世界で一番可愛い私が王子様を射止めるのは当然

もり

世界で一番可愛い私が王子様を射止めるのは当然

 

「鏡よ、鏡。世界で一番可愛いのは誰? それはもちろん、わ・た・し! 知ってる! 超知ってる~!」


 鏡の前でいつもの呪文を唱えれば、鏡に映った可愛い私の顔が笑う。

 今日は特に可愛い。

 だからきっと――。


「相変わらず馬鹿だな、ミラは」

「なっ、アーク!?」

「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが、本当に馬鹿だな」

「ちょっと! 今、三回も馬鹿って言ったわね!」

「最初のを入れて四回な」

「回数が問題じゃないのよ!」


 まさか誰かに――アークに聞かれるなんて思わなかったのよ。

 これは私への魔法の呪文なんだから。

 病は気から! 可愛いは気合いから!

 自分を可愛いと思わなくて、どうして可愛くなれるの?

 自信は大事。


 今日は初めての王宮での舞踏会。

 王子様にお会いできるチャンスなんだから!

 そこで私は王子様と恋に落ちるのよ!


「で、世界で一番可愛いミラの準備はできたのか?」

「イヤミ! 酷い!」

「褒めても怒られるのかよ」

「そもそも、レディの部屋にずかずかやってくるなんて失礼よ!」

「ミラが遅いから迎えにきたんだろ? 約束の時間は守れよ」

「え!? もうそんな時間!?」

「ほらほら、急げ。遅刻するぞ」

「わ、私は可愛いから、少しくらい遅刻しても許されるのよ」

「言い訳にはならないぞ」


 アークは可愛い私に冷たい。

 幼馴染だからか、私の可愛さに慣れてしまっているのよね。

 そんな可愛さではまだまだ!

 もっと可愛いに磨きをかけないとダメね!


「ほら、さっさと行くぞ」


 そう言って、アークは腕を差し出してくれる。

 なんだかんだで優しいんだよね。

 私が可愛いあまりに言い寄ってくるどうでもいい男の子を追い払ってくれるし、意地悪してくる女の子に注意もしてくれる。

 これでアークがもっとかっこよかったら、私も恋してたかも。


「ごめんね、アーク」

「どうしたんだ? ミラが謝るなんて、何か変なものでも食べたんじゃないだろうな?」

「違うわよ!」

「じゃあ、これから殿下にお会いできるからって、やっぱりテンパってるのか?」

「それはあるかもだけど! そうじゃなくて……」

「何だ?」

「だって、ほら。私がいつも傍にいるせいで、アークは……」

「……俺は?」

「引き立て役になってしまってるじゃない。ごめんね、私が可愛いせいで」


 言いにくかったけどせっかく素直に謝ったのに、アークはぽかんと口を開けて私を見た。

 そんな顔をすると残念に見えるわよ。


「アーク? 私が謝ったんだから、早く『いいよ』って言ってよ」

「信じられない馬鹿だったんだな、ミラは」

「また『馬鹿』って言った!」

「あのな……。謝罪ってのは、相手が受け入れて初めて許されるものなんだ。謝ったからって許しを強制できるもんじゃないんだよ」

「そうなの? じゃあ、アークは私を許してくれないの?」

「許すも何も、謝罪される理由がない。俺は別にミラを引き立ててるわけじゃないからな」

「でも、美しさも可愛さも男女の垣根を越えるでしょう? それに、可愛い私がいつも傍にいると、他の女の子たちはアークに近づけないと思うの。それで未だにアークには恋人がいないんじゃないかしら? もう十八歳になるのに……」

