第4章 「学園の王子 VS クイーン誕生」
夜の22時を少し回ったころ。加賀美玲奈(かがみ れな)はデスクに座ったまま大きく伸びをして、パソコンの電源を入れた。
ここ数日、仕事が立て込んでおり、帰宅時間が遅くなることが続いていた。好きなだけネトゲをプレイしている余裕はなく、現実世界の悩みや雑務に追われていたのだ。大学時代の友人からは「地元に戻ったならもっと遊ぼうよ」と誘われることもあるが、社会人の多忙さはそんな甘いものではない。
とはいえ、心のどこかで“ゲームにログインすればB級王子に会えるかも”と期待している自分がいる。最近はあのソウ・クレイサー(王子)と一緒にクエストを回る機会が減っていたが、彼のふざけた台詞や大胆なアクションに心がほぐれる感覚を知ってしまった以上、ついまた味わいたくなってしまう。現実世界でのストレスを一時でも解消するために――そう自分に言い訳しながら、玲奈は「ユニゾン・オブ・ファンタジア」のログインボタンをクリックした。
画面が切り替わり、いつものように学園エリアへキャラクターのレナ・クラインを転送する。すると、そこにはイベント用の新たな演出が追加されているのが目についた。鮮やかな魔法陣とともに、**「学園のクイーン、堂々降臨!」**という文字が大々的に表示される。B級映画さながらの煽り文句だが、こういう演出に妙に力を入れているのがこのゲームの面白いところだ。
(クイーン……? そんなイベントが始まったのかな)
玲奈はそう思いながら、周囲のプレイヤーたちの会話をざっと眺める。チャット欄には「ついにクイーンが出たらしい」「やっぱり王子と戦うのか?」「王子、負けるなよ!」などの声が飛び交っている。どうやら今回の学園イベントは、王子とクイーンが“学園の支配権”を巡って争うというストーリーらしい。
レナが校舎の廊下を歩いていると、NPCが次々と「クイーン様が学園を乗っ取ろうとしている」「王子を倒して自分が頂点に立つとか……」と口々に噂をする。B級どころかC級、いやZ級に近いような荒唐無稽な設定だが、そこが面白いのだろう。クリアすれば限定アイテムがもらえるとあって、大勢のプレイヤーが参加しているようだ。
(王子と敵対するクイーンが出現……これは絶対王子のほうにも何かしらの“B級台詞”があるに違いない)
ワクワクしながら中央ホールへ向かうと、そこに**ソウ・クレイサー**の姿があった。きらびやかな王子衣装の金髪アバターが、高らかに腕を組んでいる。その周囲にはプレイヤーの野次馬が集まっており、彼の一挙手一投足を見守っている様子だ。
「ふははは、来たな貴様ら! この学園を我が手に収めんとする“クイーン”の存在――聞くだけで笑止千万、オレに敵うと思っているのか!?」
ソウは相変わらずの大袈裟な口調で周囲に宣言を放つ。すると、待ち構えていた一部プレイヤーから「王子、出たー!」とか「クイーンも負けずにやってきそうだな」と茶々が入る。そもそも、王子自体がB級ノリの化身みたいなものなのに、クイーンまで同じテンションとなると、これはなかなかの見ものかもしれない。
思わず笑みを漏らしながら近づくと、ソウがこちらに気づいたかのように、レナ・クラインに対してチャットを送ってきた。
「おお、レナよ。オレの力を再び見に来たか?」
「こんばんは、王子。なにやら新しいイベントでクイーンが来てるみたいですね」
「そうらしいな。まだ姿は見ていないが、学園の上層部をそっくり奪い取ろうと目論んでいる……という設定だ。ハッ、オレの許しもなく勝手に玉座に座るとは思い上がりも甚だしい!」
ソウがふざけて鼻で笑うと、周囲のプレイヤーたちも茶々を入れる。「おいおい王子、あっちのクイーンも相当強いらしいぞ」「実は王子とクイーンがくっつく展開もあるんじゃね?」などと好き放題言われているが、ソウはまるで気にする様子もない。
