バチャ豚は激怒した 遥人も激怒した

 オンラインゲームニュース「大人気ゲームレジェエルの先行プレイ動画に転生者?!雪宮らるむのクリスマス配信に急遽転生者が参戦!」


 人気VTuber雪宮らるむにも、当然のように迷惑かつ熱狂的なファンである“バチャ豚”が存在する。その1人である小林陸斗が、突然現れた転生者とのクリスマスコラボのニュースを見てブチ切れていた。


 「転生者ってなんだよっ!運営の下手な仕込みとかどーでもいいわ!」


 雪宮らるむのクリスマス配信に向けて、温かい七面鳥を予約手配するほどの気合いの入れようである。ネタ抜きの本気ゆえに、バチャ豚仲間からも一目置かれる存在だ。


 陸斗は、すぐさまらるむのバチャ豚が集まるSNSのグループ“雪色の豚”のメンバーに吠えるように不満をぶつけた。


:転生キャラうざい。消そうぜ。

:おれもそう思ってた。

:でもアイツ、中ボスを一撃で倒してたぜ。

:らるむたんが削ってたからだろ。

:クリスマス配信にぽっと出が絡むだけでうっとおしいのに、転生とか“ゆきんこ”全員をバカにしてる!


“ゆきんこ”は、雪宮らるむのファンネームである。雪宮らるむの親衛隊を自認する彼らだが、実際には過去の迷惑行為でファンクラブを追放された者ばかりだ。


 若い男性とコラボすることが許せないだけなのだが、なんらかの大義名分が掲げないと気が済まないのがバチャ豚たるゆえんである。


:アイツが本当に転生した奴なら、ゲーム内で殺したらどうなるか見てみたくないか?

:たしかにそれは見たい。

:NPCでも村人なら殺せるしな

:運営が倒せない仕様にしてたら、それはそれで言い訳させるのも面白いかも


 全員なんやかんや遥人がらるむと仲良くしていてムカついているのだ。それにペナルティが課されても、せいぜい運営からBANされる程度だろう……


 遥人の預かり知らないところで命の危機が迫りつつあった。





 「こんゆき〜、クリスマス配信にみんな集まってくれてありがとう!」


 「……こ、こんゆき〜」


 元気にリスナーに挨拶する雪宮らるむと、昨日とは打って変わってテンションの低い遥人。


(雪山ステージで配信するのキツすぎる)


 配信場所は昨日から聞かされていたが、まさかここまで自分が動揺するとは思ってもみなかった。滑落死はたしかに衝撃だったが、ここ1ヶ月の充実したソロプレイですっかり払拭できていたと思い込んでいた。


 「今日はもう同接が10万人もいます!!ニャースにもなってたけど、話題の転生者の遥人くんのおかげだね!」


 「……ちっす」


 だめだ、ふらふらする。せっかくの推しのクリスマス配信に出演出来たのに。すると、らるむが遥人の手を取り何かをそっと渡した。


 「いきなりのコラボで来てくれてありがとう、遥人くん!お礼に前にイベントで運営さんが作ってくれた“一生一緒かも?ネックレス”を着けてあげるね!」


 とびきりの笑顔を見せながら、ネックレスをつけるために遥人にの首に手を回すと、耳元でそっとささやいた。


 「大丈夫?いきなり大人数の配信にコラボさせちゃってごめんね。無理しなくていいからね。」


 バレてる……。今この瞬間にも運営からBANされるかもしれない。最期の思い出に精一杯やろう。そんな気持ちで臨んだ配信なのに、突っ立てるだけの自分にほとほと嫌気が差す。


 「うおおおおっ!!!」


 気合いを入れ直す遥人。絶対今日の配信を成功させる!気合いを入れて、少し動揺が治まったかに思えたその時。


“桐野遥人は神レベルが上がりました”


 どこからともなく声が聞こえる。神レベル?なんの話だ?


