第9話


出勤して最初に通されたのは契約書にサインをした部屋だった。


「男性従業員が私と涼介君だけでして、着替えやロッカーはこの部屋で済ませてるんです」


平野さんは申し訳なさそうにそう説明する。


右の壁沿いにパソコンや固定電話が置かれるデスク。その背面には契約時に座っていた大きめのソファやテーブル。

正面には鍵付きロッカーが置かれていた。


「大丈夫です。家から制服着替えてきても良いですか?」


「問題ないですよ」


じゃあ実質、貴重品置くくらいしか使わないな。


「では亜樹君は着替えてきてください、私は客席の方にいるので」


そう言って扉から出て行く平野さんを見送ってから着替え始める。


シャツを羽織りベルトを締めていたところ、扉が開いた。

着替えていた俺と目が合ったのは案の定涼介さん。


「お、わりーわりー」


悪いと一ミリも思っていないだろ。


「いえ、今日からよろしくお願いします」


「よろしく〜。ってか亜樹さ、腰細すぎん??」


そう言いながら遠慮ゼロで人の腰を鷲掴んできた。


「うわっ、やめてくださいよ!」


「これやばくねーか? 俺の上腕筋と同じくらいじゃね?」


「涼介さんそんなに筋肉無いでしょ!」


「はー? ありますけどー? ちょっと待てよ」


「脱がなくていいです」


上着に手をかける涼介さんを止める。

すでに黒スーツを着ているこの人は着替えの必要もない。


身支度を整え涼介さんの横を潜り抜けた。


「先に出てますよ」










客席に出ると平野さんはタブレットを操作していた。

顔を上げて俺を見るとにこりと微笑む。


「スーツ姿もお似合いですね」


この人涼介さんとは違うタイプにモテるだろうなあ、と思いながらお礼を言う。


「ありがとうございます」


「さっそく仕事の説明をしますね、お客様のお出迎えからやりましょう」


そう言ってフロントに向かう平野さんのあとをついて行った。









「テーブルナンバーはここから1.2.3ーと続きます、灰皿の交換方法は新しい灰皿を被せて下げて、新しい灰皿を出します。下げる時お酒やお料理の上を通らないよう気をつけてください」


「分かりました」


「キャストのローテーションは基本私が組みます。ですが手が足りない時は自己判断になる時もありますので、よろしくお願いします」


「分かりました、後々キャストやお客様の注意事項とか聞いてもいいですか?」


「もちろんです」


説明を聞きながら実際の接客をシミュレーションする。出迎えから見送りまで、流れは分かった。






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