第13話


店長の平野さんになにかを話しながら店の奥に進んでいく。

奥のVIP席に姿を消した噂の【ソウイチサン】とそのお連れ。粛としていた店内の雰囲気が大きく息を吐いた。


「いやー、久しぶりに見たけど、ソウイチクン相変わらずだね」

「わたし何回見ても慣れないです〜」


あちこちに顔の赤い、のぼせ顔のキャストたち。


「顔赤くない? やっぱり女の子はあんな顔が好きかあ」

「ソウイチサンは鑑賞させてもらうくらいで丁度いいですよ、あの人の前ですっぴんなんて晒せない。付き合うなら前田さんの方が良いな」

「上手いなあ、入れて良いよ」

「ありがとうございます」


にこりと綺麗に微笑むキャストと目が合いシャンパンの注文を取った。


夜の嬢は強かである。




どこか浮き足立つキャストや客を相手に、マニュアル通りの仕事をこなしていく。客を案内しおしぼりを用意し灰皿を交換し注文を取り席を整えまた客を案内する。

捌くテーブル数もそこそこあるのでピークはそれなりに慌ただしい。

あと、呼ばれてはいないが視線で訴えてくるものがある。


切羽詰まったような、焦っている雰囲気を肌で感じて視線の元を辿るとキャストのひとりである雪さん。

(直接呼びにくいあたり、お手洗いかな)

大学生でまだキャスト歴も浅く、性格も控えめ。上手く抜け出すことができないのかもしれない。


雪さんがついてるの、本指名だから余計に離れにくいのか。


指名は、フリーと違い追加料金がかかるのでトイレだったり席を離れる時間ができることを気にする人もいる。


チラリと店の時計を確認してから、メイさんのテーブルに向かった。

「失礼いたします、お時間となりました」

「お、もうそんな時間か」

時計を見てから「また来るね」と話している。

延長無しを確認してからそっと内線で平野さんを呼ぶ。


「平野さん、5番テーブル会計お願いできますか」

「大丈夫ですよ」


平野さんが引き継いでくれるのを確認してからメイさんに小さく声をかける。

「雪さんお手洗い行きたいみたいなので、助けてもらっていいですか?」

「おっけー」


メイさんを連れて案内すると、ホッとする雪さんの表情が見えた。どうやらこれであっていたらしい。


一息ついていると、会計を代わってくれた平野さんが戻ってきた。

「ファインプレー、ですね」

忙しい時でも穏やかな声と優しげな表情は崩れない。にこりと微笑まれ、少し肩の力が抜けた。

「会計ありがとうございました」

「いいんですよ、こういう時のために居るので。どんどん使ってください」


使うって、

相手は上司で店長だ。そんな風には扱えないが、言わんとしていることは分かる。

お店を円滑に回すために必要なことは頼らせてもらわなければ。


週末ということもあり、閉店時間ギリギリまでそれなりに賑わっていた店内。最後の客を見送るまで気が抜けなかった。


キャスト達を家に帰すため、車の手配をしながら店内を見回す。体調を崩している人は、いなそうかな。

店内を回っていると、あの、と遠慮がちな声で呼ばれ、振り返ると雪さんだった。


「亜樹さん、さっきはありがとうございます」

「大丈夫ですよ、仕事のうちなので」


微笑むと顔を赤くした雪さんは下を向いた。


「ああいう時、どうしたら良いのかわからなくて......」

「なるほど」


やっぱりか......。困っている様子を見て、近くにいたメイさんとNo.1の紫乃さんに声をかける。


「メイさん紫乃さん、お手洗い行きたい時ってどうしてます?」


近くのソファでスマホを見ていた二人にちょうどいいと思い聞いてみた。


「メイは新しいリップ買ったから見て欲しい!塗り直してくるね!ってトイレ行くかな〜」


「私は氷やおしぼり口実にしてるわね」


すぐに答えが出てくる辺り、流石だった。


「使いやすそうなのを最初から考えておくと良さそうですよ」


「は、はい!」


「それでも難しそうな時は、俺の方見てください」


絶対気付くので。


言いながら当たり障りないよう笑いかけると再び赤くなった雪さんは黙ってしまった。


「ちょっと亜樹くん、雪ちゃんたぶらかすのやめてくれる〜?」

「私のお客様も、亜樹くん指名できないか聞いてくるのよ」

やめてほしいわあ、と突然の抗議が湧いた。


「えーと......、光栄です?」

ここキャバだよな?と改めて職場を考える。


「よく気がつくから、人気あるよ〜」

「今度ヘルプついてちょうだい」


「ここキャバですよね?」


最終的には思ってることが声に出た。











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