第10話 追跡の果て

チェの車は、狭い路地を全力で駆け抜けていた。後方には、二台の黒いSUVが執拗に追いかけてくる。ジウンはシートベルトを握りしめ、恐怖に震えながらも目を閉じていた。車が激しく揺れ、狭い道を縫うように進むたび、心臓が跳ねるような感覚が全身を支配している。


「しっかり掴まっていろ!」

チェの声が運転席から響く。目の前には急カーブが迫っていたが、チェは躊躇することなくハンドルを切った。車体がスリップしそうになりながらも、何とかカーブを抜ける。


「まだ追ってきている……しつこい連中だ。」

チェがバックミラーを睨む。SUVのヘッドライトが闇を切り裂き、こちらを追い詰めてくる。パクは後部座席で息を切らしながら、窓越しに迫りくる追手を見ていた。


「このままでは捕まる……どうする?」

パクの声にチェは短く答えた。


「大丈夫だ。この先に抜け道がある。そこで巻く!」


チェは車を細い裏路地へと滑り込ませた。廃墟のビルが並ぶ寂れた通りで、昼間でも人気がなさそうな場所だ。SUVも路地に入ってきたが、狭い通路では二台並んで追うことができない。


「よし、スピードを落として……ここで奴らを誘い込む。」

チェは冷静な声でそう言うと、車を少し減速させた。SUVの一台がスピードを上げて距離を詰めてくる。


「何をする気なんですか?」

ジウンが不安げに尋ねると、チェは短く答えた。


「やつらを罠にかける。」


チェは路地の途中で急ハンドルを切り、車を横付けに止めた。迫ってきたSUVはブレーキをかける間もなく、チェの車の前に突っ込んできた。大きな衝撃音が響き、SUVの前方が壁にぶつかる。


「よし、今だ!」

チェは素早く車を発進させ、路地の奥へと進んだ。だが、もう一台のSUVが追ってきているのがバックミラーに映る。


「まだ一台いる……。厄介だな。」


ジウンは振り返りながら、もう一台のSUVが迫ってくる様子を見つめていた。恐怖と緊張が混じり合い、何かが喉を締め付けるような感覚に襲われる。


「チェさん、どうするんですか?」

ジウンの問いに、チェは短く息をつきながら言った。


「もう一度試すしかない。だが、君たちはここで降りろ。」


「何を言ってるんですか!置いていかれるわけにはいきません!」

ジウンは反射的に叫んだ。


「君たちが狙われるのは、この証人がいるからだ。そして、彼を守るのが俺の仕事だ。だが、君は生存者として、この真実を伝える役目がある。だから、生き延びろ。」


チェの声には確固たる決意が込められていた。車が急に止まると、チェはジウンとパクに指示を出した。


「すぐそこに古いトンネルがある。そこを抜ければ、安全なエリアに出られる。俺はここで時間を稼ぐ。」


ジウンはチェの表情を見て、一瞬言葉を失った。だが、彼の目に映る覚悟を理解した瞬間、彼の指示に従うしかないと思った。


「絶対に無事で戻ってきてください!」

ジウンはそう叫び、パクを引っ張るようにして車を降りた。


ジウンとパクは、チェの指示通り、暗いトンネルへと足を踏み入れた。古びたコンクリートの壁に湿気が漂い、足音が反響する。ジウンは懐中電灯を手に、慎重に進んでいった。


「ここを抜ければ安全と言っていたが……本当に大丈夫なのか?」

パクが不安げに呟く。


「信じるしかありません。」

ジウンは短く答えたが、心の中では同じ不安を抱えていた。


後方から、チェの車のエンジン音が響き渡る。それに続いて、SUVのエンジン音と衝突音がトンネル内にこだましてきた。ジウンは思わず振り返りそうになるが、必死に前を向いて歩みを進める。


トンネルを抜けると、視界が開けた。そこには人の気配があり、明かりが灯っている。どうやら、チェが指定した「安全なエリア」にたどり着いたようだった。


「助かった……?」

ジウンはパクの腕を掴みながら、安心の息をついた。


だが、その瞬間、後方からチェの車のライトが見えた。彼が無事に追手を撒いて戻ってきたのだ。


「チェさん!」

ジウンが叫び、車に駆け寄る。しかし、チェは車から降りるなり、疲労の色を隠さずに言った。


「追手を完全に撒いたわけではない。だが、今はここが安全だ。」


三人は薄暗いエリアの一角に集まり、チェが冷静な声で話し始めた。


「これで奴らも我々が簡単に捕まらないことを理解しただろう。だが、ここからが本当の勝負だ。これ以上彼らに時間を与えれば、証拠も証人もすべて消される可能性が高い。」


ジウンはチェの言葉を聞きながら、心の中で決意を新たにした。ここで止まるわけにはいかない。事故で命を落とした人々、そして自分が生き残った理由を証明するためにも、真実を掴む必要がある。


「私も最後までついていきます。真実を暴きましょう。」

ジウンの言葉に、チェは静かに頷いた。


次回予告


追跡を振り切り、真実の核心に一歩近づいたジウンたち。しかし、敵はすでに次の手を打ち始めていた。次回、ジウンとチェは決定的な証拠を掴むためにさらなる危険な取引に挑む。一方で、敵の反撃が彼らを絶望的な窮地に追い込む――真実の扉が開かれるその瞬間、彼らが目にするものとは?

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