第20話


「まーじで大変だった」


昨晩、閉店掃除をしていなかったことを思い出し、早めに出勤した俺。案外真面目らしい涼介さんも同じタイミングで店に来ていた。


出会って開口一番。疲れた様子の涼介さんはそう溢す。


「亜樹はめちゃくちゃ殴られてたけど、大丈夫か?」


「たんこぶできました」


「意外と余裕あるな......」


どの辺?この辺です。あー結構デカい。なんて会話をしていると平野さんが事務室から出てきた。


「平野さん、あの後大丈夫でしたか?」


「ああ、亜樹くん。おはようございます。昨日は巻き込んでしまってすみません、」


「いえ、別に平野さんのせいじゃ......」「無いわけでもないんだよなー」


「え?」


昨日の輩は宗一さん狙いだったはず。

そう思っていたのだが、首を振る涼介さんが続きを話す。


「昨日のは平野さんご指名だったわ」


「平野さん?なんでですか?」


「この人、こんな優男風なのに昔はヤンチャしててねえ」


「ヤンチャ」


「喧嘩強すぎて、あちこちに喧嘩売って敵作ってたのよ」


しかも負け無しだったから、腕試し的に向こうから突っかかってるようになってな。


思わず平野さんを信じられない目で見ると、恥ずかしそうに微笑まれた。


「若気の至りでした」


こんなに穏やかな雰囲気の人が、若気の至りでバーサーカーに......?


「涼介さん、真面目に仕事しましょう」


「急にどうした」


「いつバーサーカーモードが発動するかわかりません」


「バーサーカーwww」


ゲラゲラ笑う涼介さんに思わず平野さんを振り返る。殺されないか?


「ヤンチャは卒業しましたよ」


苦笑しながら掃除を始める平野さんに倣い、自分も布巾を手にした。


「喧嘩を辞めたきっかけとかあったんですか?」


「ああ、娘が産まれた時ですね」


「娘ェ!?」


手にしていた布巾が思わず飛んでいった。

そのまま涼介さんの頭に乗った。


「うッわ、おい亜樹!」


「平野さんご結婚されてたんですか!?」


「え、無視?」


「ええ」


驚きで固まっていると、頭から布巾を下ろした涼介さんが近寄ってきた。


「平野さん、元々椚の組員だったんだけど子供出来て結婚することになって、組抜けする時に手を貸したのが宗さんなんだよ」


「元ヤンチャどころじゃなく本職じゃないですか」


「若気の至りでした」


穏やかに頷く平野さん。

......なんでもそれで済まそうとしてません?


「宗一さんには本当にお世話になりました」


「へえ......、お子さんおいくつなんですか?」


「最近6歳になりました」


見ます?見ます?? と圧強めに寄られイエス・ノーも言わないうちにスマホを眼前に押し付けられた。

こころの誕生日の時の写真です」

「あ、可愛い」

誕生日ケーキを前に満面の笑みの女の子が写っていた。

こころちゃんっていうのか、平野さんに目元が似てるかも。




「あ、そうそう。涼介くんも似たような流れで、このお店で働いてるんですよ」


「涼介さんも?」


「え、俺のも話しちゃう?」

心ちゃんの話しよーよ。と涼介さんは渋い顔をする。


「背景は知っておいてもらった方が、もしもの時いいでしょう」


えー、うーん、でもリスクのが高......。いやでもなー。

うんうん唸っていた涼介さんだったが、結局、まあいいかと結論を出した。


「涼介くん、以前関東でもそこそこ大きな族に入っていまして」


「族......、というと」


「暴走族的な」


「涼介さんが元ヤン......!?」


「カラフルな頭はしたことねーからな」


横目で睨まれた。


「結構上の立場にいたもので、族を抜ける時に色々ありまして。その時も話をつけたのが宗一さんでした」


意外な繋がりと店の始まり。

つまり、二人は宗一さんに恩があってこの店で働き、宗一さんの手伝いをしていると......。


......あれ。


「あの、それってつまり三人とも訳アリで外に敵がいるってことですか」


「良い着眼点だ!」


ザッツライト!と下手な英語を口にする涼介さんに再び布巾を投げつける。が、次は器用に避けられた。


「いやー、勘のいい防犯センサーが入ってくれて良かった」


「頼りにしていますね」


諮られ働かされ始めたここは敵だらけの危険地帯だったらしい。


「俺辞めます」


「「却下」です」

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