第11話


歌舞伎町の住人ふたりが決めた店は一番街から少し離れ、裏道細道を進んだ中華だった。


古い一軒家のような外観。古くて綺麗とは言えない店内だが客は入っている。


ふたりの口ぶりからすると味は保証できるらしい。


(まあどうせ大して味分からないんだけど)


「何にする? 俺のおすすめはレバニラ」


メニューを開き眺めていると隣に座る涼介さんが覗き込んでくる。


「じゃあそれで」


「他は?」


「食べ切れるか分からないんで、とりあえずそれだけ」


「はー?キャバ嬢より食わないな? もっと食って肉つけろ!お前は細すぎだ」


「それ思ってた〜、メイより細くない?普通に羨ましいんだけど」


流石に夜の蝶より細いことは無い。

......流石に無い、よな?


「メイさんの方が細いですよ」


「そういうのいらないから〜! りょーさん気遣い無しで!どっちが細い?」


そう聞かれた涼介さんは手で輪を作りながら何かを思い出すように考えだした。


「こいつ腰こんなもんしかないからな〜」


「うわやっぱ負けた気がする〜。

ていうか、なんでそんな事わかるの?」


「さっき更衣室で鷲掴まれまして」


「ヤバ、セクハラじゃん! 亜樹くん店長にチクんな!」


「そうします」


「待て待て」




話しているうちに料理ができたらしく酒と一緒に運ばれてきた。


「お、きたきた。 じゃ、ようこそARへ」


「かんぱーい」


ジョッキを鳴らしビールをあおるふたり。

さっきまで仕事で飲んでいたのに、まだ飲めるのか。

流石だなと感心しながらビールに口をつける。

やっぱり味はよく分からないが、アルコールはなんとなく感じた。


「亜樹くんって歌舞伎何年め?」


「まだ半年です」


「そーなんだ〜。にしては仕事慣れてるよね、前のとこでやってた?」


「バイト色々やってたんで」


「どうりでね、メイはもう三年目だよ〜。一年くらいでお金貯めて辞めようと思ってたのに」


なかなか夜やめられない、と唇を尖らせる彼女はよく喋るし愛嬌がある。キャバ嬢、向いてるんだろうなと感じさせた。


「あ、りょーさんはARのオープンから居るんだよね」


「ソウサンに押し込まれたからなあ」


「元々知り合いなんだっけ?良いなーあの顔面国宝と長い付き合いなんて」


また出た、ソウイチ


「俺まだ会ったこと無いんですよね」


「そうなの?びっくりすると思うよ〜!めちゃくちゃイケメン......っていうか美しいから!」


「美しい......」


歌舞伎でしょっちゅう目にするナンバーワンホスト達の顔を想像しながら

こんな感じか?

顔面の想像をした。


出来上がる顔は全部ロクでもなさそうでしょうもなかった。




「亜樹くんって趣味とかあるー?」


「趣味......、ダイビングはよく行きます」


「意外すぎる。でも確かにちょっと肌焼けてるかも」


「いつからやってんの?」


「海近いとこで育ったんで、小さい頃から潜ってはいましたね」


「へー、出身どこなん?」


涼介さんからの質問に喉がヒュッと鳴った、気がした。息が詰まる。

少し答えに悩んでから、(......別に、出身教えたところで問題無い。よな)と思い直す。


「九州の、島育ちなんです」


暗い海と母の後ろ姿が頭によぎる。苦しい。

ここは、海の中じゃないのに。












「亜樹ってさ、本当にソウサン知らない?」


酒豪二人は仕事終わりだというのにまだそんなに飲めたのか、という勢いで飲んだ頃。

涼介さんは珍しく笑っていなかった。


「いえ、知りません」


「......」


横目で疑うように見られたあと、そうか、と答えたきりその話題には触れなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る