第2話
駐屯地に戻ると、馬から降りた。すぐに近くの竜騎兵がその馬を引き取りに来たが、騎士館に入ろうとして、壁に寄り掛かって煙草を吸っている姿を見つけた。
「よっ」
イアンが気付いて、手を上げる。
「イアン。来てたのか」
「お勤めご苦労さん」
「少し街に出てた」
入れよ、という風にイアンを促す。中に入るとトロイが敬礼して応えた。
「ご苦労様です」
「トロイ。この情報を地図に書き入れておいてくれ」
「了解しました。イアン将軍、ようこそ」
「よう。ちょっと邪魔するわ」
「ワインをお持ちしましょうか」
「うん。頼む」
フェルディナントとイアンが二階へ上がって行く。
「今日はネーリいないみたいやな」
「うん。今日は街の方に出て描いているみたいだ」
騎士がワインを持って来て、二人は執務室のソファに腰掛けた。
「この前ほんとにスペインの駐屯地来てたくさん描いてくれたわ。うちの連中もカッコ良く描いてもらって喜んどった。おおきに」
「俺は何もしてないよ」
フェルディナントはグラスにワインを注いだ。
「ええよなぁ。絵が描けるって。自分がいいと思った景色をずっと切り取っておけたり、
誰も描いてくれへん、自分の頭の中にだけある景色を自分で描けたりする。一つの絵をきちっと完成させれたら、きっとすごい幸せなんやろうな」
「そうだな……」
確かにネーリは絵を描き始めるとロクに食事もとらず睡眠もとらず夢中で描きっぱなしになるが、書き終わるといつも幸せそうに眠っている。
今もどこかで描いてるのかな。
そんな風に一瞬優しい表情を見せたフェルディナントだが、すぐにイアンの存在を思い出して気持ちを切り替えた。
「街の見回りか?」
「いや。……今ヴェネトの造船所の場所を調べてるんだ。例の、事件があった空き家、スペイン駐屯地で殺された三人を運び込んだ場所だが」
「うん」
「やはり曰く付きの場所だった。徹底的に調査して、地下室を見つけた。人が入ってた形跡があり、地下室には大量の薬品が見つかったよ」
「そうなんか。大当たりやんか。よぉ分かったな?」
「崩れそうなほど古い家なのに時計だけが普通に動いてた。変だと思ったんだ」
「なるほどな。なんやろう……。密会場所か?」
「そうだな。違法薬物とか、違法な物品の密売場所かなと俺は読んでる。地下水路が街に通じてた」
「ヴェネツィアの水路は複雑に入り組んどるからな。確かに怪しいもんは地下を行き来しとるのかもしれん。そのことと造船所調べとるのが繋がっとるのか?」
「事の発端は、例の【仮面の男】が警邏隊を襲撃する理由が知りたいんだが、そもそもこの警邏隊を私兵団化してるのはヴェネトの上級貴族だ。警邏隊の汚職と上級貴族の繋がりを見つけたいんだよ。造船所は古くからヴェネトにあるし、ヴェネトは大きな軍艦は作らないだろ。とすると」
「なるほど。造船所に出入りするのは上級遺族っちゅうわけか。確かに船の中に怪しいもんを隠したり、怪しい売買なんかも出来るからな。狙いは商船か」
「例の【有翼旅団】という賊も、商船を狙っていると聞く。もしかしたら高価な取引をしている船の情報を、旅団に流してる者もいるかもしれない。まあ今のところは何にも掴めてはいないんだが。ラファエル・イーシャが【仮面の男】を少し前に市街で目撃したらしい。だからまだ出没していることは確かなんだ」
「ラファエルが? いつのことや」
「一週間ほど前かな……」
「そういやちょっと前あいつがお前のとこに行って、よく分からんが宣戦布告して来たとか威張ってたで。何のことか分からんかったけど」
「ああ……確かに来たな。その時に聞いたよ」
「なんやお前、あいつに絡まれとんのか? 俺がぶん殴っといたろうか?」
「いや……」
フェルディナントはワインの深い色を見つめてから、一口飲んだ。
「いや。あれはいいんだ。確かにあれは、俺が悪かったから」
イアンが目を丸くする。
「そうなんか?」
「大したことじゃないんだが、一番最初にお前がこの駐屯地にラファエル・イーシャも連れて来たことがあっただろ? あの時、去り際にあいつがネーリの干潟の絵を見つけて」
