第21話
退職が即却下され地団駄を踏んでいるとキャストの人たちが出勤し始めた。
「あっ、亜樹くん!」
「メイさん、雪さん」
ふたり一緒に出勤してきた様だった。
「昨日めっちゃ殴られてたよね!?大丈夫!?」
「ご心配おかけしてすみません、問題ないですよ」
おふたりこそ大丈夫でした?
問いかけに顔を見合わせ、頷く様子に安心した。
「私はこういうの、初めてじゃないし」
初めてじゃない? ということはこの店何度もあんなことがあるのか?
「え、ここやっぱりヤバい店ですか?」
「あはは!違う違う、前在籍してたとこ」
夜の店だし、酔って暴れる客とかケツモチ云々で殴り込み来たり。無くはないよね。あははっ!
笑いながらそう言うメイさん。
「メイさん結構修羅場くぐり抜けてきてそうですよね」
「そうかな〜。
まあだから、私は慣れてるとこあるし平気だけど、雪ちゃんまだ新人さんだし心配で。今日途中から一緒に来たんだ」
「そうだったんですね」
メイさんの隣の雪さんに向き直る。
「雪さん今日は無理しないでくださいね、なにかあったらすぐ呼んでください」
「あ、ありがとうございます……」
声に元気がなくて、やはり昨日のことはショックだったのかもしれない。
その日はなるべく雪さんに意識を向けて仕事をした。
仕事を終え、今日は念の為黒服がキャストの家まで来るまで送り届けることとなった。
「亜樹くん免許持ってたんだね」
「貧乏だったんで一発試験ですけどね」
「逆にすごくない? 雪ちゃん免許持ってる?」
「無いです、あんまり必要性感じてなくて、」
メイさん雪さんを送り届けることになった俺は二人を乗せた車を運転していた。
「私も私も!実家貧乏だったし働き始めてからもあんまり必要性感じてなくてさ〜」
「大学の友だちも持ってない子多いですね」
「東京は無くても生きてけるよね〜」
後部座席でふたりは世間話に花を咲かせている。
耳を傾けつつ話しかけられれば返事をして、運転に集中した。
「メイさんも、ご実家東京なんですか?」
「うんそう。まあ父親蒸発してるし母親刑務所だし、実家といえる家はないんだけどね」
衝撃の事実にハンドルが滑りかけた。
「え、ご、ごめんなさい。無神経に…」
聞いた雪さんも焦っている。そりゃそうだよな。
「いいのいいの〜、もう吹っ切れてるし!」
薬物なんて手を出すもんじゃないよ〜。と話す彼女。母親は薬物関連で逮捕された様だった。
「雪ちゃんはなんでキャバ始めたの?学費?」
「あっ、そんな感じです。公立は落ちてしまって」
「私立大めっちゃ高いらしいね?お客さんに聞くよ」
「そうなんです。……あの、
ARってキャストの募集してますか?」
「え、どうだろ。亜樹くん知ってる?」
「すみません、俺も下っ端なんで……。でも宗一さんがあんまり人雇わないって聞いてますけど」
「そうなんだよね〜、雪ちゃん入ってもう半年近いけど、キャストは雪ちゃんが一番直近だし。それ以来誰も体入すら来てないし」
たぶん採用厳しいんじゃないかな〜。
「そう、なんですね」
「誰かうち来たい子いるの〜?」
「あ、いえ……」
なんでもないんです、気にしないでください。
そう言う彼女は、『なんでもない』感じではなかったが、話す気はないようで。
話題は変わって宗一さんになっていた。
「昨日も相変わらず美麗だったね〜、
そういえば亜樹くんお礼言った?」
「お礼?」
「ぼこぼこにされてた亜樹くん助けたの、宗一さんだったじゃん」
「え、そうだったんですね」
薄れる意識の中見た濡羽色は彼だったらしい。
「あのときほぼ意識飛んでて」
「くそ殴られてたもんね」
あはは!と笑い転げるメイさんは結構容赦ない。
「今度、お話する機会あったら伝えさせてもらいます」
まあほぼ無いだろうなと思いながら返事をした。
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