第3話 アニィさんと一緒


 アニィさんは鬼らしいのですが、たまに疑わしくなります。何歳なんでしょうか?


「あ! た、タツミくん。た、助けて」


 学校からの帰り道、友達と別れて一人で歩いていると急にアニィさんの声が聞こえてきました。周囲を見回すと、狭い路地にアニィさんが隠れていました。今日はライダースーツではなく、お母さんの服を着ています。そんなアニィさんがボクを手招きしています。


「何をしているのですか、アニィさん?」

「い、犬は? も、もういない?」

「犬さんですか?」


 ボクは周囲を見回します。通りには犬も含めてボクしかいません。


「いないです」

「よ、よかったー」


 安堵した表情で胸を撫で下ろしたアニィさんが路地から出てきました。


「犬が嫌いなのですか?」

「う、うん。声が、その、恐くて」

「大変ですね。でも、なんでウチから外出されたんですか?」


 アニィさんは昨日からボクのうちに泊まっています。昨晩はお母さんと夜更かしをしたらしく、今朝は二人とも眠そうでした。アニィさんは分かりませんが、お母さんはきっと朝ご飯の後に二度寝をしてたと思います。


「し、信々しんしんくんと約束してたから。お寺、い、行かないと」


 そういえば昨日、寧々ねいねいくんとそんな話もしていました。


「ね、ねえ、タツミくん? あ、あの。よければ、よければなんだけど。その、お寺まで、案内してくれない、かな? で、できれば、い、犬が少なそうな道で……ダメ、かな?」

「いいですよ」


 ボクはアニィさんの手を引いて歩き出しました。


「あ……」


 すると、握ったアニィさんの手から力が抜けました。


「そ、その……ありがとう、タツミくん」

「どういたしまして」




「お! 来年はアニィさんか! 良い年になりそうだね」

「お、お久しぶり。う、うん。が、頑張る、ね?」


「アヒャヒャ。お迎えが来る前にギリギリこちらで会えて良かったよ!」

「う、うん。私も、ま、また会えて嬉しい。そ、その調子だったら、また、次も会えたり?」

「アヒャヒャ。無理言わんでくれさネ。次はあの世でもよろしく頼むヨ」

「……うん」


 お寺への途中、犬を飼っているおうちや犬の散歩コースになっている道を避けて通る中、商店街の中に入るとたくさんのオトナの人から声を掛けられました。信じていなかった訳ではないのですが、本当に町の大人たちは知っていて、しかも人気みたいなのです。


「おっと? 手をつないでアニィさん、デートかい?」

「ヒィエ!? ち、ち、ち、違う、から」

「本当かい?」

「ねえ、アニィさん。手、放した方が良いですか?」

「え? う……ううん。その、め、迷惑じゃなかったら」

「わかりました。でも、バイクでは行かないんですか?」

「だ、だって、あれ、こ、恐い……」


 ……まあ、安全第一とはボクも思うのです。それからですが、商店街をお手伝いするアニィさんのお姿をたまに見かけするようになりました。



 またある日の事です。


「……うぐっ。えぐぅ」

「どうしたんですか、アニィさん?」


 コタツに座っているアニィさんの背中に声を掛けると肩をビクッと震わせました。そしてゆっくりと顔を振り向かせます。


「た、タツミくーん」

「はい」

「み、み、みかーん」


 涙目のアニィさんがボクに言いました。見るとコタツのテーブルの上には、ぐちゃぐちゃになったミカンが3つ乗っていました。


「ああ、上手く剥けなかったんですね」

「う、うん。剥いて、貰っても、いい、かな?」

「いいですよ」


 ぼくはコタツの上のミカンを一つ取ると、剥いていきます。


「ミカン、お好きなんですか」

「う、うん。好き。でも、力加減が、分からなくて」


 アニィさんは悔しそうに自分の両手を睨むとグゥパァさせてました。


「そうなんですね。はい、あーん」

「え!?あ、あーん?」


 ボクが剥いたミカンを一房アニィさんの口元に運ぶと、困惑しつつも口を開けてました。そして咥えたミカンをモグモグすると表情が綻んでいきました。


「あと何個か剥いておきましょうか?」

「う、うん。お願い。ああ、幸せ」




 アニィさんが来てから3週間が経ちました。今日はクリスマスです。空は曇天です。寒いです。


「け、け、け~きー。ケーキいかがですかー?」


 と、遊ぶ約束をしていた友達との待ち合わせ場所に向かう途中で、か細い声で叫ぶアニィさんを見かけました。サンタの恰好をしたアニィさんはコンビニの前で、ケーキを売ろうと頑張っています。正直この町に洋菓子屋さんはないので、ケーキが欲しければこのコンビニで買うか、作るか、隣町まで行くかの三択になります。でも、売り上げに貢献してないかというとそうでもないようで、大人の人はアニィさんの姿を見ると足を止めますし、普通にアニィさんは美人なのでアニィさんを知らない若い人も足を止めて行きます。


「あ、た、タツミ~」


 サンタの恰好をしたアニィさんがボクの姿を発見して大きく手を振ります。


「アニィさん、大盛況ですね」

「そ、そうかな? う、うん。ちょ、ちょっとでも貢献、できてたら、いいな」


 駐車場に急遽設けられたテーブルに並ぶケーキを見つめます。と、そこでアニィさんは言いました。



「あの、ね? わ、悪いんだけど、タツミくんに、少し、お願いがあるんだ」

「いいですよ」

「え!?い、イイの? わ、私、まだ、何も言ってない」

「それで何でしょうか?」

「え、あ、あの。……おいで?」


 アニィさんは、コンビニの裏へと体を向けると手招きしました。すると、建物の影からボクより少し小さいくらいの女の子が姿を現しました。その子はタッタとアニィさんの走り寄るとすぐに後ろに隠れてしまいました。この辺では見掛けた事のない女の子でした。


「あ。ね? だ、大丈夫だから。この子は、タツミくん、って言うんだ。いい子、だから安心して、いいよ? ……あのね、タツミくん、この子と、しばらく、遊んでいて、欲しいんだ。いい?」

「はい。ボクは、タツミって言います。君はなんて名前なのですか?」


 ボクは、彼女に手を差し伸べました。その子は、あいかわらずアニィさんの後ろに隠れてアニィさんの表情を窺っていましたが、アニィさんがコクリと頷くと、やがて陰から出てきてボクの手を取りました。


「……セツ」

「では、セっちゃんとお呼びしますね。これからみんなで遊ぶんです。セっちゃんもどうですか?」


 セっちゃんは、もう一度アニィさんを振り返ります。それにアニィさんは……アニィさんは普段の怯えた表情ではなくまるでセっちゃんのお母さんの様に静かで優しい安らぐ笑みを浮かべて、コクリと頷いて応えました。セっちゃんも、コクリと頷きます。


「行く」

「では行きましょう」


 セっちゃんはボクに手を引かれて一歩足を踏み出しました。


「行ってらっしゃい。楽しんでおいで?」


 アニィさんはそう言って、セっちゃんとボクを送り出したのでした。



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