フェルディナントは執務室に飾ってある絵を指差した。
「いい絵だから、描いた画家を知りたいって言ったんだよ。ミラーコリ教会だと教えてやれば良かったんだが、なんとなく……」
彼は月明かりが射し込む外に視線をやった。
「なんとなくその時、彼は色々なアトリエを持っているからと、はぐらかしてしまって」
イアンは目を瞬かせてからぶはっ! と吹き出した。
「なんやあいつが言ってた『腹立つことされた』ってそのことか? 相変わらず強欲やなあいつは。そんなもん笑って許したれや! あんな奴に教えんでええぞ! フェルディナント! あんなうるさい奴がいちいち訪ねて行ったらネーリが集中して絵描けへんわ。隠して正解やで」
「しかし誰と会うかを決めるのは俺じゃない。ネーリだ。俺が勝手にあいつの顧客を遠ざけるのは確かに、間違ってる」
「お前も生真面目なやつやな~。そんな聞かれなかったから言わへんかったんやみたいなやりとり、俺とラファエルの間じゃ毎度のことや。いちいち気にすんな。あいつ、王妃に気に入られて優雅なヴェネト生活しよるから、退屈して芸術に手ェ出し始めて、腹立つな。
そろそろ一発、締めとくか」
「あいつとは付き合い長いのか」
「フランスとスペインが休戦状態の時とかは、よぉ夜会で会ったわ。あいつ血筋だけはええからな。格の高いフランスの夜会には大抵顔出して来よる。会いたかったわけじゃないで。単なる腐れ縁や。両国が開戦した時は俺がぶちのめして泣かしたると思ってんのにあいつ戦場を嫌って全然出て来ぉへんねや。
まあ自分の利き腕も分かっとらんような奴やから、そんな奴ボコっても弱いもの苛めしとるみたいになるから別にええねんけどな。オヤジがフランスの名門大貴族オルレアン公で、あいつ末子だからひよこみたいに甘やかされて来とる。この世で自分が欲しがったら手に入らんもんは何もないって思い込んどる生意気なクソガキや。手に入らんとああやってムキになって怒ってきよる。一発ぶん殴ったっていいで。フェルディナント。遠慮せず世の中の厳しさ教えたったらええねん」
フェルディナントは笑ったが、首を傾げる。
「だが、あいつもヴェネトに来ること、国の為に承知したんだろ?」
イアンが額を押さえる。
「いやそれがやな……どうやら女の尻を追っかけて来たらしいねん……」
「え?」
「わかるで! んなアホな理由で? って思うやろ! 俺もや! けどあいつマジでそういうことする奴やねん! 美しい女とイチャイチャすることがあいつの人生の目標の頂点やねん! 俺たちと価値観全くちゃうねや!
なんや幼い頃に会ったきりの大好きな女がヴェネトにいること掴んだらしいねん。そんで会いたいから来たんやと。長い間行方不明で、ほんとは探しに来たかったけど、なかなか来れなくて、そうこうしてるうちに『誰かヴェネト行きたい人!』言われてこれ幸いやってあいつ『はーい!』ってアホみたいに手をあげて来たんや。
そうでもないとあんな戦場で何も出来ひんやつフランス艦隊の総司令なんて選ばれるはずないねん。そうかと思えば今度は画家の尻を追っかけとんのか。あいつホント……欲望のかたまりやな……!」
イアンが髪をわしゃわしゃー! と掻き回した。
「あああああ! 今あいつみたいに俺もグータラ生きたいわぁとか思ってもうた! なんてこった! 気の迷いや! あんなやつ全然羨ましくあらへん! 俺は俺でええんや!」
「おちつけ……そういえば今日は何か用があったか?」
イアンにワインを勧めてから、フェルディナントは尋ねた。
「ああ! そうやった! あのバカのせいで全てを忘れるとこやった!」
いかん! と思ったのか、イアンが姿勢を正す。
「実は急ぎでお前に伝えておきたかったんや。昨日の朝、王宮から文が来てな。王宮に呼び出された。王妃からや。俺を王太子ジィナイース・テラの近衛隊長に任命したんやと。
一週間のうちにスペイン艦隊と近衛騎士団から人材を選抜して、新しい近衛隊を組織することになった」
