第17話
いつも通り夕方に起きて、いつも通り帰宅する社会人学生の流れに逆らうように出勤する。
歌舞伎町に入り人の間を潜り抜けていると前方に見慣れた背中を見つけた。
「涼介さん、こんばんは」
振り返ったホスト顔は夜の街に相応しく華やかに笑う。
「おー、亜樹」
隣に並ぶと横からジロジロと上から下まで舐めるように視線が動く。
「なんですか......?」
「なんか今日体調良さそうだな?」
「わかります? ちょっと潜ってきました」
「この時期にー? 寒くねーか」
「寒いです」
おいおい。
呆れたような顔をされ、肩を組まれた。
「体調には気をつけろよ? いつ背中狙われるかわかんねーぞ」
「なんで俺が狙われるんですか」
「お前じゃなくて俺俺」
「......また女の人たらしこみました?」
片目を綺麗に瞑り星の飛んできそうな視線を投げられた。ウィンクが似合う男なんてロクなもんじゃないな。
「一回刺された方が世のためか」
「おーい」
隣からの戯言を流しつつ店に着き、開店準備をして、キャストの予定を確認して、いつも通り店はオープンする。
注文を取り酒を運びキャストに気を配り、忙しなく身体を動かした。
店の入口近くを通った時、ちょうど来店があった。
若い一人の男性。
初めて見る顔だな、新規かな。なんて思いながら案内しようと声をかけて、少し気にかかった。
やけに意識が外に向いている。
大抵の客は、キャストの方に意識がいく。当然だ。彼女たちに会いに来ているんだから。
なのに、この客は来店から声をかけた後も意識はずっと外側だ。
気になって外側に意識を飛ばして見て、なんとなく理由がわかった。いや、どうしてこんなことになってるのかは、わからないけど。
客を一旦待たせ、内線で平野さんを呼ぶ。
「平野さん、ちょっといいですか?」
「はい、どうかしましたか?」
「店の外に物騒なのが来てます」
「物騒?」
「殺気立ってるといいますか......」
ああ、
その一言で状況が分かったらしいその人は、店の鍵を閉めるように言った。
言われた通り表の扉の鍵を閉めていると待たせていた客が焦ったように肩を掴んできた。強い力に肩が痛んだ。
「は、ちょっとなに閉めてんだよ」
どう考えても怪しい焦り方に、どう答えたものか悩んでいると焦りが最高潮になったらしい男は、俺をさらに強い力で突き飛ばした。
床に倒れ込んで、突然の事態にどうしたらいいのか考える。と同時に俺の役割を思い出す。
(やー、勘の良い奴が来てくれて良かったー)
(ヤクザの息子なんだよ、あの人)
今日は、店に宗一さんが来ている。
鍵を開けようと手をかける客を押し退け扉に覆い被さる。背中に投げられる怒声と衝撃。
拳だか蹴りだかを背中に受けながら、どっちかはやく来てくれと願っていると後頭部を殴られた。
「ーーっ、」
頭がぐらぐらして気が遠くなった時、ようやく衝撃が止んだ。
「ぁ......、くぬぎの......」
という言葉と同時にドンッという音がした。視線を下げれば床に倒れ込んでいる男。
安堵共に意識が薄まるなか、濡鳥色を見た気がした。
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