社畜のクリスマスは雪と溶けて

たい焼き。

ホワイトクリスマスに社畜はロマンチックな展開を夢に見る

「うわ、寒いと思ったら雪降ってんじゃん」


 在宅ワーク中、裸足でリビングで作業していたら足元が冷えてきたのでベランダに近づいて外を眺めたら雪が降っていた。


 天気予報を確認すると、これから明日の朝にかけて雪が降り続くみたい。


「今日、在宅にしていて正解だったなぁ~」


 仕事もあと30分ほどで定時となる。

 私は残りの時間、キリの良いところまで仕事を進めて上司に進捗報告のメールを送って仕事用のノートパソコンの電源を落とした。


 一度、伸びをして身体を伸ばした後に冷蔵庫を開けて中から缶ビールを1本取り出してプルタブを開ける。

 キンキンに冷えたビールを喉に流し込む。


「はぁ~。仕事終わりにすぐ飲めるのは在宅の強みよの~」


 私は缶ビールを飲みながら適当につまみを探して、テレビの前にあるソファに座りながらダラダラする準備をする。

 テレビで夕方のニュースを適当に流してみると、みんな降ってきた雪に足をとられて帰宅時の転倒など注意を促すものばかりが流れてくる。


「いやー出勤組は大変だなぁ~」


 テレビに映るサラリーマンを見ながら高笑いを決めていると、家のチャイムが鳴った。

 何か注文したんだっけか?


 そんなことを考えている間にもしつこくチャイムが鳴らされる。


「はいはい、今出ますよ-」


 小走りで玄関に向かうと「おーい、開けてくれー」と外から聞こえてくる。


 ……この声は……。


 声の主を想像して、イヤな予感を胸に抱きつつそっと玄関を開ける。


「いよっ。やっぱりいたな。相変わらず一人かよー。今日はホワイトクリスマスイブだぜぇ?」


 玄関の先には、同僚の茶木ちゃきがヘラヘラしながら立っていた。

 頭に少し雪を乗せて、手にはビニール袋を持っている。


「いや今日平日だし。社畜はみんな仕事ですぅー。あんただって仕事してたでしょーよ」

「おぅ、仕事してたぜー。で、今年もきっと一人寂しくクリスマスを過ごすであろう同僚を思って、こうやってはるばる来た訳よ」


 茶木はにかーっと笑うと手に持っていたビニール袋を顔の高さまで掲げると、「クリパすんぞ」と言った。

 目の前に掲げられたビニールからはビール缶が透けて見える。白いボックスにはチキンでも入ってるのかねぇ。


 私は呆れたようにため息をつくと、玄関を大きく開けて茶木を中へ招き入れた。


「まったく……茶木こそ、彼女の一人もいないの~? かわいそうだから、一緒にクリパやってあげるよ」

「そうそう。俺は今年も彼女ができませんでしたー。なぐさめてくださーい」


 茶木は遠慮なくリビングへと直行して、持ってきたビニール袋から缶ビールとフライドチキンのパックをテーブルの上に広げた。


「なんだよ、もうビール飲んでたのかよ」


 茶木が私の飲みかけのビールを見ながら笑う。

 私は何か出せるつまみがないか、キッチンを探すけど柿ピーしかなかったのでそれをテーブルに持って行く。

 私がソファに座ると同時に立ち上がった茶木がキッチンへと向かう。


「フライドチキン、もう冷めてきてるからチンするぞー」

「どうぞ、お好きに」

「ついでに俺の持ってきたビール冷やすから、おまえのキンキンに冷えてるヤツちょうだい」

「はいよ、お好きに~」


 茶木が冷えてるビールと共に温めたチキンを持って私の隣に座る。


「ほい、じゃ~メリークリスマース!」

「はい、メリクリ~」

「テンション低いなぁ~。もっと盛り上がろうぜ~」

「いやいや、急に来てそのテンションに合わせられんから」


 テンション高めの茶木に対して、いつも通りのやりとりをしている内にお酒が進み、私のテンションも上がってきた。


「茶木、あんたはさぁ、夏は彼女できんのに何でクリスマスまで持たないのよ」

「だんだん連絡がおざなりになるとさぁ、言われんのよ。『仕事と私どっちが大事なの!?』って」

「定番すぎっしょ~」


 ゲラゲラ笑い合いながら、少しぬるくなったビールを喉に流し込む。


「だって、どうしても年末が近づくにつれて仕事が忙しいし、残業もあるからしゃーなくね?」

「それなー。でもさぁ、今日みたいに仕事を定時であがることも出来るんだからさー。マメさとか足りてないんじゃないのかい? 君ぃ、仕事の連絡とかチームの進捗状況とかはマメに共有したり出来るんだからさー、そのマメさを彼女にも出せばいいんじゃないの?」

