雪の精霊のひとりごと

いおにあ

雪の精霊


 わたしは、この街にひそやかに取りく雪の精です。


 毎年、冬になると、この街には何日か雪の日があります。その日にわたしは出現します。出現といっても、人前に姿を現すことは滅多になく、大抵たいていは意識だけの存在として、この街の様子を覗いているだけですが。


 ただ、最近は地球温暖化による暖冬とかで、わたしの出番も減りつつあります。このさき何年、わたしが存在できるのかは分かりませんが、先のことを考えても仕方ないかなあ、と諦めにも似た気分があります。


 とはいえ、今年は普通に雪の日が何日もありました。特に、ホワイトクリスマス。クリスマスに、この街に雪が降るのは、二十年ぶりでしょうか。大満足のわたしです。


 クリスマス。いいですよねえ。街中が華やかに彩られて、賑わいます。最も資本主義的に成功した宗教行事、なんて言われますが、細かいことはいいじゃありませんか。ウキウキ、心躍るような雰囲気になるような時期って、人間には必要でしょう。


 そして、クリスマスの一週間後にはお正月が始まります。クリスマスの派手派手しさは鳴りを潜め、一転して厳粛な雰囲気になります。この街の気候的には、わたしはクリスマスより一~二月の出現率が高めですので、どちらかといえば正月の方が馴染みがありますね。


 もちろん、お正月もいいですよ?クリスマスが“どう”ならばこちらは“せい”で、対称的です。むしろクリスマスから年末にかけてバカ騒ぎして、正月は静かに過ごす、というのが精神的にもいいのかもれしません。


 もちろん、クリスマスも正月も関係ないよー、仕事仕事って方々も沢山いるでしょうけれど。でもあなたたちの活躍、わたしはちゃんと見てますからね。雪の日限定ですけれど。 でもやっぱり、雪の精のわたしがいちばん心躍るのは、雪が降り積もった日ですね。北の国では、降り積もるのが当たり前でしょうが、国の南側に位置するこの街では、雪が降り積もるのは貴重なイベントです。


 雪が降り積もった日には、こどもたちは授業もやめて、校庭や公園で元気に遊びます。雪合戦に雪だるま、ときどきかまくら。わずかな期間しか存在しないその雪のオブジェたちは、わたしにとって最大栄養素です。大げさにいえば、雪の精たるわたしが、人から認識される唯一の機会といってもいいでしょう。だって、日頃は雪が降っても「ああ綺麗だな」とか「寒いの嫌だな」くらいの感想しか持たれない雪が、人の手によって、生命いのちを吹き込まれるのですよ。それってやっぱり、すごいことじゃありませんか?


 でも――冒頭でも申し上げた通り、地球温暖化のせいで、最近はわたしの出番もめっきり減っています。地球温暖化じゃなくて、あれは沸騰化だなんて言う方もいますが・・・・・・。いずれにせよ、わたしの役目もそう長くはないのかもしれません。


 それでも良いでしょう。この街から雪が消失して、わたしが役目を果たしていなくなっても、ここに生きた人たちの記憶の中に、雪景色とそれにまつわる思い出は、ずっと残り続けるでしょうから。それだけで、わたしは満足です。


 おっと、話が暗くなってしまいましたね。近い将来に雪がなくなるとしても、それはあくまでも未来のこと。今現在、雪は存在していますし、だからわたしは精一杯頑張って、雪の世界を維持します。


 さて、この街の初雪はつゆきがまもなくはじまります。

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