第4話 現場に刻まれた痕跡

ジウンは、手元のカレンダーをぼんやりと見つめていた。事故からまだ数日しか経っていないというのに、時間の流れが止まったかのように感じられる。ソウルの病院で過ごす日々はどこか非現実的だった。


彼女が生き残ったという事実。奇跡と呼ばれる生還に、誰もが口々に「よかった」と言う。しかし、その裏で、ジウンの心には違和感が広がっていた。事故の記憶は断片的で、思い出そうとするたびに頭痛が襲ってくる。それでも、あの音――金属が激しく軋む音と、視界の端に見えた奇妙な閃光だけは鮮明に覚えている。


そのとき、病室のドアがノックされ、チェ・ギヨンが姿を現した。調査官としての冷静さを感じさせる彼の顔はいつも険しい。


「パク・ジウンさん。お時間をいただけますか?」

ジウンは深く息を吸い込み、頷いた。


チェの車に揺られながら、ジウンは事故現場に向かっていた。外の景色は冬の灰色に染まり、どんよりとした曇り空が広がっている。窓の外を眺めながら、ジウンは何度も考えた。自分が本当に現場を訪れるべきなのか。体はまだ痛みを引きずっているし、精神的な回復も程遠い。しかし、現場に行かなければ何も始まらない気がしていた。


「現場を訪れるのはつらいかもしれませんが、何か記憶を呼び起こすきっかけになるかもしれません。」

チェが隣で静かに言った。


「わかっています。けど……正直怖いです。」

ジウンの声は震えていた。


チェはそれ以上何も言わず、静かに運転を続けた。


務安国際空港の事故現場に着いたとき、ジウンは思わず息を呑んだ。広がる光景は、まだ事故の爪痕を生々しく残していた。黒く焼け焦げた機体の破片が散らばり、地面にはタイヤ痕とともに濃い焦げ跡が残っている。消防隊が散布した化学剤の白い粉が所々に見えるが、それでも焼け焦げた金属の匂いが鼻をついた。


「ここに……いたんですね、私。」

ジウンは足元の地面を見つめながら呟いた。自分がどうやって助かったのか、その全貌はまだ霧の中だった。


「あなたがいたのは機体の最後尾。この辺りです。」

チェが指差した先には、機体の後部が吹き飛び、完全に原型を失った状態で転がっていた。ジウンはふと膝をつき、手を地面に触れた。


そのとき、彼女の脳裏に閃光が走った。


――金属音。激しい揺れ。そして、後部キャビンの乗務員室に響いた、何かが割れるような音。


ジウンは後部ドアの近くに立っていた。振動の中、機体全体が不自然に傾き、視界が揺れる。そこで、後輩のイ・ヘリの顔が見えた。


「先輩、ここ……変です!」

ヘリの震える声が耳元で響く。ジウンが声をかけようとした瞬間、エンジンの音が不気味に低くなり、次の瞬間、大きな閃光が外からキャビンを照らした。


「何だったの……?」

その記憶が蘇ると同時に、ジウンは現場で立ち尽くした。


「何か思い出しましたか?」

チェの問いに、ジウンは迷いながらも答えた。


「ええ……でも、何か……はっきりしません。ただ、外から光が……すごい閃光が見えたんです。あと……エンジンの音が突然消えました。」

チェは眉をひそめ、何か考え込むような表情をした。


「閃光ですか……?」

彼はその言葉を繰り返し、メモ帳に書き込んだ。


調査官たちが現場の調査を続ける中、ジウンは焦げた金属片の近くで一つの異常な物体を目にした。それは機体の一部ではなく、小さな電子機器の破片のようだった。


「これ……航空機の部品じゃないですよね?」

ジウンが拾い上げた破片を見せると、チェは一瞬表情を硬くした。


「私たちで調べます。預かりましょう。」

チェの態度は慎重そのものだったが、ジウンは違和感を覚えた。なぜ彼がそんなに警戒しているのか――。


調査を終えたジウンとチェは現場を後にした。車内での会話は少なかったが、ジウンの頭の中には新たな疑問が渦巻いていた。閃光とは何だったのか?エンジンが停止した原因は?そして、自分が見つけた部品はなぜチェがすぐに隠すようにしたのか?


「パクさん、まだ回復していないでしょう。あまり自分を追い詰めないようにしてください。」

チェはそう言ってジウンを安心させようとしたが、彼女は軽く頷くだけだった。頭の中では次々に思考が巡り、休まることはなかった。


「何か……大きなことが隠されている気がする。」

彼女は小さく呟いた。それは直感とも言える感覚だったが、確信に近いものがあった。


次回予告


事故現場で見つけた不審な破片、ジウンの記憶に蘇る「閃光」、そしてエンジンが停止した瞬間――。それらが何を意味しているのか。ジウンは徐々に、事故が単なる機械的な故障ではなく、何か意図的な出来事による可能性に気づき始める。


一方、航空事故調査委員会の調査が進む中、航空会社側の対応に見え隠れする隠蔽の兆候。ジウンが現場で感じた違和感は、調査官チェ・ギヨンにも波及し、彼らは次なる手がかりを追うことになる。


しかし、ジウンに謎の警告の電話が入る。「もうこれ以上追うな」と告げられるその声の背後に潜むのは、事故の真相を闇に葬ろうとする勢力の存在だった。


果たして、閃光の正体とは何だったのか?そして、破片が指し示す新たな真実とは?次回、ジウンとチェが航空会社の闇に迫り、真相に向けて一歩を踏み出す。


だが、その先に待っているのはさらなる危機――。ジウンの覚悟が試されるときが来た。

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