第8話 真実への扉

ジウンは、逃亡の夜から一晩中眠れずに過ごした。貨物機の積荷、その正体が軍事技術に関わるものであること。そして、それが事故に関与していた可能性が高いという事実。その重さが、胸を締め付ける。


チェが運転する車が、郊外の薄暗い倉庫街へと向かっていた。車内は緊張に包まれ、二人の間に言葉はなかった。チェはハンドルを握りしめたまま前方を睨みつけ、ジウンは無意識に自分の手を握りしめていた。


「今日の目的地は?」

ジウンがようやく沈黙を破った。


「事故当日、貨物機の運航を指揮していたとされる人物だ。その人物と接触する。」

チェの声は低く、緊張感が滲んでいた。


「危険ではありませんか?」

ジウンが不安げに尋ねると、チェは短く息を吐いた。


「間違いなく危険だ。だが、この先の真実を掴むためには避けられない。」


車は古びた倉庫の前で止まった。周囲は静まり返り、人の気配はほとんどない。チェが運転席から降りると、ジウンもそれに続いた。薄暗い倉庫の扉の前に、一人の男が立っていた。40代半ばと思われるその男は、粗末なジャケットに身を包み、煙草を吸いながらこちらを見ている。


「チェ調査官か?」

低い声が夜の静寂を破る。


「そうだ。あなたが貨物機の運航を担当していたハン・ソンウ氏か?」

チェが静かに問いかけると、男は煙草を地面に投げ捨て、足で踏みつけた。


「何を知りたい?」

その目には警戒心が宿っている。


「貨物機の積荷だ。それが旅客機の事故にどのように関与したのか。あなたが知っていることを教えてほしい。」

チェの言葉に、ハンは短く笑った。


「そんなことを聞きにここまで来たのか。だが、真実を知りたがるのは危険なことだぞ。」


「危険を承知でここに来た。協力してくれ。」

チェの毅然とした態度に、ハンは一瞬だけ目を伏せた。そして、ポケットから一枚の写真を取り出して見せた。


「これが積荷の一部だ。」

写真には、金属製のコンテナが映っていた。そこには見たことのないロゴと英語の警告文が記載されている。


「これは何ですか?」

ジウンが尋ねると、ハンは短く答えた。


「EMP発生装置だ。軍事用だが、特定の電磁波を発生させて敵の電子機器を無力化するためのものだ。」


「EMP……。それが事故にどう関係するんですか?」

ジウンの言葉に、ハンは煙草に火を付け直し、深く吸い込んだ。


「積荷は作動するはずじゃなかった。しかし、何らかの原因で装置が誤作動したんだ。その影響で旅客機の電子制御システムが一時的に麻痺した。エンジン停止や計器の異常も、それが原因だろう。」


ジウンの頭の中で、事故当日の記憶が蘇った。あの閃光、エンジンの停止音――すべてが繋がるような感覚だった。


「では、なぜこんなものを民間空港で運んでいたんですか?旅客機の安全が脅かされることを予測できたはずです!」

ジウンが声を荒げると、ハンは険しい表情で答えた。


「それがこの国の現実だ。軍事技術を商業物流で密かに運ぶのは珍しいことじゃない。だが、今回は最悪のタイミングで最悪の事態が起きた。」


その言葉にジウンは言葉を失った。人命が失われたのは単なる事故ではなく、人為的な判断の結果だったのだ。


「なぜそれを公表しないんですか?真実を隠そうとしているんですか?」

ジウンの問いに、ハンは深く息をついた。


「真実を公表すればどうなる?軍事機密が暴露され、国際的な問題になる。だが、俺もこのまま見過ごすつもりはない。」


ハンが何か言おうとしたその瞬間、倉庫の外から車のエンジン音が響いた。チェが素早く外を確認する。


「誰か来た!急げ!」


ジウンとチェは倉庫の裏手に回り、暗闇に紛れて逃げ出した。車のエンジン音が近づき、男たちの怒声が響く。


「奴らは情報を渡さないつもりだ。」

チェが低く呟いた。


二人はなんとか倉庫を離れ、待機させていた車に乗り込んだ。車が夜の道を駆け抜ける中、ジウンは恐怖と怒りが入り混じった感情に襲われていた。


「事故は防げたはずなのに……どうしてこんなことに。」


「だから真実を追うんだ。君のその感情が、犠牲になった人々への責任だ。」

チェの言葉は静かだったが、その中に強い意志が込められていた。


次回予告


EMP装置の存在、そしてそれを巡る陰謀。真実の一端を掴んだジウンとチェだったが、それはさらに深い闇への入口にすぎなかった。次回、真相の鍵を握る新たな人物が登場し、物語は予想を超えた展開を迎える――。

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