光 3



 手術室に入って来た神原に、神代が視線を向ける。第一助手の位置につく神原に、無言で視線を向けただけで。

 開腹に移る準備が出来て、手術台での位置も変わっている患者の腹部を前に、神代が視線を落とし、しずかに云う。

「これより、開腹による卵巣腫瘍切除、及びに大網他、腫瘍切除術を行う。視認できる腫瘍はすべて切除を行う。リンパ節に関しては生検確認後、必要な場合に第一群切除。…――メス」

滑らかに神代がメスを手に手術を始める。

 その前に助手として立ち、神代の要求に応え、或いは、要求のある前に術野の確保に、その他の処置を行いながら、――――。

 感嘆していた。

 目の前でみる、腹腔鏡ではない、開腹での手術。

 切り、縫い、或いは焼灼し、…――患部に辿り着き、処置をする。単純にいえば、それだけのことだ。

 ―――これほどの腕が、…――――。

 速く、滑らかに、ためらわず。しかし、必要な箇所では丁寧に、時間を掛けすぎるかと思われるくらいにかけて。

 実際に、手術というのは、いまも単純な野蛮な行為だ。

 人の身体を刃物――あるいは、いまは電気が生む熱で―――傷付け、切り、或いは焼き、そして縫う。それも針と糸を使って縫うというのだから、人類の技術というのは、まるである意味進歩していない、と思うときがある。

 人の身体を、切って、針で刺し、糸で縫う。

 馬鹿げた行為だ。

 そうおもう。

 おそらく、もっと進歩した未来では何であんな野蛮な事を、といわれているような行為にすぎない。

 けれど、…―――。

「神原」

「はい、…―――0.1モノナイロン、先端角型の針でください、…――――」

御木が神原の要求に驚きながら、針と糸を渡す。

それに視線を向けず、神代が手を止めずに看護師に要求する。

「篠原さん、モノポーラ」

「はい」

神代が新たに卵巣背後に見つかった腫瘍を切除する前で、神原が胃から下がる大網と呼ばれる器官―――胃から大きな網のように下がり、臓器の一部を覆うように垂れることから、大きな網、大網と呼ばれている――を先に神代が神原を呼ぶ前に切除した箇所―――を神原が縫っていく。

