魔法の雪景色
氷室凛
前編
赤い魔法陣から繰り出される火球。火焔魔法の基礎的な技だ。それを躱した途端、今度は黄色い魔法陣から打ち出された
その一瞬、長めの前髪に隠れた額当てが露わになる。2本の角のような意匠の、特徴的な額当て。
イルは舌打ちと共に薄い緑色の目を細めた。元々悪い悪いと言われる目つきがさらに悪くなる。
灰色の髪も、薄い色の瞳も。この国では珍しくない、ありふれたものだけど──その鍛え上げられた身体と特徴的な額当てはよく目を引き、そしてそそくさと目を逸らされることが多かった。
素早く体制を立て直したイルは手短に呪文を唱えた。右手に剣、左腕に盾を装備した彼の前方に瞬く間に緑色の魔法陣が浮かび上がる。
「
魔法の蔓は対峙していたふたりの男が逃げるより早く伸び、彼らを締め上げた。しかしその反対側の物陰から別の男が走り出す。
(チッ、あとひとりいたか。だがアイツをシメりゃ、終わり──!)
そいつを追おうと駆け出そうとしたところで、のほほんとした声が響く。
「いやぁ、夜の雪景色に魔法陣の光って映えるよねぇ」
「呑気か!! テメェ、あとひとりいンぞ!」
思わずズッコケそうになったのを踏みとどまってイルはキレ気味に叫んだ。
その視線の先、声の主は線の細い青年だった。
一瞬性別に迷うくらいの柔らかな雰囲気。この国では珍しい濃い金色の髪。これまたこの国では珍しい──吸い込まれて呑み込まれて溺れてしまいそうなほど、濃い青色の瞳。
護衛
「きみが取り逃した敵があとひとり、ね。そいつは──」
「
ジャラララッ。ブウゥゥン!!
アルコルの言葉に合わせ鎖が躍動し、その先の鉄球が重く空気を切り裂く。鉄球は後ろから忍び寄っていた男に命中し、彼を吹き飛ばした。水色の魔法陣が崩れキラキラとマナに還っていく。
棒状の長い柄。その先端から伸びる鎖。鎖の反対側には、棘のついた人の頭ほどの鉄球。
モーニングスターと呼ばれる武器を自在に操るアルコルは、用心深く吹き飛ばした男に近づき見下ろした。
「ここかな」
「あのガキを攫えば大金が手に入った、のに……」
負け惜しみを最後に男の意識はコトリと途切れた。
「……おい」
「やあ。そっちも終わったかい?」
「あのふたりは気絶させた。……そいつは」
「あはぁ、死んじゃいないよぉ。こいつがよっぽど虚弱体質でもなけりゃ」
厳しい顔で近づくイルにアルコルはヘラリと笑う。イルは取り合わず、男の息を確認して魔法の蔓で縛り上げた。──この相棒が強いのは間違いないが、他人の命に無頓着すぎるのはどうにも好きになれなかった。
それから物陰に向かって声をかける。
「おい。もう出てきていいぞ、アキ」
恐る恐る、といった様子で出てきたのはまだ小さな男の子だ。イルと同じくよくある灰色の髪と薄い色の瞳だけれど、身なりはまるで違っていた。
ツギハギだらけのイルの衣装とは比べ物にならない立派な服。過度な装飾があるわけではないが、それが逆に素材の良さと彼の身分の良さを強調して──結果、あのような子悪党を招いてしまったわけだ。
「さて、ちょっぴり足止めくらっちゃったね。日付変わる前に行って探して戻って、だとちょっと急がないとかな」
「チッ、空いた
「期待しない方がいいと思うよ? なんせあと数時間で年に一度の一大イベントだ。
「……そォだな」
アキの手を引きながら歩く。
目指すはここより東に佇む小高い山。その頂上に隠した宝物を取りに行くのに付き合ってほしい、というのが
「その宝物っつーのは……友達と埋めたンだっけか?」
その言葉にアキはコクンと頷いた。イルの手のひらの中の彼の拳に力が入る。
「うん、そう! それで、その子が遠くの街に引越しちゃうから……。その前に宝物を返してあげるんだ。年越しの夜は大事な人に贈り物をする日だって、お父様が言ってたから」
「へ〜ぇ? その友達っていうのは女の子かい? 好きなんだ?」
「ち、ちが! 女の子だけど、そんなんじゃ……」
「あっはっはっ。いやぁマセてるなぁ!」
「コル、からかうなよ……」
話しながら暗い道を歩いていく。
今宵は年越しだ。多くの人は王都中心部か家の中にいて人通りはほとんどない。たまに見かける人々は多くが良からぬことを企む輩で──イルとアルコルは彼らをいなしながらも順調に進んでいた。
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