フェルディナントの顔に現われた感情に、イアンは「そやねん!」と手を打った。
「なんで俺やねん⁉ って思うやろ!」
「あ……いや。そういうわけじゃないが……」
「ええねん! 俺自身がそう思ってんのやから。俺はな、王妃の機嫌損ねた自覚もあるし、王太子の護衛や教育係なら、あの王妃はラファエルにやらせたがるってことも分かっとんのや。けど、正式に王妃から命令が下る前に、ラファエルのアホがうちにやって来て、『おまえ、王太子の近衛隊長になるなんてどんな汚い手使ったんだよ』みたいに言うて来てん。
俺からしたらなんのこっちゃ分からん話や。汚い手使うにも俺遅刻した初対面の時から一度も王妃にあってへんし、王宮にすら呼ばれてへんねん! おかしいやろ!」
イアンは立ち上がる。
「分からんけど、なんか嫌な予感すんねん。上手く言えへんが、この感じ……うちの親がミョーに優しくお願いごとしてきたなと思ったらとんでもない面倒事がそれにくっついてたりする時によぉ感じるねん。あれと同じや」
「……なにか心当たりはあるのか?」
「昨日から何回も何回も考えてるんやけど何も思い浮かばへん!」
「じゃあ……仮に王妃が何かを企んでるとして、なんだと思う?」
「それも全く思い浮かばん……。けど、まあ……あいつにとっては王太子はいわば切り札みたいなもんや。その世話を、信用してへん他国の将軍に一任するなんて余程のことや。
何かを期待してとか言われんなら、なんぞ王太子に無礼働いた罪で俺とかスペイン艦隊をヴェネトから叩き出すつもりなんやないかくらいしか思いつかへん。俺は割りと自分では楽観的なつもりやけど、今回は何か裏に意図があるような気がしてしょーがないんや。
お前に相談ばっかりして悪いとは思うけど、ここじゃお前以外にこんなこと聞けへんねや。
うちの連中、王妃のフランス贔屓は知っとるし、王太子の側仕えは重要な仕事や。やっと俺がそういう仕事任されて少し安堵出来たろうし、この仕事には裏があるなんて言うてあいつら不安にさせたくない。お前にとっても、青天の霹靂やろ。……どう思う?」
フェルディナントは腕を組んだ。
「お前の予感はともかくとして、フランス艦隊はいよいよ海上演習を始めた。王妃はラファエル・イーシャまとめてフランス艦隊を気に入ってるし、このまま奴らにヴェネト近海の警護を任せるつもりだろう。
神聖ローマ帝国はこの前言ったように【有翼旅団】の捜索と街の警護を任されている。
勇猛名高いスペイン艦隊をずっと駐屯地に飾っておくわけには行かないだろ。
お前に王宮の護りを任せることは、俺はそんなに的外れな人選ではないと思ってる。
俺やフランスだって、大きなミスをすれば致命傷になるのはお前と変わらないよ。お前の戦歴を見れば、王太子の守護者としての資格は十分ある」
「そうか? ……そうかな……俺が疑心暗鬼になり過ぎてるだけなんかな……」
「いずれにせよ、断わることもどうせ出来ないだろ。王妃の意図はどうであれ、お前は側に仕える人間には信頼される人柄をしてる。俺としては王宮にラファエル・イーシャしかいないより、お前もいてくれた方がなんなら安心するくらいだ。これは神聖ローマ帝国の総意として言ってる。お前なら、何か間違った方向に王宮が進もうとしたら、必ず反対してくれるだろうからな。我が国にとっても得になる」
不安げだったイアンは目を丸くして、ようやく吹き出した。
「そうか。そういう考え方もあるか」
「そうだぞ。悪い話じゃない。なにか陥れるような意図があって王宮に招かれたとして、お前戦場で敵の妨害工作にその場で対処するなんて、慣れてるだろ。それに既存の近衛隊をポンとお前に任せるわけじゃなく、お前に新しい組織の編成も任せてる。しかもスペイン艦隊からも人材を募っていいんだろう? 俺は、三国の任地を決めた、それ以外の深い意図はないと思う」
「確かに、そやな……。スペイン艦隊からも人材を募っていいと言われるとは正直思わんかったし……」
「気にするな。俺たちは任された任務を優れた水準で果たせばいいんだ」