 御木と看護師達、麻酔医も技師もまた驚いて見詰める前で。

「リンパ節、生検お願いします」

神代が切除した腫瘍を金属の皿に乗せ、その後、さらにリンパ節を切除して乗せるのに。

 神代ではなく、神原がくちにするのに、看護師が驚いてみる。

 それに、ちら、と神代が患部から視線をあげて。

「渡して」

「あ、はい」

水瀬看護師が慌てて記録をつけ、リンパ節を置いた器を検査の為に待機している病理医の下へ運べるように、手術を直接担当せず、補助を行う看護師の一人に渡す。

「斉藤さん、ですか?技師の人。…体外循環の準備はどんな状況です?」

神原が視線を処置している患部に落したままいうのに、驚いて技師の斉藤が応える。

「は、はい。準備は出来ています、―――神代先生?」

驚いたまま神代を見ていう技師に。

「―――このままなら使わないで済む、…。だがもし、後二十五分しても、切離が終わらなければ必要になる可能性がある。注意して待機してくれ」

視線を処置する箇所に置いたまま神代がいい、麻酔医に訊ねる。

「榊先生、…患者の状態は」

「はい、…―――出血量、五十です。心拍、呼吸共問題ありません」

「ありがとう、…―――神原、おまえならどうする」

「見える部分は切除できたと思います。後は腸ですが、…―――」

「事前の大腸内視鏡には異常が無かった」

「そうでしたね。小腸のカメラ検査はまだでしたが」

「そうだ。一応、数値とエコーではみえていない、が、…」

「そうですね。斉藤さん、腹部エコー」

神原が視線をあげていうのに、斉藤が慌てて手術時にも使える仕様の腹部エコー装置を神原に手渡す。

 神代がエコーを動かすのを神原に任せ、共に画像を眺める。

「…――――みえる限りでは、」

「なさそうだな、…。よし、斉藤さん、ありがとう」

「は、はい」

斉藤が機器を片付ける前で、患部を見直し、神代が云う。

「片側の卵巣を切除し、卵管を上部より2cm処置する」

「切除は片方で?」

訊ねる神原に、神代が視線を合わせる。

「そうだ。どうする?」

僅かに視線を変え、訊ねる神代に。

 御木、看護師に技師達が息を呑んで見詰める前で。

 神原が僅かに俯き、考えるように視線を伏せる。

「…――――片側で良いと思います」

はっきりと、視線を上げていう神原に。

神代が強い黒瞳で見詰め返す。

そこへ。

「リンパ節生検終わりました!転移ありません」

「…―――よし!わかった!神原、片側卵巣及び卵管上部切除後、閉腹するぞ」

「…――はい、わかりました。モノポーラ、神代先生に」

神代の強い視線を受け止め、神原が柔らかく看護師に指示する。

 先に必要とする器具をいわれた神代が神原をみて。

 神原が黒瞳を見返す。

「…―――ありがとう、神原」

「はい」

神代が器具を受取り、看護師に礼をいい、神原に。

 言葉で具体的に指示しないのに、既に神代が必要とする処置を患部の周辺に行い始めている神原をみて、御木が目を見張る。

 神代が必要とする処置を、先回りして、無駄なく。

 滑らかに、神代がサポートを受けて、腫瘍の切除を行っていく。

 速く、正確に無駄が無く。

 そして、必要な処置を、確実に。

 正確に必要なだけ切除し、血管を損なわずに。

 滑らかに、優雅に、そして、…――――。

 患者に、最小限の切除であり、最大限の切除でもある、そのぎりぎりの箇所を極めて厳しい位置を選び取って。

 神代が、その手を最後に止めて、遣り残しはないかと見るように、しばし視線を置く姿を神原が見つめる。

 そして、神代が視線を上げる。

 何かを、決定した強い黒瞳で。

「閉腹する」

「はい」

神代の視線を受け止めて、神原が見詰め返す。

 僅かに、そして神原が微笑むように―――僅かにその目許でみえたのに、御木が驚いて。

 神代が神原に頷き。先に斉藤技師にいった二十五分より早く、二十分で手術が終了し、患者がその後の看護に託される。――――





 手術着を脱ぎ、急いで術後の患者の様子を確認しようと準備室から出て歩いていた神原が。

 驚いて、反対側から歩いてきた医師をみる。

「―――辰野さん?」

「お、―――何だ、神原か、…――――やたら手術終わるの早いと思ったら、おまえまでいたのか、…――そりゃあ、当然だな」

いいながら軽く手を振ってあきれたようにいう辰野を見返して、思わず足を留めて神原が驚いた顔のままでいう。

「僕まで、っていうのは?」

「違うのか?そうだろ?おまえさんも、神代先生の強引さに負けて、今回の手術ヘルプに来てたんだろー?おれも、休日だってのに負けて来ちまったよ」

「―――ヘルプというのは、病理診断で?」

「当り前だろー、神原君。病理医がいなかったら、君達お手上げなんだから、大切にしなさい。この病院、いま病理医いないからなー。迅速診断するのに病理医が必要だからって、この手術の為に呼び寄せやがって、…たく、神代のやろー」

いいながら両手を組んで背を伸ばしてみている辰野に驚く。

「病理医が、…それで、手術中の診断をする為に、辰野さんを?」

「そう、お休みなのにな。処で、何処へ急いでたんだよ?」

「―――――…いえ」

「あ、患者さんか、そっちじゃなくて、こっち。お互い、知らない病院に呼びつけられたら困るよなー」

辰野が案内する処に近付いて、驚く。

「…―――――」

術後管理室と表記された無菌室に看護師が消毒の手続きをして入っていく。

「まったくなあ、…。いまここじゃあ、殆ど手術してないからって、術後管理はこの一室だけでやってるんだと。…ありえねーよな。他所から看護師もチームで連れて来て。神代ちゃん、横暴すぎ」