すると、チャット欄に突如**「クイーン様、お見えだ!」**という書き込みが流れた。誰かが先にクイーンNPCの出現情報をキャッチしたらしく、学園の講堂エリアに向かってみんなが駆け出す。レナも遅れまいと移動し、ソウと一緒に講堂のステージを目指した。
講堂は大勢のNPC生徒たちで埋め尽くされ、そこに高貴なドレスをまとった女性アバター――NPCが鎮座している。**「クイーン・エマ」**と名乗るそのキャラクターは、艶やかな黒髪と金色のティアラをつけ、手にした短杖から紫色のオーラを放っていた。
「フフフ……この学園は、もうすぐ私のもの。王子とかいうお調子者がいると聞いたわね。おもしろいじゃない」
ドスの利いた声でそう言い放つクイーンNPC。背景音楽まで不穏なものになり、周囲のプレイヤーがざわつく。
「こいつはなかなか手強そうじゃないか」「王子、これは負けるか?」などと盛り上がる中、ソウ・クレイサーがさっそくステージ中央へと進み出る。
「はっ……学園の覇権など、オレがすでに握っているようなもの。貴様こそ、何を寝言を抜かすか!」
高らかに剣を掲げるソウ。すると、クイーン・エマは妖しく笑い、周囲のNPCたちに命じるように手を振る。
「愚かな王子……あなたがいくら威張っても、この私の美貌と魔力の前では無力。さあ、皆の者。あの王子を捕えなさい!」
すると、講堂の舞台裏からゾロゾロと現れる闇の衛兵風NPCたち。見た目は学園制服のままなのに、邪悪なオーラを纏っているというギャップがB級さを際立たせる。
たちまち戦闘フェーズに突入し、プレイヤーたちは一斉に攻撃や魔法を繰り出す。しかし、イベント限定の闇衛兵たちはそこそこ強く、数が多い。何人ものプレイヤーがまとめて攻撃を仕掛けるが、NPCの方が回復魔法などを使ってじわじわと耐えてくる。
「レナ、危ないぞ!」
ソウが声をかけ、レナの前に割り込む。ちょうど背後から襲いかかろうとした闇衛兵を一刀両断してみせた。レナもひるまずに杖を振り、周囲の仲間へ回復魔法を投げかける。以前に何度かソウとクエストを回ったおかげで、チームプレイには慣れてきた。
「ありがとう、王子。でも、次から次へと出てきますね……」
「こういうときは、リーダーの頭を叩くに限る。あのクイーンを直接倒すんだ!」
ソウが剣を振りかざしながら吠えると、周囲のプレイヤーが「オッケー、王子に続け!」とチャットで応じる。さながらB級映画のヒーローショーのような展開に、レナは苦笑しつつも熱くなっている自分を感じていた。
クイーン・エマの周囲には結界が張られ、簡単には近づけないようになっている。さらに、闇衛兵以外にも、怪しげな“影の騎士”がちらほら出没し、強力な範囲攻撃を繰り出してくる。次々と味方プレイヤーが倒れかける中、レナは回復や補助魔法で必死にサポートをする。
「大丈夫……私、まだMP(魔力)があるから、立て直せる!」
焦りながらキーボードを叩く。だが、クイーン本体への攻撃手段をどう確保するかが問題だ。すると、ソウがチャットでパーティメンバーに指示を出す。
「みんなで闇衛兵をひきつけろ! その間にオレがクイーンの結界を破る!」
「了解。王子、死ぬなよ!」
即座に十数人のプレイヤーが散開し、敵をひきつける形をとる。ソウはその隙にステージ下からクイーン・エマの元へダッシュしていく。B級臭漂うド派手なエフェクトを伴いながら、王子の剣が結界を砕こうとする。
「何をするの、愚か者!」
クイーンが短杖を振り下ろすと、紫の稲妻がソウに降り注ぐ。体力ゲージが大きく削られて一瞬ヒヤッとするが、レナが間髪入れずに回復魔法を重ね掛けし、ギリギリでソウの体力が持ちこたえる。
「くっ……助かった、レナ!」
「もう……危ないんだから!」
息詰まる攻防の末、ソウが放った必殺の剣撃が結界にヒビを入れ、最終的に粉砕する。チャット欄には「ナイス!」「王子さすが!」と祝福の声が溢れる。
「これで……終わりかと思うなよ?」