「ミラのその自信は尊敬に値するが、だからって俺を憐れむなよ。あと、別に俺はモテないわけじゃないぞ。今まで何人からも告白されてるから。縁談だって何件もある」

「ええ!? 初聞き!」

「初耳な」

「どうして教えてくれなかったの!?」

「わざわざ言うことじゃないだろ」

「そっか……。そうだよね。うん、ごめんね」

「何でミラが謝るんだ?」

「私が可愛いせいで、その女の子たちのことが可愛いって思えなかったんだね?」

「だから、ミラの自信を他人に押し付けるなよ。みんなに失礼だろ? 可愛いと思うかは人それぞれ違うからな」


 口調はとても静かなのにアークが本気で怒ったようで、思わずびくりとする。

 長い付き合いだからわかる。

 親同士が仲良くてご近所だったから、産まれたときからずっと一緒に育ったようなものなのにな。

 だから、アークが他の女の子に告白されてたとか、縁談があるなんて知らなくてショックだったんだもの。


「……ごめんなさい」

「いいよ。それに、俺も怒って悪かった」

「……うん。アークが悪い。酷い。最低」

「ミラ、言い過ぎ」


 震える声を無理に抑えて謝れば、今度は「いいよ」ってアークは言ってくれた。

 よかった。

 どんなに他の男の子に「好き」だって言われても意味ない。

 どんなに女の子たちに嫌われても平気。

 だけど、アークに嫌われたら生きていけないもの。


「ほら、ミラ。もうすぐ王宮に着くぞ。やっと十六歳になって王宮に上がれるようになったんだから、いつまでも俯いていないでその世界で一番可愛い顔をみんなに見せてやれよ」

「……当然よ」


 涙を堪えるために目を閉じて俯いていた顔を上げてにっこり。

 誰がどう思おうと、アークは私を世界で一番可愛いって思ってくれてるんだもの。

 だから自信を持つのは仕方ないと思うのよね。


「まあ、今夜はその自信をしっかり持っとけよ」


 先に馬車を降りたアークが私に手を貸してくれながら言う。

 その意味がわかったのは、会場に入ってから。

 確かに、舞踏会の広間は綺麗な女の人がいっぱい。

 華やかな美人、清楚な美人、儚げな美人、妖艶な美人。

 今まで未成年だった私には知らなかった女性たちがいっぱい。


 なるほど。

 二つ年上のアークは先に舞踏会デビューしていたから、こんなにたくさん美人がいるって知っていたのね。

 それで忠告してくれたんだわ。


 チクリと胸が痛むのは、美人が多すぎることへのショックね。

 でも大丈夫!

 この会場でも、やっぱり私は一番可愛い!

 王宮の舞踏会ということは、選りすぐりの女性たちが集まっているわけで、その中で一番可愛いってことは、世界一可愛いと言っても過言ではないってこと。

 私の鏡は正解だわ! ……自演だけど。


「ミラ、大丈夫か?」

「すごい美人が多くてびっくりしてるところ。でも大丈夫よ。ありがとう、アーク」

「そうか?」

「うん。だって、やっぱり私が世界で一番可愛いもの」


 会場を見回して無言のままの私の顔を、アークが心配そうにのぞき込んでくる。

 本当にアークは優しいよね。

 確かに、会場の華やかさには圧倒されていたけど、こんなにキラキラした中でもはっきりアークの顔が見えるってことは大丈夫ってこと。


「そうだな。心配した俺が馬鹿だったよ」

「嘘でしょう?」

「どうした?」

「いつも私のことを『馬鹿馬鹿』言うアークが、自分のことを『馬鹿』と言うなんて、晴天の辟易」

「青天の霹靂な」


 実際、アークはとても頭がいいのよ。

 公爵家嫡男としてしっかり勉強しているらしくて、すっごく優秀だって、私のお母様がおっしゃっていたもの。

 それでお母様は「あなたは心配だけど、安心だわ」って意味がわからないこともおっしゃっていたわ。


 慣れた様子で給仕から取って渡してくれたシェリー酒をちびちび飲みながら、色々な人から声をかけられているアークを見る。

 ついでに紹介してもらったけれど、全然覚えられない。

 男性なんてみんな同じ顔に見えるし、女性からはきつく睨まれるんだもの。


「ミラ、もうすぐ殿下がいらっしゃるぞ」


 アークに声をかけられてはっとする。

 そうよ。

 今夜の目的――長年の夢を叶える時がきたのよ。

 子どものときにアークにとある絵本を読んでもらってからずっと夢見てきたこと。


 わくわくしながら、王子様が――殿下が出てくるのを待つ。

 そして頭を軽く下げて、一生懸命練習したカーテシー。

 早く、早く、お顔を直接見たい!


 巷に広まっているご一家の肖像画で拝見したことはあったけれど、実際に拝謁するのは初めて。

 お許しが出たので、そっと顔を上げつつ視線を定める。

 ん? あれ? んー?