あきれた声でいいながら伸びをする、細身で長身の辰野が腰を捻りながらいうのに。

 管理室を外からみることのできる――旧式だが――窓から、患者の様子をみながら。

「外から、それも?」

「あきれるだろ?まったく、…――――それよりさ、おまえ」

「…はい」

視線を動かせないまま見詰める神原の耳許に、悪戯な顔をして、辰野が手を内緒話をするようにおいて、こっそりという。

「あのさ、おまえ、どんな弱みを握られて此処に来たんだよ?」

「…――辰野さん?」

思わず、瞬間険しい顔になりかけて、留めていう神原に。

 にっ、と辰野が笑む。

「おれはさー、神代の奴に脅されたんだ」

「…――神代先生に?」

僅かに眉を寄せて振り向いていう神原に。

にこやかに笑んでみせて。

「だからさ、脅されたの。弱み握られてさ」

「…弱みって」

訝しげにみる神原に、こっそり。

 にっこりと。

「…―――かみさんにサプライズで花プレゼントしよーとしたらさ、サプライズバラすって脅されてー。神代、卑怯だろー?ひどいよなーまったくー」

楽しげに棒読みでいって、辰野が笑むと。

 ぽん、と神原の肩を叩いて。

「ま、あいつが何をいって、おまえをやる気にさせたのか知らないが、…良かったよ。此処へおまえが戻って来て。えらーい病理医の辰野先生が、おまえらのことサポートしてやるから、これから有難く頼れよ!」