クイーン・エマが一瞬驚いた表情を浮かべたあと、不気味な笑みを浮かべる。どこからともなく黒いカーテンが降り、舞台上に巨大な魔方陣が展開されていく。BGMもさらに不穏なものになり、プレイヤーたちがどよめく。
「まだ最終形態があるのか……!」
ソウが苦笑交じりに剣を握り直す。まるでわかりやすい悪のボス戦だが、こういうご都合主義な流れがまた盛り上がるのが、B級の醍醐味だ。レナの胸も高鳴っている。
このステージではクイーンが“魔人形態”に変化するらしく、大きな翼を生やした姿がスクリーンに映し出される。戦闘難易度も上がると同時に、ド派手なエフェクトが画面を覆い、プレイヤーたちも総力戦を余儀なくされる。
「か……回復間に合わない!」
レナが焦りの声を上げると、どこか別のプレイヤーが補助を手伝ってくれる。総勢二十人以上が入り乱れながら、クイーンとの最終バトルが繰り広げられた。
――数分、いや十数分もの激戦の末、ついにクイーン・エマは力尽きる。
「ば、馬鹿な……この私が、学園を掌握するはずだったのに……!」
悔しそうな言葉を残し、クイーンは派手な爆発エフェクトとともに舞台の奥へと消え去った。プレイヤーたちのチャット欄には「お疲れー!」「やったークリア!」という歓声が溢れ、討伐ログが大量に流れる。どうやらイベント特典として、クイーンが落とすレアアイテムもいくつか手に入るようだ。
息を切らした様子のソウ(あくまでキャラクター的にだが)が、剣を床に突き刺すように立ち止まる。
「ふう……B級映画もここまでやれば上等だろう? さて、貴様らもご苦労だった!」
無駄にキザな一言に、周囲から「王子、お前が一番B級だぞ」「まあ王子のおかげで助かったけど」などと微笑ましい突っ込みが飛ぶ。レナは微笑みながら、改めてソウにチャットを送った。
「お疲れさま、すごく大変だったけど、楽しかったですね」
「ああ、まさかあそこまで手強いとは思わなかったが……お前のサポートがなければ、オレは途中でやられていたかもしれん。感謝するぞ、レナ」
「こっちこそ。王子が結界を破ってくれたおかげで、討伐できたんですから」
そうこう言い合いながら、実際には多くの味方プレイヤーの力も大きかったのだが、ここはお互いを讃え合うのがゲームの醍醐味だ。
◇◇◇
しばらくして講堂のモブNPCたちが去り、プレイヤーたちも解散ムードになる。どうやらシナリオ上は「クイーンが一時退散したため、学園には平和が戻った」ということになっているようで、まだ追加クエストがある可能性は高いが、とりあえずは今回のイベントバトルがひとつのクライマックスだったようだ。
レナとソウは人混みを離れて校舎の渡り廊下へ移動し、お互いの戦闘を労う形で雑談を始める。周囲にはちらほら他のプレイヤーもいるが、メインとなるイベントは終了したため、まったりとした空気が漂い始めていた。
「こんな夜更けに、こんな濃い戦闘をするなんて、オレも物好きだよな。……お前はどうだ? 疲れてないか?」
「大丈夫ですよ。平日は仕事で疲れてるけど、こういうのは気晴らしになるし。王子こそ、最近あんまりインしてなかったんじゃないですか?」
「ああ……ちょっといろいろあってな。リアルが忙しくて、まあB級台詞ばかり吐いても解決しないことが世の中には多いのさ」
ソウが妙に弱気な言葉をこぼすので、レナは「そりゃそうですね」と笑いながら相槌を打つ。
やがて二人は、しばらくゲーム内での余韻を楽しんだのち、それぞれログアウトする流れになった。ログアウトの間際、ソウがチャットで「また一緒にクエスト行こうな」と言い残してくれたので、レナは「はい、ぜひ」と返事をし、ほんのりと嬉しい気持ちになる。
◇◇◇
ログアウト後、玲奈は部屋の蛍光灯を消して布団に潜り込んだ。今日の大規模バトルは想像以上に熱く、思わず夢中になってしまった。あれだけ派手なエフェクトとB級台詞の応酬が続くと、現実の嫌なことを忘れるにはもってこいかもしれない。
「でも、何だろう……あの王子、どこかで聞いたような言い回し……」
