとはいえ、急な斜面や幅の揃っていない階段ばかりの道だ。そのうえ積雪は少なくとも一部は氷が張っている。そんな歩きにくい道を、時折ふたりの手を借りながらもなんとかアキは自力で登り切った。
「うん、着いたね。ここが頂上だ。で、ここから宝物を探すと」
「待てコル、少し休憩しよう。さすがにアキが限界だ」
「うぅ……。お水、ある?」
少年はイルから手渡された水をゴクゴクと飲み干した。彼の息が整うのを待って、
「よし、じゃあもう少し頑張ろうな。埋めた場所は覚えてるか?」
投げかけられた言葉にアキはふるふると首を振った。その姿に「うへぇ」とアルコルが顔をしかめる。
「おいおい、勘弁してくれよ。ここら一帯全部掘り返せってか? そりゃさすがにないよ」
「ちがう、そうじゃない。埋めたんじゃないもん」
感情を隠さない相棒をたしなめる前にアキは唇を尖らせた。
イルとアルコルは顔を見合わせる。
「? ……でも、隠したんだろ?」
「そうだけど、違うもん。埋めたんじゃなくて、木のてっぺんに隠したの」
「……あー。なるほど。確かにきみは、埋めたなんて一言も言ってなかったね」
「じゃあ、その木の場所は覚えてるか?」
少年は頷き歩き出し、大人ふたりもそれに続いた。
「お城の塔のてっぺんと、教会の塔のてっぺんが重なって見えるとこ……。ここ。きっとこの木だ!」
一本の木の前でアキの顔がパッと輝き、けれど見る間に曇っていった。
「……あれ。でも……」
「どうした?」
「この木、だと思うんだけど……。あの時、僕がちょっと背伸びしたらてっぺんに届いて、そこにあったウロに宝物の入った包みを入れたんだけど……」
「この木はオマエが背伸びして届くような、とてもそンな高さじゃねェな」
空高く伸びる枝葉を3人は見上げた。
「……見上げててもしょうがねェな。とりあえず見てくる」
「だね。任せたよ」
イルの足元に青い魔法陣が浮かび、彼はそのままふわりと浮いて木の上まで飛んで行った。
「ねぇ、僕たちも見に行こうよ。あなたも飛べるんでしょ、僕を乗せて」
アキに服の裾を引っ張られて、アルコルは初めてまともに彼を見下ろした。氷みたいな瞳を瞼を閉じて笑って隠す。
「いや? おれは見ての通り異教徒だからね。魔法は使えない」
「え? あんなに、強いのに……?」
「あはぁ、この国はこんな小さな子どもまで魔法至上主義なのか。まったくさすがだ。……いや、そんなことよりさ。きみが宝物を隠したっていうのは、いつの話だい?」
「いまと同じくらい……
「今年じゃないだろ? 何年前?」
「えっと、僕が6つの時だから……。3年前」
「3年前。あー、3年前っていうと……」
いくつかの木を調べて首を振って戻ってきたイルに、アルコルは三日月みたいに目を細めた。
「イル、ここじゃない。ちょっと場所がずれてる」
「ア? どォいうことだ」
「この子が宝物を隠したのは3年前のこの時期だ。で、3年前っていうとさ」
「……あ」
薄い緑色の目が大きく広がる。アルコルは満足げに頷いた。
「そ。あの年は今年とは正反対。記録的な大雪だった。王都でもおれの身長の倍は降った。いやぁ、あの時は外に出るだけで大変だった」
「つーことは……。アキ、こっち来い」
まだ首を傾げているアキをイルは青い魔法陣に乗せた。そのままゆっくりと浮き上がる。
「アイツの身長の倍っていうとこの辺か。高さが変われば塔が重なる位置も変わる……。アキ、ゆっくり動くからまたさっきみたいに重なって見えたら教えてくれ」
「わ! すごい! 僕、飛行魔法でそのまま空飛ぶの初めて!」
上空の風は刺すように冷たい。それでもアキは目を輝かせた。
吐く息が白く凍る。イルは少年の身体を引き寄せ、束の間の飛行を楽しんだ。
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