「…―――辰野、さん」

驚いて、声も無いままに。

 思わずも背を向けて、ひらりと手を振って去る辰野を見送って。

 茫然としている神原に。

「何してるんだ、患者の様子みるぞ」

「え、…――――」

驚いて振り返った神原を見あげて、やはり気に食わないように神代が黒瞳できつく睨むようにしていうのに。

「はい、あの、…―――」

「はい、あのじゃない。おまえ、まったく、おれは百七十八あるんだぞ?何で、その俺より背が高いんだよ!」

「ええと、…確か、百八十少しです、僕の身長」

「…―――気に食わないっ!」

いいながら背を向けて、マスクを着け手を消毒して管理室へ入ろうとしながら。

 思わず見送っている神原を振り向いて。

「何してるっ!行くぞ!」

「…――――はい」

驚きながら、つい頷いて。

 そして。

 つい、神原が頷くのに、頷いて前をみて中へ入っていく背に。

「…――――」

 まったく、…―――――。

 一体、この人は、と思いながら。

 微苦笑を思わずも零して。

「遅い!神原!」

「…――すみません。…――――」

中に入っても背を向けたまま、いや、患者を手袋をした手で触れてみている神代に、そういってから、―――――。

 看護師と技師がついている枕許の患者の容態を示すバイタルをみながら、茫としたようにもみえる様子で、神原が歩み寄っていくのに神代がその背を見つめる。

 強い視線で神代がみる前で。

「…――――」

患者の容態を示す数値を見ながら、神原が視線を彷徨わせる。

「―――――…触れても、いいですか?」

その神原の視線が、患者の顔をみた途端に、視線が蘇るようになるのを。神代がしずかに見つめる。

 看護師が神代をみて、神代が頷くのに気付かずに。

「はい、――手袋はしてらっしゃいますね?どうぞ、―――」

「ありがとうございます」

いいながら、神原が慎重に患者の手に触れ、脈をとり、全身の様子を詳しく診ていくのを。

 ―――――…。

神代が、その神原をしずかに見詰める。

 そして、神原を見るのをやめて、神代が患者の足許を確認していたとき。

「…―――――」

神代が視線を上げて、同じように足を確認する手を伸べて、驚いたようにみる神原に視線を合わせて。

 それから、視線を患者に戻して、足裏を確認しながらいう。

「…血流は悪くない」

「--――…そうですね、…―――栄養とビタミンの投与は」

神原の問いに、無言で神代が顔を上げる。

 視線を向けられた先の看護師――いや。

 看護師の隣に立つ女性が微笑んで頷く。

「栄養を考えて、投与量を計算して、いまから投与してもらいます」

「…―――あなたは?」

神原が顔をあげて訊くのに。

「栄養士の秦野です。術前と術後の患者さんの栄養状態をみさせてもらっています」

「…栄養状態を、…―――神代先生」

振り向く神原に応えず、神代が少し慌てたように云う。

「じゃ、後は頼んだから。…――――じゃあっ」

「え、…神代先生?」

驚いてみる神原に背を向けて、慌てて出て行く神代に。

 くすり、と看護師と栄養士、それに技師達が笑う声がして。





「あの、…―――神代先生、」

病院の中庭に出て歩いている神代を見つけて神原が話し掛けるのに。

「…何だよっ?」

神代が子供のようにくちを尖らせて振り向いていうのに。

 思わず、吹き出しそうになってから、慌てて顔を作って。

「…おまえな?いま、笑おうとしてたろう?」

「それは、…――――すみません、でも、…。ええと、その、…」

「何の用だ!はっきりといえ!」

神代が背を向けていうのに、つい少し微笑んでしまってから。

「いえ、その、…―――。はい、神代先生」

「何だ」

背を向けたまま先を歩いて、空に視線を向けていう神代に。

「…―――――すみません、僕は、…この病院のいまの状態で手術をするということに、腹を立てていて。」

微笑んでいう神原に、神代が足を留める。

 それに、しずかに微笑んで。

「すみません、本当に。ちゃんと確認もせずに。でも、ちゃんと術後管理の準備もされていたんですね」

穏やかにいう神原に、背を向けて空を睨むようにしながら。

「…それは、別に謝る必要はないだろ」

「そうですか、…?」

「だよ。俺も、この病院で手術をするのは止めろといわれてる。別の病院に転院させろとか、いろいろな、…――――わかってるよ。此処でするのが無茶だってことは!」

空を睨みながらいう神代に微笑む。

「ですから、ちゃんと準備をされた。…交替の看護師さん達も手配済みだそうですね。それに、…看護師だけでなく、栄養士さんに栄養管理まで、きちんとされている処には初めて来ました」

「…―――栄養は大事だろ。腹が一杯な方が、人間元気が出る」

「…ええと、それは、―――」

「飯がちゃんと食えないときには、計算しないといけないしな。専門家がいた方が確かだろ」

ぶっきらぼうにいう神代につい笑みが零れて。

「おい、あのな?」

神原?といって振り向いて睨む神代に、つい微笑んで。

「いえ、すみません。…確かに、その通りです」

「おまえな?人の顔みて笑うなよ、まったく、…―――」

睨みながらいう神代に、やはり、つい微笑んでしまって。

「おまえなっ?まったく、神原!失礼な奴だな!」

「…はい」

思わずも笑みながらいう神原に。

 む、と神代が背を向けながら睨んで。






 むっとして、先に歩いていく神代の後を、面白くなってついていきながら。

「…どうして、此処で手術を?」

静かに訊ねる神原に、神代が向こうを向いたままでいう。

「…――――こどもが、…―――」

「はい」

向こうをむいて、くちを結んで。

 じっと何かを見つめるようにしていう神代を前に。

「…あの子が、糖尿病なんだ。Ⅰ型で入院がまだ必要で、…――小児病棟は、中々空いてないんだ。婦人科、あるいは、他の科でもいいが、―――と一緒には中々空いてない」

「それで、…―――あの子とお母さんの為に?」

「別に、為とか、だから、…―――知らないよ。…そういう、だから、…―――」

むっ、となって少し俯いて誤魔化そうとする神代を覗き込むようにしてみて。

「でも、いまいいましたよ?…そうですね、確かに、小児科は中々空きがありませんね、何処も」

「…―――おまえな、…。だからっ、…つまり、此処でも、何とか態勢を整えたらやれるから!」

「それで、無理に態勢を整えて、人を他所から呼んでしたんですか?それに、開腹になる可能性も、―――もとから考えておられた。それで、患者さんに話もしてあったんですね?それで手術をスムーズに移行できた」

考えてみれば当り前だな、と思うことをそのときは思い付いていなかった自分に多少ならずあきれながら神原が訊くのに。

 事前に採取した結果が悪ければ術式をかえ移行する説明をしていなければ、そもそも手術はできない。それに、開腹手術の為の準備があれだけきちんと整っていたのも、事前に予想していたからですね、と。実際に開けてみなければわからない腫瘍が悪性かどうかの結果を予測して準備できていた神代の行動を見事だと思うのだが。