 “雪宮らるむをエルミナの民に変更することができます。変更しますか?”


 その声と同時に、かつては見慣れたステータス画面が表示される。項目は不完全だし、配置もよくよく見ると見慣れたものとは異なるが職業やレベルなどが表示されている。


名前:桐野遥人

職業:村人

レベル:150

キャラ分類:エルミナの守り神


 通常ならNPCかプレイヤーといった内容が記載されるキャラ分類に「エルミナの守り神」との表記がある。それにレベル150ってなんだ?レベル上限は99のはず。


 “エルミナの守り神は、エルミナの民が増えるほどその神の力が増えます“


 情報量の多さに混乱しつつも、らるむをエルミナの民に変更したら何かが起きることだけはわかる。いまだに本調子とは言い難い俺が配信に貢献するには変更するしかない。


 飛躍した考え方だが、遥人にそれ以上考える余裕はなかった。それにオレが本当に神様なら、なんとかなる!


「雪宮らるむをエルミナの民に変更しろ!」


 そう叫んだ瞬間、雪宮らるむの見た目がすごくリアルな物に変わり始めた。VRではなく本当に存在しているような存在感。


「突然叫んでどうし……えっ、えっ、なにこれ!!!すごいすごい!」


 らるむもエルミナの民になったことで世界の見え方が変わったのだ。VRでない美しい異世界が目に飛びこんでくる。


「これが……エルミナの本当の姿なんだ……」


 初めてVRMMOの世界に飛び込んだプレイヤーは、その美しさに涙を流す者が続出したという。それと同じかそれ以上の変化がらるむの身に訪れたのだ。配信中ということも忘れ、らるむは涙を流していた。


「私、信じる。遥人くんは本当に転生者なんだって。こんな美しい世界に私を連れてきてくれたんだもの」


 なおもらるむが言葉を続けそうとしたその時、大出力の魔法が何発も遥人目掛けて殺到する!!


「もう1回転生させてやるよ!」


 バチャ豚の小林陸斗とその仲間達が一斉に魔法を放ったのだ。遥人だけでなくらるむも巻き添えとなるが、らるむはリスポーンするのだから問題ない。推しを傷つけることも厭わない身勝手な考えを振りかざすバチャ豚達。


 とっさのことで避け切れずに魔法攻撃を受けてしまう遥人とらるむ。


「いってえなぁ……。痛みもリアルになってんだから、やめろよな」


 最高でもレベル99しかないバチャ豚の攻撃など、レベル150である遥人にさして効くはずもない。


「い、痛い……。遥人、くん……」


 しかし、レベル70のらるむはそうはいかなかった。しかもこの苦しみようは尋常ではない。


「らるむ!しっかりしろ!」


 まさか、ゲーム世界であるエルミナが現実化してしまうとその死も現実化するんじゃないか?


「エルミナの民からプレイヤーキャラクターに変更しろ!!」


 とっさのアイデアだったが、らるむの姿がリアルなものからVR的なものに戻っていく。ほどなくHPがなくなったが、あの姿ならきっとリスポーン出来るはずだ。


「転生野郎だけ生き残りやがって!」

「お前が死ねば、らるむは死ななかった!」


 なおも罵声を浴びせてくるバチャ豚達に、遥人の怒りは頂点に達していた。


「おまえらには、取っておきの奥義をぶつけてやる!!」


 さっき神レベルが上がった時に悟ったのだ。オレが持てる神力を使った奥義を放てると。


「神力解放、奥義“星辰落落”!!」


 空が少し明るさを増す。遥か彼方の星から呼び出された奇跡の力が、バチャ豚達に襲いかかる!


「い、隕石?!聞いてないぞ、チートだろ!!」

「運営!こいつを早くBANしろ!」

「ウイルスだ!こいつはコンピュータウイルスだ!」


 最後まで見苦しい発言を繰り返しながら、降り注ぐ隕石の前にバチャ豚達は跡形もなく消え去っていった。

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