第16話
冷たい海水は、別に心地良いわけではない。
足をつけた瞬間は普通に鳥肌立つし、長い時間海に入っていれば身体の芯まで冷える。
それでも潜らずにいられない。
現代の文明に乗っかって海中で目を開けて呼吸をする。
視界いっぱいに広がる海の青は太陽と空の色らしい。優雅に泳ぐ魚が目の前を横切る。突然現れた異物を気にする様子もない。
ゆっくりと身を沈め、大した水深も無いのでじきに底に辿り着いた。足をつけた瞬間海底の堆積物が周囲を舞う。重力を忘れたそれらはふわりと上がりのんびりと落ちていく。見届けるようにあたりを見回してから上を向いた。波打つ歪んだ空をまたしばらく見てから俺は海底を這うように泳ぎ出した。
「3本は疲れるよなあ」
船でぐったりしている俺を、再び舵を手に取るおじさんが笑った。
「のんびり潜ってても疲れるもんですよね」
「海の中じゃ、そんなに疲れ感じないのにな」
わかるなあ、と頷いた。
「そういや、お兄さんなんか探してるの?」
思わぬ質問に、身体が固まった。
「たまに海底払うようにしてたから、海の生き物でも?」
咄嗟に、上手い言い訳が出てこなくて。
ナマコでも探してると、適当に言っておけば良かったのに。
「指輪を......」
「指輪?」
「......母が海で亡くなりまして、遺体が発見されてないんです。その時つけていた指輪が、見つかればいいなあ。なんて」
本気で探してる訳では無い。見つかるわけもないし。
「そいつは気の毒に......」
気遣うような視線のあと、言葉が続いた。
「遺体を探そうとは思わないのかい?」
「ええ。見つからないのなら、それで」
「どうして」
「海が好きな人だったので、見つからないのならそれも意思かもって」
そうか......、と呟きそれからしばらく口を閉ざしていた彼は迷うように問うた。
「君はそれで、寂しくはないかい?」
「......寂しい?」
「お墓は故人のためでもあるし、遺された人のためのものでもある。亡くなったらそれで全部消えるわけじゃない」
寂しいと、思う資格は俺には無いんだと思う。
たぶん、母を苦しめる原因になったのは俺が生まれたことだから。
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