 背を向けたまま、むっ、と神原が感心していることには気付かずに神代がいう。

「…別にそれはっ、…おまえも、検査結果みてそう思ってたろ」

睨むようにする神代をじっとみて。

 首を傾げて観察するように間近でみてしまう。

「…そうですね、…―――。確かに」

「だからっ、…―――くっつくな!」

ふい、と跳び離れていう神代に、あっけにとられる。

 ―――元気な人だなあ、…。

思いながら、つい少しばかり微笑んで訊いていた。

「でも、随分と経費掛りますよ?こんなことばかりしていたら。効率もよくないでしょう」

微笑んでしまって、背中を見詰めている神原に。

背を向けたまま。

「…―――そんなのっ、…――!新規開業するまでの間だよっ、…!いま建ててる病棟が使えるようになるまでだっ!」

「え、…?新規、ですか?」

随分と間の抜けた顔になっている自覚のある――神代が振り向かずにいてくれるのが有難い―――神原に。

 向こうを向いたまま、神代が。

「そーだよ!おまえだって知ってるだろ?うちは、いま建て替え中なんだよっ、…!全部の病棟を一度にはできなくて、いま此処だけ残ってるけどなっ、…!だから、それまでの事だから、いいだろっ!そりゃ、…それにしたって、確かに経費が掛かるのは解るけどな!でもだ!」

「…でも、何です?」

 ――――新規、…つまり、新しく建て替える処なんですか、と。

「いまのは潰して、―――でも、それまでは有効活用してもいいだろっ!そんな、すぐに移れない人だって、いやつまり、」

「―――潰すまで、はい、潰す、…」

 そんな言葉を、聞いた気がします、とぼんやりくちにしている神原の言葉は聞いているのか、いないのか。

 神代が、拳を握って空を睨む。

「…――――それにだっ!おれは、いまさら、こんかいの処置とかで、数百万借金が増えた処で一緒だっ、…!」

「数百万って、…え?」

そして、茫然としていた神原が顔をあげて聞き返すのに。

 振り向いて、黒瞳で睨んで神代が言い切る。

 拳をにぎって、力を籠めて。

「…―――いまさら、だ。おれは、この建替えで五十七億の借金をしたからなっ、…―――!病院全体の分にはまだ不足だけどっ!」

「…―――五十七億?億ですか?」

茫然と聞き返す神原に。

む、と見返して神代が云う。

「悪いか!…―――もし返せなかったら、十年――か、もう少し、海外で金持ち相手に手術しまくれば、返せないことはないっ、…!」

「…それは、そう、かもしれませんが」

思わず見つめて言葉のない神原を神代が睨み返す。

「で、なんだっ、!」

思わず、何が云いたかったんだろう、と考えて。

 黒瞳を凝っとみて。

「いえ、…―――でも、この病院で、つまり、…国内で診療されたいんですよね?手術とかも」

「…――――そ、そうだっ、…!それがどうしたっ!」

「それだと、保険報酬範囲内ですから、それだけの収入を得るには無理が」

「…真面目な顔でいうなよ、…。それくらい解ってるよ!だからっ、…新規開業後に赤字になって、にっちもさっちもいかなくなったら、だろっ、…!」

「…――――」

言い切る神代に、思わず言葉もなく思考がちょっと真っ白になって。

 神代が、首を傾げる。

「…―――おい?神原?…――大丈夫か?」

 ――――経営感覚の無い、…つまり、借金で潰れそうな、…――。

 話は全然違うんですが、全然違わないでもないような、…。

此処へ赴任する前に聞いた、何だかいろいろと騙されたという気がする言葉の数々がふと脳裏に蘇るが。

―――そういう処だけは、間違っていない気がします、…。

 それって、と。

 思わず、額に手を当てて動かずに考えている神原良人と。

 どうやら真剣に、その神原の心配をしている神代光。

「…―――おい?だからっ、…―――どうしたんだよ?知恵熱か?おい?しっかりしろっ、…―――おい?神原?悪いもんでも食ったかっ?」

真面目に心配している神代に、茫然としている神原と。

 二人の出会いから辿る旅路は、こうして始まったものらしく。


 衝撃のファーストコンタクト。

 五十七億の借金を抱えた外科医神代光と。

 どうやら同じ病院で働く事になった外科医神原良人。

 二人の旅路は、まだまだこれから、波乱含みのようである。


 なべて世は、ことも、…なし?



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