第3話

「教会まで送るよ」

 ネーリは振り返る。

「ラファエル、ぼく今、色々あって神聖ローマ帝国の駐屯地に寝泊まりさせてもらってるんだ」

 それを聞いたラファエルが微笑んでいる。

「……なんか、知ってるって顔だね?」

「君なら、隠さず俺に言ってくれると思ってたよ」

「?」

「分かってる。フェルディナント・アークだろ。街の治安が悪いもんな。贔屓の画家に何かあったら大変だと思う気持ちは俺だって分からなくはない。駐屯地には行ったことがある。聖堂に飾ってある君の絵も見たよ。さすがにどれもいい絵だった」

「ありがとう」

 ネーリが嬉しそうに微笑った。

「あいつら描くなら、フランス艦隊を描いてよって言いたいけど。俺が王妃と近い以上、あんまりフランスの部隊には自分は近づかない方がいいって、お前は考えるんだろうな」

「……うん……そうだね……。僕と親しくしてるということが分かると、きっと良くないと思う」

 ラファエルは溜め息をついた。ネーリの身体を抱きしめる。

「……やっとお前に会えたのに。自由に会えないなんて、嫌な国だな」

 ネーリは小さく笑う。慰めるようにラファエルの背を優しく撫でた。

「でも、教会には会いに行っていいよね?」

「君は好きな場所に行っていいんだよ。ラファエル」

「ここには王宮の人間は呼ばないから、また来てくれる?」

「うん。アデライードさんに、ごはんとても美味しかったですって言っておいてね。一緒に話せて楽しかったって」

「喜ぶよ」

「じゃあ、もう行くね」

「……ジィナイース」

 歩き出そうとしたネーリが振り返った。

「お前をずっと独りにした、俺を恨んだことはなかった?」

 ヘリオドールの瞳が静かに瞬き、月の光のように穏やかに、ラファエルを見つめて来る。



「【シビュラの塔】がファレーズを消滅させたとき、

 君は僕を呪わなかった?」



 ハッと息を飲んで、ラファエルは首を振る。

「一度もそんなことは思ってない。お前は誰より、悲しんでるって分かってた」

 ネーリは頷く。

「僕の答えは、君とまったく同じだよ」

 ラファエルは数秒後、離れた距離を自分の足で縮めてきて、もう一度ネーリの身体を抱きしめて来た。その時の抱擁は、今までとは違った。想いを込めるように、深いものだった。

 ラファエルはそれから、腕を離すとネーリの手を取り、その手の甲に口づけた。そして、腰をかがめて、唇にもそっとキスを落す。

「……本当に【シビュラの塔】を見るために王宮に来るつもりか? ジィナイース。君が危険を冒したくないと一言言ってくれれば、俺はどんな手を使ったって、王妃や王太子からの信頼を利用しても、どうにかして塔の様子を見て来るよ。多分、自分の立場を危うくしないでも、今の俺ならそれは出来る。少しだけ、待ってくれれば」

「ありがとうラファエル。でも、僕は自分の目で確かめたいんだ。あの塔の目の前には、幼い頃行ったことがある……。その時と何か今は違うのか、実際に見てみたい」

 澄んだ瞳で見返され、ラファエルは納得した。

ネーリは、一目で見た景色でも正確に描き出せる、特別な目を持っていた。確かに彼が自分の目で見るということは、それくらい意味があることなのだ。

「分かった。でも決して忘れないでくれ。今の君には、俺がいることを。もう決して独りにはさせない」

 ありがとう。

 ネーリは庭先に用意された馬に跨って、馬上で一度振り返り、ラファエルに手を振った。

 見送っていたラファエルも笑みを見せて手を振る。

「君を王宮に呼ぶための手筈を整えたら報せを送るよ。そう遠くはならない」

「うん。おやすみ」

 ネーリは迎賓館の裏手から出て行った。


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