ふと、玲奈の脳裏に妙な違和感がよぎる。ソウが見せる言葉遣いや、ほんの少しだけ見え隠れする“素の会話”――なぜかそれが懐かしいような気がしてならないのだ。まだ確信はないし、こんなにもテンションの高い人物が身近にいると思いづらい。だけど、ふとしたイントネーションやタイミングに、“あれ、これ……もしや”と思わせる何かがある。
「まさかね……けど、ちょっとだけ……」
そのまま言葉にならないモヤモヤを抱えながら、玲奈は瞼を閉じる。明日も仕事があるし、あまり深く考えても仕方ない。
◇◇◇
一方、向坂颯太(さきさか そうた)は同じ夜、やはり遅い時間に自室でパソコンをシャットダウンしていた。大規模イベントの余韻は心地よく、ゲーム内では王子として輝けるのに、現実に目を移せば悩みの種が山積みになっている――そのコントラストが大きければ大きいほど、疲れも増していく。
ここ数日、工藤千尋(くどう ちひろ)との電話やメッセージのやり取りを繰り返すたび、結論を先延ばしにしている自分に苛立ちを覚える。そろそろ本腰を入れて話し合わなければならないとわかっていても、どのタイミングで切り出すべきか迷っていた。
「たぶん……距離を置くべきなんだよな。お互い、ここまで会わなくなったらもう……」
そう呟き、スマホを手に取る。千尋からは既読スルーの状態で返信がない。どうやら忙しいのか、それとも意図的に連絡を避けているのか。いつ終わるとも知れない宙ぶらりんの状態が、颯太をますます追い詰める。
ベッドに腰掛けたまま、過去の写真をスライドする。大学時代、二人で撮った楽しげな思い出の数々。あの頃は確かに一緒にいるのが当たり前だったが、いつしか価値観がズレ始め、今では名ばかりの恋人関係になっている。
「ちひろと別れることになったら……もう少し、素直に玲奈のことを考えてもいいんだろうか」
どこかで止めなければならない、とわかっていても、思考は自然と幼なじみ・玲奈の姿を浮かべる。高校時代、はっきりと意識しなかったわけではない。彼女が同級生の間で密かに人気があったのも知っている。卒業直前にお互い距離を詰めかけたのに、何のきっかけも掴めぬまま別々の道を歩んでしまった――その後悔が、今さらになって甦っているのだ。
「……明日こそは千尋にきちんと話をしよう。もう先延ばしにはできない」
自分の気持ちを整理し、ケリをつけなければ、玲奈とも向き合えないままだ。そう固く決意しつつ、颯太はスマホを手放して布団へ倒れ込む。王子のキャラクターを通して一時の解放感は得られても、現実が好転するわけではない。そのギャップが、眠りを浅くさせるのを痛感していた。
◇◇◇
翌朝、玲奈は出勤準備をしながら、昨夜の激戦を思い出して小さく笑みを漏らした。あれほどド派手で騒がしいイベントは久々だったし、ソウと共闘できたことで非常に盛り上がった。
(あのクイーン、また出てくるのかな。王子ともっと絡んでくれたら面白そうだけど……)
実際、シナリオ上は“クイーン退却”という曖昧な終わり方をしているため、今後の追加クエストで再登場することがほぼ確実視されている。B級映画よろしく、続編でさらなる派手な悪役として返り討ちを図るかもしれない。
しかし、一方の玲奈自身も土曜の夜に颯太と会う約束をしていた。いまだにどう振る舞うべきか明確なプランは立てていないが、千尋との関係が整理できていない状態で彼がどんな話をするのか――それが気になって仕方ない。
会社へ向かう電車で、そのことばかり考えていると、LINEの通知音が鳴った。画面を見ると、杉野翔平(すぎの しょうへい)からだ。職場の先輩であり、最近何かと玲奈に気を遣ってくれる男性だが、その優しさがやや過剰気味という印象がある。
『今日も夜遅くなる? よかったら夕飯、軽く付き合うよ』
断る口実を考えながらも、素直に感謝の気持ちが湧く。杉野が悪い人でないことは重々承知しているのだが、玲奈としてはあまりプライベートを共有したいわけでもない。