イアンは窓辺の壁に、背を預けた。
「そうかもしれん。ありがとな、フェルディナント……少し落ち着いて来たわ」
「俺も【夏至祭】の最中に王宮から城に呼び出された時は、部下が青ざめてたよ。とうとう『帰れ』という命令かもしれないと思って」
ぶは、と吹き出す。
「ほんまやな。うちの連中も怯えとったわ。可哀想になあ、あいつら……上官が王妃に好かれんと、自分らがいつ何をされるか分からんから不安なんやろな」
「ヴェネト王宮の中枢に近い、重要な任務だ。やり甲斐はある。頑張れよ」
「おおきに。悪かったな、こんな時間に突然来て……」
「いや。いいんだ」
「そういやお前が飛行演習許可されたのもかなり唐突なタイミングやったよな。今回の俺の任命に近いような……」
「確かに唐突だった。それについては聞けなかったが、もしかしたら【有翼旅団】の新しい襲撃や、目撃情報があったのかもしれない」
「それはあるかもな。しかし奴ら船で移動してんねやろ? んじゃその【有翼旅団】のことラファエルの奴も王妃から聞いとるんやろか?」
「どうだろうな……。ただ、王妃の参謀から【有翼旅団】の捜索は、スペインにもフランスにも内密にしてくれと釘は刺されたよ」
「ラファにも? ……へぇ……それは意外やな……」
「イアン?」
腕を組み、考え込んでいるイアンにフェルディナントが声を掛ける。
「あ、いや……。お前が今『参謀』って言うたやろ。せやから急に思い出してん。あの背の高い奴のことやんな」
「ああ」
「あの初めて王妃と謁見した時、王妃に言われた言葉ばっか気にして、なんぞ今回の近衛隊長就任に決まるようなおかしなことがなかったかずっとずっと繰り返して昨日から思い出しとったんやけど……。王妃とは別に何も無かったわ。スペイン人ってだらしないのねえ、って厭味言われて笑われて帰って来ただけやねん。ただ……俺も帰る時、あの参謀とかいう男に一回呼び止められたわ」
急に思い出した。
呼び止められた時、驚いたのでよく覚えていたのである。
「ロシェル・グヴェンといったか」
「そやった。そのロシェルが俺を呼び止めて――」
なんで呼び止められたんだっけ? と首を傾げる。
あれは確か……。
「ちゃうわ。呼び止められたんちゃう。帰りがけに王太子に鉢合わせたんよ。偶然。
それが、……あの日な、前も言ったように城に来る前城下の一悶着で絡まれとったネーリを助けたんや。ほんで、西の教区の教会にまで送ってやった後で」
「ああ、言ってたな」
「一瞬あの王太子がネーリに見えてん。横顔だったけど、直前まで眺めとった顔やったからそう思ったんかなあ。一瞬すごい似てたんや。そらもうネーリ何でここに? って言いかけるくらい。せやけど、こっち見たら全然似てへんかって、なんや他人やと思ってそこにあのロシェルって奴が現われて、王太子に俺のことをスペイン艦隊の将軍やって紹介したんや」
「ネーリに似てた……?」
「いや。ちゃう。似てへんかったんや。髪の色が近いそんくらいのことで、瞳の色も全く違うし。ほらネーリって話すとこっちの気持ちぽわぽわさせてくれるやろ。王妃との謁見の嫌な時間終わって、緊張から解かれて、王城に思いがけず知り合いいる、思て安心してうれしくなったんやろな。けど、うわ~こんなとこでどしたん~! とか親し気に抱きつきに行かんで良かったで。そんなことしとったら今頃俺あの王太子に変態や思われて滅茶苦茶嫌われとるわ。あっぶね~! すぐ気付いて良かった。お前も王太子に会ったことあるねんな?」
「会ったことがあるというほどじゃないが、俺も初めて王妃に謁見した時に同席していたよ。ただ……」
ネーリの顔を思い出した。
『フレディー』
自分の顔を見つけると、目を輝かせて笑ってくれる、あの優しい顔だ。
一度見かけた王太子はああいう、一撃でこちらの心を溶かして来るような雰囲気を持った人物ではなかった。単純に似てるなどと思わなかったのと、
(ネーリに似てる人なんて、きっとこの世に一人もいない)
あれはこの世でたった一人の人だ。
