氷室雪乃
♢
私の名前は
「……」
私の隣には、日向陽太という男子高校生が歩いている。中肉中背で、ルックスはそれなり、髪の色は黒髪で、長さは短過ぎず、長すぎず。どこにでもいるような男子高校生である。何故彼の隣で歩いているかというと、一緒に帰ろうと私が誘ったからだ。転校初日から、少しばかり、いや、かなり大胆な申し出であっただろうか。しかし、他に思いつかなかった。
「ふう……」
私はため息まじりに髪をかき上げる。銀髪の髪は気に入ってはいるが、やはり目立ってしまっている気がする。とはいえ、黒髪に染めるのも気が進まない。周囲も特に何も言ってこない――それは私の仕事ぶりを評価してのものだろうか? 違う気もするが、そういうことにしておこう――私は右手を鞄の持ち手に戻し、両手で、両膝の前あたりで鞄を抱える。
……日向陽太がチラチラとこちらを見ている。バレていないつもりであろうが、バレバレである。なにか話しかけてくれれば良いのではないだろうか? いや、初対面の相手とそんなに話すこともないか……。いや、例えば、私は東京から引っ越してきたのだから、「東京のどこから来たの?」とか、なんとかあるだろう。まあ、私は偽りの設定を淡々と答えるだけなのだが。もしや、それに気がついて……いないな。何が楽しいのか、私のまつ毛や唇をチラチラと見ている。注意するべきであろうか。いいや、そうしたら彼は謝ってきて、二人の間に微妙な空気が流れることは必至だ。初日から空気を悪くすることはない。互いの心の距離感が離れてしまう。距離を詰め過ぎたとは考えないことにする。
……日向陽太は尚もこちらをチラチラと見ている。視線が下の方に移ってきた……そう、体だ。訓練された私でなくとも、大概の女子は気付く……いわゆる『エロい』視線だ。年頃の男子ならば致し方無いことなのだろうが、やはり良い気はしない。しかし、ここで注意などしてしまったら、彼はこの世の終わりかのようなテンションで謝ってくるだろう。二人の間には大きな溝が発生してしまうことになる。それはあまり好ましいことではない。見られるのも好ましくはないのだが。……胸のあたりから、ウェストやヒップの方を舐め回すように見られている。まったく、困ったものだ……。まあ、もう少し、互いの関係性が深まってきたら指摘しよう。それが彼の今後の人生の為にもなるはずだ。
……彼の視線が私の手袋や、アンダーシャツに移ってきた。長袖の制服の下にそれを着込んでいることを不思議に思っているようだ。その内に分かることだろうから、ここで何か言わなくても良いだろう。彼が尋ねてきたら? ふむ、その可能性も十分に考えられる……説明するのも面倒だな、どうすれば良いか……とかなんとか考えていたら、お客様のご登場だ。あまり歓迎したくはないのだが。
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