「おい、ミラ。あまり凝視するな。失礼だぞ」

「……てことは、やっぱりあの方が殿下?」

「ああ。夢見てたとおりだろう?」

「夢見てた?」

「かっこいい方だろう?」

「ああ……うん」

「どうした? 本気で夢見てるのか? ちゃんと起きとけよ」

「失礼ね。ちゃんと目は覚めてるわよ」


 うん、頭もはっきりしてきた。

 確かにかっこいい方だと思うけど、夢見てたような感じではないなあ。


「ほら、踊ってるうちにもっとしっかり目を覚ませ。後で紹介してやるから」

「アークは殿下とお話したことあるの?」

「当たり前だろ」

「そうだよね」


 次期公爵なんだから当然だよね。

 社交界デビューだってとっくにしてて、美人なお姉さんもいっぱい知ってて、女の子にもいっぱい告白されてて、縁談だって何件もきてるんだから。

 ずっと一緒に育ってきたから、何でも知ってると思ってたのに、何も知らなかった気分。

 練習に何度も付き合ってくれたダンスはこんなに息ぴったりに踊れるのに、いつもと違って全然楽しくない。


「――殿下、こちらがカワイネ伯爵のご息女、ミラクル嬢です」

「ああ、やっぱりあなたがミラクル嬢か。噂はかねがね聞いているよ」

「は、はじめまして、殿下。ミラクル・カワイネです」


 ダンスが終わってから、言っていたとおりアークが殿下に紹介してくれた。

 どきどき緊張はしてるけど、何か違う。

 噂って何だろうって、私が可愛いってことかな、とか気になることはあるけど、それよりも気になるのは予定と違ったこと。

 残念ながら殿下とは恋に落ちなかったみたい。


 それからしばらくアークの隣で殿下をこっそり観察。

 あれ? あれれ? ああ! そういうこと!?

 何だか色々とわかってアークを見ると、また心配そうに私を見てた。


「ミラが世界で一番可愛いよ」

「うん、知ってる」

「それならよかった」

「でも、殿下にとっては私は世界で一番じゃないみたい」

「……そうかもな」

「そうだよ。だって、殿下のお顔に書いていらっしゃるもの」


 目の前にいらっしゃるご令嬢のことが『世界で一番可愛い』って。

 あれが恋する男性のお顔なのね。

 ちょっとだけ場所を移動して、ご令嬢のお顔を見る。

 でも、私ほど可愛いわけではないと思う。

 口に出したらまたアークに怒られそうだから言わないけど。


「あのご令嬢のお顔にも書いているわ。『殿下が世界で一番かっこいい』って」

「大丈夫か?」


 アークが本当に心配していたのは、このことだったんだ。

 本当に本当に、アークは優しいなあ。


「うーん……。私くらい可愛いと、二人の間に割り込めるかも?」

「……まだ公にはなっていないから、できないことはないかもな」

「協力してくれるの?」

「まあ……ミラがどうしてもって言うなら」


 アークの言葉にすごいショックを受けてるのは、そういうことだよね。

 本当に本当に、私は馬鹿だなあ。

 今になってわかるなんて。


 また涙が出そうになったけど、今度は俯いたりしないでしっかり顔を上げた。

 そしてアークの顔を見たら、すごく変だった。

 何て言うか……。


「芋虫を嚙み潰したような顔?」

「苦虫な」


 だけどやっぱりアークの顔はキラキラして見える。

 周囲を見回して、殿下を失礼にならないように見て、改めてアークを見つめる。


「計画は俺が考えるから、ミラはひとまず何もするなよ」

「今でもアークは私が世界で一番可愛いと思う?」

「ああ」

「綺麗な人も、それなりに可愛い子もこんなにいっぱいいるのに?」

「そうだな」

「私、馬鹿なのに?」

「馬鹿なのも可愛いよ」

「ちょっとアークはどうかしてると思う」

「あのなあ……」

「でも、そんなアークもかっこいい」

「……は?」

「私は、アークが世界で一番かっこいいと思う」


 そう言ったときのアークの顔は今までみたことがないくらい面白かった。

 それでもやっぱり世界で一番かっこいい。


「今、気付いたんだけどね」

「遅えよ」


 ぽつりと呟いたら、ぽつりと返ってきた。

 それから二人で笑い合って、もう一度ダンスに誘われたので、私は喜んで私の王子様の手を取った。



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