「いや、プライベートにまで仕事みたいな事できねーすわ」


「それがダメなんだって」と言いながら、すっかり空になった缶ビールをテーブルに置く。


「お、空か? 新しいの持ってきてやんよ」


 茶木は私の空になったビール缶を持ち、ゴミ箱に入れて冷蔵庫から新しいビールを持ってきてくれた。


 ……このフットワークの軽さをもっと活かせれば彼女と続くような気もするんだけど。


「おまえこそ、彼氏つくらねーの?」

「社畜生活してると、そういう暇がないんですー」


 茶木が持っていた缶ビールを一気に煽る。


「ぶっちゃけ、おまえこそ作ろうと思えば彼氏なんかすぐだろ。……別に無理につくる必要はないとは思うけど」


 茶木の声は最後の方は小さな声になっていた。


「ぼっち仲間が減るのが寂しいんか? んん?」

「おまえは……っ。その親父くせぇ絡みかたをまずはヤメロッ!」


 私がからかうように茶木の頬を片手で挟みこんでむにむにしていたら、茶木が怒って手を振り払われた。

 しかし、本気の嫌がり方じゃないのは手の振り払い方が優しい時点で伝わる。


 これは私たちなりのじゃれ合い方なのだ。


 茶木が少しうつむいて空いた缶を見ながら、私に提案をしてきた。


「……なぁ。いっそ、俺たち付き合っちゃえばいいんじゃね?」

「なんで」

「え、だって……一緒にいて気楽だし…………さ」

「そこに愛はあるんか?」

「……」

「そこに、愛は、あるんかっ?」

「……っ、しつこいっ!」


 茶木とは確かに気負わない楽な関係が築けていると思う。

 が、だからと言って恋愛感情もないのに付き合うっていうのは何か違うかな、と思う。

 茶木とはどちらかというと、友人とか戦友なのだ。



 でも……。


「じゃぁ、次の誕生日までに相手が出来なかったら……考えてみてもいいよ」

「……マジで?」


 私はお酒の勢いで言ったものの、少し恥ずかしくなってうつむく。

 茶木がいつもより嬉しそうなのが少し気にかかる。


 何となくこの場の空気を変えたくて、テレビのチャンネルを適当に回す。

 ちょうど、今日の最後のニュースが終わって深夜のバラエティの時間になった。

 バラエティのMCが明るくオープニングトークを始めた。


『メリークリスマス!! 日時は25日0時をまわりました! 今日はクリスマス特集です』


 いつの間にか、0時を回って日にちが25日になった。

 テレビを回していた手がピタッと止まった。


「クリスマスイブも終わったかー」

赤沢あかざわ


 茶木が急に真面目なトーンで私のことを呼んだ。


「え、な、なに?」

「お誕生日、おめでとう」


 茶木はそう言うと、冷蔵庫からイチゴのショートケーキを持ってきた。


「えっ、ちょっと、えっ知って……」

「赤沢、誕生日おめでとう。誕生日までに相手出来なかったな」


 茶木が真面目な顔で私をまっすぐ見てくる。

 私の誕生日を知っていて、あんなこと言ったのなら……ずるい。


「さっきは恥ずかしくて、茶化しちまったけど、俺、入社した時からずっとおまえのことが好きだった。ぜったい大事にする。俺のこと、男として考えてみて欲しい」


 こんなに真剣な顔、大きな仕事の時だってなかなか見せないのに……。


「赤沢……」


 熱を持った目でじっと見つめられる。


 ダメ! 恥ずかしい!!


「~~っ! け、検討させていただきます!!」



 今の私にはこれが今出せる精一杯。

 でも、これから少しずつ恋人候補として見てあげてもいいかもしれない。



 外ではシンシンと雪が降り続いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社畜のクリスマスは雪と溶けて たい焼き。 @natsu8u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画