第9話 真実を守る代償

車の中で、ジウンは膝の上に置いた手を強く握りしめていた。EMP装置――それが事故に関与していたとするなら、事故はただの不幸ではなく、人為的な悲劇だった。貨物機を巡る隠蔽工作、そして彼女を追い詰める影がすべて繋がる気がした。


「どうするんですか?あの装置について、これ以上隠されるのを許せません。」

ジウンが声を震わせながらチェに問いかける。


チェはハンドルを握る手に力を込めたまま、険しい表情を崩さなかった。夜道を照らすヘッドライトの光だけが二人の沈黙を切り裂く。


「これを公にするには、さらに確かな証拠が必要だ。そして、それを掴むには、もう一人重要な人物に会う必要がある。」

チェの言葉にジウンは顔を上げた。


「もう一人……誰ですか?」


「貨物機の運航計画を直接指揮した航空会社の内部関係者だ。彼は今回の事故と貨物機の関連性について、決定的な情報を持っている可能性がある。ただし、彼も命を狙われている。」


「命を……?」

ジウンは息を呑んだ。


「彼はすでに我々と接触することを了承している。ただ、彼と会うためにはリスクが伴う。君がついてくる必要はない。」

チェの言葉に、ジウンは一瞬考え込んだ。しかし、次の瞬間には、毅然とした表情で答えた。


「私も行きます。この真実を知る責任があるから。」


チェは短く頷き、車をさらにスピードアップさせた。


深夜、二人が向かったのはソウル市内でも特に人通りの少ない工業地帯だった。廃墟のような古いビルが立ち並び、窓には光ひとつ見えない。車を停めたチェは、慎重に周囲を見渡しながら言った。


「ここだ。中に彼がいる。だが、周囲には十分気をつけてくれ。」


二人は静かにビルの中へ入った。錆びた階段を上り、指定された部屋の前にたどり着く。チェがノックをすると、中から鍵が開けられる音がした。


ドアを開けたのは、中年の男性だった。スーツは乱れ、顔には疲労がにじみ出ている。男は怯えた目でチェとジウンを見つめた。


「あなたがチェ調査官か……彼女が?」

男性がジウンに視線を向けると、チェが短く頷いた。


「彼女は事故の生存者だ。そして、真実を追う意志がある。」


男は深く息をつき、ドアを閉めた後、部屋の中にある椅子を勧めた。


「私はパク・ソンミン。貨物機の運航スケジュールを管理していた者だ。だが、私はあの積荷の中身を知らされていなかった。私が知ったのは、事故の後、隠蔽工作が始まったときだ。」


「隠蔽工作……?」

ジウンが驚きの声を漏らすと、パクは苦々しい表情で語り始めた。


「事故の原因が貨物機にあることを示す記録は、全て改ざんされている。航空会社の上層部と、政府の一部がこれに関与している。」


チェが眉をひそめた。


「政府……具体的にどの部門だ?」


「軍事技術開発を所管する部署だ。貨物機に積まれていたEMP装置は、海外の技術を輸入して実験段階にあった。その輸送中に誤作動が発生し、旅客機に影響を及ぼした。それが事故の真相だ。」


「旅客機の命がけの着陸を後回しにしてまで、貨物機を優先させた理由がそれですか?」

ジウンの声には怒りが混じっていた。


パクは沈痛な表情で答えた。


「そうだ……だが、私にはそれを止める権限はなかった。ただ命令に従っただけだ。」


「命令したのは誰ですか?」

チェの問いに、パクは口を閉ざしたまま目を伏せた。部屋の中に重い沈黙が流れる。


その時、外からエンジン音が近づいてきた。チェは窓の外を確認し、表情を一変させた。


「追ってきた連中だ。早くここを出るぞ!」


チェはパクの腕を掴み、ジウンにドアの鍵を開けるよう指示した。外に出ると、黒いSUVが二台、ビルの前に停まっているのが見えた。


「こちらに気づいている。急げ!」


三人は廃墟の影を縫うように走り、駐車していたチェの車にたどり着いた。エンジンをかけ、暗闇の中へ逃げ込む。


「追ってくるぞ。しっかり掴まっていろ!」

チェの叫び声が車内に響く。後方ミラーに映るSUVがスピードを上げて迫ってくる。


チェは巧みに車を操り、狭い路地や急カーブを利用して追手を撒こうとする。だが、相手も執拗だった。ついに一台のSUVが横から接触し、車体が激しく揺れる。


「持ちこたえろ!」

チェが叫び、ハンドルを必死で操作する。ジウンは震えながらパクの手を掴んだ。


「私たち、無事でいられるんでしょうか……?」

ジウンの不安げな声に、パクは何も答えられなかった。


次回予告


ついに核心に迫ったジウンとチェ、そして真相を知る重要な証人。しかし、それを阻止しようとする勢力の追撃は激しさを増していく。次回、緊迫の逃走劇の果てに、ついにジウンは事故の真相と向き合う決定的な局面に立たされる――真実か、命か。運命の選択が彼女を待ち受ける。

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