(昨日はネトゲで夜更かしして疲れてるし、今日は家に早く帰りたいんだけどな……)
そう思いながら、“ごめんなさい、今日も忙しくて余裕ないんです” と返事を打ち込む。これまでも何度か誘いを断ってきたが、杉野はめげずに声をかけてくる。好意を抱かれているのは明らかだが、玲奈の心は颯太の存在でいっぱいいっぱいなのだ。
会社に着けば着いたで、仕事が目白押しだ。書類の山を片付けながら、玲奈は今日もあっという間に定時を迎える。幸い上司の都合で残業はなくなり、早めに退勤できそうだ。
(今日は家でゆっくりしよう。明日が土曜日だから、少し準備もしておきたいし……)
そんなふうに考えながらオフィスを出ると、廊下の端で杉野が待ち構えていた。
「加賀美さん、もう上がる? ……あ、今日はダメって言ってたよね」
「あ、はい……すみません。ちょっと家のほうでやりたいことがあるので」
「そっか、わかった。変にしつこく誘ってごめんね。もし、何か相談事があったらいつでも聞くから」
杉野はそう言い残して微笑む。玲奈は頭を下げ、足早に会社を後にした。彼の好意を知りながら無視するような形になるのは心苦しいが、ここで曖昧に優しくしてしまえば、かえって杉野を期待させてしまうかもしれない。
◇◇◇
家に帰り着くと、少しだけ空腹を覚えたので簡単に夕飯を済ませる。そして、明日の約束に備えて服を選んだり、最低限の身だしなみを整えたりする。自分でも可笑しいと思うが、まるで高校生のように胸が高鳴るのだ。
「颯太……明日、何を話してくれるんだろう」
もし、きちんと千尋とのことを整理してきたのなら、もしかすると昔のように……などと、期待が脳裏をかすめるたびにドキドキしてしまう。かといって、結果的に「やっぱり彼女が大事だから」という話をされるかもしれず、浮き沈みが激しい。
落ち着かない心を抱えながらも、玲奈は少しだけネトゲにログインしてみた。ソウはいるだろうか――そう思ったが、学園ホールには彼の姿はなく、周囲のチャットでも「王子、今日はオフラインか」と書き込まれているのが見える。クイーン関連の新しいクエストはまだ実装されていないようで、プレイヤーたちは雑談やレイドボス討伐などの既存コンテンツに散らばっているようだ。
(王子、リアルが忙しいのかもしれないし……ま、いいか)
ほんの数分だけ周囲をブラブラしてログアウトし、玲奈は明日のために早めに就寝する。心臓の鼓動が無駄に高まっていて、眠りにつけるのか不安ではあるが、これ以上考えても答えは出ない。いっそ一晩でリセットしようと決め込む。
◇◇◇
――そして夜が明ける。土曜日。
玲奈は午前中に家事を済ませ、午後は少し近所を散歩して気分転換を図った。もし家にずっとこもっていたら、余計な不安ばかり募りそうだったからだ。大きな公園でベンチに座ってコーヒーを飲み、頭をクールダウンさせる。
(今回のイベント、王子とクイーンはあそこまで派手に戦ったんだから、次にもし出てきたらどうなるのかな……)
そんなふうにゲームのことを思い浮かべながら、同時に颯太との約束の時間が迫ってくることを意識する。恋人のいる男性を好きになるのは間違っているかもしれないが、彼本人がどう考えているかを聞かなければ前へ進めない。
夕方、約束の時刻に合わせて待ち合わせの駅に行くのだが、それは次章の物語となる――。
今はまだ、ゲームの王子とクイーンのB級バトルシーンの余韻に浸りながら、自分の本当の気持ちを見つめ直す時期なのかもしれない。B級映画のような大袈裟な戦闘やセリフ回しが、現実の複雑さから逃れる助けになるのは確かだ。けれど、最終的に真実を掴むのは、自分自身の決断しかない。
学園の王子が勝利を収め、クイーンが退散したように、現実でも自分の悩みに終止符を打つ日がいつか来るのだろうか――そんなことを考えながら、玲奈は静かに夕日を見つめていた。
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