第3話 シイナ

僕はとある友人と会う約束をしていた。彼女はシイナ、と言った。僕の数少ない友人。

阿佐ヶ谷の古めかしい純喫茶。店選びは彼女がした。シイナの吸うタバコの煙がこちらに来る。僕がマッチングアプリで適当にヤれる女を探している、というのはシイナはよく知っていた。それを彼女は否定しない。

シイナは同一性障害だ。生物学的には男だが、心は女だった。しかしシイナは僕には性的な興味関心はなく友人として付き合う一人だった。


「なんでそんな盛ってるかねえ」


スマホで閲覧しているマッチングアプリをスワイプする僕の顔を除くようにして独特の低い声で話す。


「君さあ、やっぱり年齢的には落ち着きたいと思ってそうよね」


ズバリそうなのだが、僕は黙りこくっていた。


「シイナは?」


彼女は同い年だ。ちなみに彼女は歌舞伎町のコンカフェで働いている。ウルフカットした髪はシルバーがかっていて瞳には色素の少なそうに見えるカラコンを入れている。見た目だけ見たら男とは思わないし、彼女は本気で自分を女と意識しているのであまり見た目や身体のことを指摘するのは失礼な気がする。

「お前こそ」


「まあね、落ち着きたいよ?」


さて、シイナにとっての「落ち着く」とはなんなのか。世間的には配偶者を持ったり、子供をもうけたりするが「落ち着く」なのだが。


「私みたいなゲテモノは落ち着けるのかね。職場のやつらも私みたいじゃない人でもさ、到底落ち着く気なさそうだよ?」


「そりゃあ、コンカフェなら」


「客といなくなっちゃった子もいたけどね。急に店辞めてさ。迷惑だよ。てかさ、サキュバスカフェ行かない?サキュバスがコンセプトのコンカフェだけどさ」


「辞めておく」


「まあ来るとは思ってないよ。想ってさ、モテてミソジニー拗らせてるやつとは違うから女遊びしてても憎めないよね。腹立つんだよなあ、女嫌いの女体好き」


「光の君でも目指すか」


「何言ってんだ、あの時代じゃ契りを交わしまくってるあんたは何人妻を抱えることになるか」


「大河ドラマで流行ってるから言ってみただけだよ」


「へぇ」


「いや、昔抱いた女が文学部出身でさ、谷崎潤一郎読んだりする子でね」


「それはなかなか」


「まあその子のことをシイナに話すのは初めてだな」


「あの、看護師の、えっとたしか」


「ココネ」


「ココネとはどうなのよ、ココネは」


「相変わらずヤってくれるよ」


「そんなこと聞いてない。そいつを上手く操って玉の輿にでも乗れば?ってね」


「一瞬そう思いはしたけどココネは結婚願望とかなさすぎる」


「利用価値のある女なんだから上手く転がしなよ」


僕は返答に困って、ぬるいコーヒーを啜った。シイナにはタジタジである。再びマッチングアプリ開くと通知が来ていた。


「nonさんとマッチングしました!」


僕はメッセージを開いた。


"こんにちは。nonといいます。都内に住む30代です。少しお話しできませんか"


僕はメッセージを返す。


"こんにちは Souです 僕も都内にいます"

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