『雪』

宮本 賢治

第1話『雪』

ノックも無く、部屋のドアが開いた。

振り向いたら、ずぶ濡れの来訪者が立っていた。

いくら近所の幼なじみと言えど、健全な高校3年生の男子の部屋に、女の子がノックもせずに現れるのはいかがなものか。

しかも、あと1時間で今年も終わるというのに。

ぼくはクローゼットを開け、タンスの引き出しからスポーツタオルを取り出した。

「ニコ、どうしたの? こんなずぶ濡れで、風邪引いちゃうよ」

ぼくはニコの頭を優しく拭いてあげた。

ニコは黙ってされるがまま。

よく見ると、目が赤い。

大体の察しがついた。

「また、ママとケンカしたな」

普段、ニコんちは仲良しな母娘だ。

でも、似た者同士、しかも実の母娘となると、衝突することもある。ま、99% ニコが悪いんだけど。

「もう少ししたら、母さんが年越しそば作るから、一緒に食べよ。その後、送ってあげるから」

我が家では、年越しそばは軽く夕食を済ませた後、年が変わる頃に食べるのが通例だ。

「やだ」

ふてくされた顔でニコが言った。

駄々っ子ニコちゃんモードだ。

「おそばは食べるけど、お家には帰らない。今日からわたし、トムんちの子になる」

ケンカはしても、食欲は無くならないタイプ。それがニコだ。

階段の下から母さんの声がした。

「トム〜、おそば食べる?」

ぼくは部屋の外に顔を出し、階下に答えた。

「今、ニコが来てるから、部屋で食べる」

「あら、ニコちゃん、いつの間に来てたの。わかった、持って行く」

ローテーブルに2人前の天ぷらそば。

カツオのおダシの良い香りが鼻をくすぐる。

ニコがずっと抱いていた大判の白いストールがモゾモゾと動いた。

ポン!

ストールの中から、白い子犬が顔を出した。耳が前に倒れている。真っ白なかわいい子犬。一瞬、ストールから生まれ出たのかと思った。

ニコがそばをすする横で、子犬は尻尾を千切れるくらいに振りながら、皿に入れたミルクを夢中で舐めていた。

「その子、どうするつもり?」

ぼくがたずねる。

「飼う」

ニコは答えて、再びそばをすすり出した。

「ニコのママに反対されたんでしょ」

エビ天を咥えたまま、ニコがうなづいた。

ニコのママは極度の潔癖症。拾ってきた子犬を飼うなんて、そりゃあり得ない。

ニコは丼を持って、おダシを飲み干した。その隣で子犬もミルクを平らげ、満足な顔をしてる。

丼を置いて、ニコは子犬を抱いた。

「トム、犬、好き?」

「どちらかと言えば、猫派かな」

ニコが子犬の手を持って、挨拶するように振った。

「でも、この子、メッチャかわいいよ」

子犬がこっちを見て、首を傾げている。確かにかわいい。

お腹が満腹になったのか、ニコは子犬を抱いたまま、ぼくのベッドにゴロンと横になった。

階段下から母さんの声がした。

降りると、スマホを手渡された。

ニコのママだった。

年越しそば食べて、今、子犬と寝そべってますと伝えると、安堵した様子だった。

部屋に戻ると、ニコと子犬は眠っていた。仲の良い姉妹みたいだ。

ニコも子犬もかわいい寝顔。

外から除夜の鐘の音が聞こえた。

カーテンを開け、外を見ると、雪が降っていた。

通りで寒いわけだ。

見慣れた町に白い雪がつもる。

あと、もう少しで今年も終わる。

ニコと子犬を見ると、2人でムニャムニャ言ってる。

子犬の寝顔を見た。

ニコみたいに美人さん。

きっと女の子だ。

ぼくはこの子の名前を

『雪』

に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『雪』 宮本 賢治 @4030965

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画