そんな風に思って、ふと、窓辺にいたイアンが側にやって来て、にやにやしていることに気付いた。
「――フェルディナント。お前いまネーリのこと思い出して楽しんどったな?」
フェルディナントが赤面する。
「ばっ、な……別にそんなことはない!」
「前から思っとったけど、おまえネーリのこと、好きなんか?」
「す、好きでは、」
好きではない! と言おうとして、あまりの嘘に身体が拒絶反応を示した。
「ん~?」
「す、好きだぞ。なんだ。ネーリは美しい絵を描くし、人柄も優しい。好きで何が悪い。好きだ。なんだじゃあお前は嫌いなのか。嫌いなんだなイアン!」
「あかん。突然怒り始めたで。……これはマジなやつやな。からかったらアカンタイプのホンマのやつや。あ~~~わかったわかった! 俺もあの子は大好きや! ええ子やしな! お前は別におかしくないおかしくない!」
「そうだ! イアンが好きなやつなんて他にもいっぱいいる!」
「お前ってそういうとこ出るとやっぱまだ十八歳なんやなって思うわ」
イアンがケラケラと笑っている。
ぐっ、と詰まったが言い返せなかった。
「別にバカにしてへん! んなことで臍曲げんなやフェルディナント! 男やろ!」
バシッと思い切り肩を叩かれた。
◇ ◇ ◇
「ほんじゃ、しばらく会いにくくなるかもしれんけど。元気にやれよ。当分は新しい近衛の面倒見るので手ェ離せんけど、落ち着いたら城下にくらいは出れるよって。また飲もな」
「ああ。お前も気を付けろよ」
「王宮勤めなんて柄に合わんけど、愚痴っててもしゃーないから頑張るわ。けど、お前もそんな王宮来ぃひんのやろ? 王妃とラファとしか毎日顔合わせんなんてこの世の地獄やぞ。ストレス溜まる環境やのう。腹立つわ」
歩きながら、イアンが盛大に溜息をつく。
「そや! ネーリ、王宮の絵描きたくないかな? ネーリが時々絵ぇ描きに来てくれたら嬉しいなあ。癒されるわ~。ちょっとくらいええやろ! お前は好きに城下うろつけてネーリとその気になればいつでも会えるんやから。絵だって見放題や。王宮の絵ならいつでも俺が描かせたるって言っといたって伝えといてくれや」
「うんわかった伝える……」
「伝えへんな⁉ 伝えん人の言い方やったな今おまえ! 別にお前から取り上げたりせぇへんから伝えてくれや!」
フェルディナントはとうとう笑った。
苦笑しながら「分かった、伝えておく」と応える。
これにはイアンも安心したようだ。
「は~~ お前ホンマにあの子が好きなんやなあ。大体『フレディ』ってなんやねん。お前士官学校時代も一度もそんな呼び方他人に許さへんかったクセに……。つーかそもそもお前にあんなに懐く子も珍しいやんな。お前は『フェルディナント様』とか言いつつ憧れの眼差し向けて来るような令嬢ばっか相手してたもんなあ。ネーリはお前全く怖くないんやろか? いや。俺なんかはお前とは長い付き合いやから、お前は無口で生真面目やけどええ奴ってことは知っとるけどな。年下にはお前怖がられること多かったやろ」
「そうだな」
フェルディナントは笑った。
「ネーリは一番最初に会った時からあんなだったよ」
「不思議な子やなあ。ぽわぽわしとるけど、お前のことフレディーなんて言ってじゃれついてくるなんて、なかなかいいひんで」
「……。」
「ほう。それはあれか『そういうところが可愛いんだよなあいつは』の顔か?」
「イアン!」
赤面して、イアンを追い払う仕草をすると、彼は声を出して笑いながら駐屯地の外に駆けて行く。さすがに鮮やかに待たせていた馬に跨った。
「ほんならな! 俺はしばらく城下には寄れん。今度ネーリがアホに絡まれとったら、お前が助けてやらなあかんで」
フェルディナントは腕を組んで、小さく息をつく。
「ああ。分かってる」
「じゃあな」
「気を付けて帰れよ」
「仮面の奴が出たら俺が面ぶち割って捕まえたるわ」
イアンは快活にそう言うと、一気に駆け出して行った。
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