第2話 ミナ
僕が一番覚えている女は君であるのは確かだ。しかし、もう一人、僕にとっては忘れてはならない存在がいた。
ミナという女の存在、彼女が僕の性癖を歪ませたことは間違いない。ミナの本当の名前、そんなのはわからない。
まだ大学に上がるほんの少し前に出会った女だ。その頃はマッチングアプリやSNSではなくネット掲示板を見ることが多く、僕は恥ずかしながら童貞を卒業する相手を探していた。そこでやりとりをしたのがミナだ。
新宿駅歌舞伎町方面にあるみどりの窓口の近くを待ち合わせにミナは指定してきた。さすがにドキドキした。ミナのプロフィールは年齢が20代前半ということしかわからなかった。スマホで互いのいる場所を慎重にやり取りしながら待ち合わせ場所に着いた。ミナは黒の長い髪で豹柄のニットにショートパンツを着ているらしい。バッグはあえて赤いバッグを持っていると書いていた。そうこうしてるうちに僕は彼女を見つけた。
「ミナさん?」
「へぇ、想くんって君のこと?」
「はい…」
「なんか幼くない?」
「いや、その、20歳ってのは嘘で」
「サバ読んでたの?まあいいけど」
そうして彼女は歌舞伎町のラブホテルにさっさと向かった。
「君、こういうところ来たことないでしょう」
「もちろんないです」
ラブホテルのロビーはやけに薄暗く静かだ。電子音で「いらっしゃいませ」と言われパネルにいくつも部屋が表示された。金額も書いてあるが、高3の僕のお小遣い2ヶ月分を貯めたので安い部屋なら何とかなりそうだった。
「安心しなよ。お金は私が出すから」
「待ってください、こういうのは普通男が」
彼女は僕を無視してパネルに表示された部屋の一つを選んで押してしまった。
「大人をなめるなよ。私にはラブホ代払うくらいの経済力はあるの」
「はい」
圧倒されていると彼女は僕の手を引いてエレベーターに乗った。彼女は僕を抱き寄せて唇を押し当ててきた。短いキスを数回している間に部屋についた。彼女は鍵をかけ、入り口でまたキスをした。ミナのふんわりとした厚い唇は待ち合わせのときから印象的だった。こんなにも熱いキスは初めてだった。
「こっち来て」
互いに順番にシャワーを浴びた後、バスローブ姿のミナは僕をベッドの近くに呼んだ。そうしてミナはそっと僕の頭をぶつけないように気をつけながら優しく押し倒してキスをした。僕にとって初めてのセックスは甘い思い出となった。
事後、一緒にシャワーを浴びているとミナが髪を洗ってくれた。頭の押し方が心地よい。シャワーで流す間は僕の髪を優しく撫でるようにしてくれた。この人はきっと心根が優しい人なんだろう。僕と違って。
「流し終わったよ」
「うん」
「さ、髪を乾かして着替えようか」
「あの、帰りに喫茶店寄りませんか」
「何で」
「何でってお礼がしたくて。その、コーヒー一杯でも」
「必要ないよ。君ともう会うことはないよ。私は一回掲示板で会った人とは会わない主義なの。それとあんな掲示板、君はもう見ない方がいいよ。たまたま会ったのが私なだけだし、私が言うのもなんだけどさ変な奴いるよ」
「けど」
「抱いたくらいで調子に乗るな」
ミナは僕の頬を指で摘んだ。やっぱり心根の優しい人なんだと実感した。そうして、僕はミナと歌舞伎町の街を通り新宿駅へ戻った。彼女はその間一言も喋らなかった。ただ、新宿駅の改札まで見送ってはくれた。これは彼女なりの優しさなのだろうか。わからないが、僕はセックスを初めてしたという優越感に浸りはじめていた。大学入学までの残りの春休みは少なくなっていた。
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