第2話 コタツ談義
ボクのお母さんは桃香といいます。歳の話をすると、少し機嫌が悪いです。
「アニィちゃん、遅いよ!!」
「ヒィ!?ご、ごめんよ~」
お母さんの第一声に、アニィと名乗った女性は両腕を上げて身構えました。そんな状態のアニィさんにお母さんは近づくとひょいひょいと髪に付いた落ち葉を取っていきます。そしてアニィさんに抱き着きます。アニィさんは、されるがままです。
「会いたかった。もう、何年待たせるの? 今じゃ私、お母さんしてるんだよ?」
「……うん。ごめんね」
ひとしきりお母さんとアニィさんは抱擁を交わして再会を喜び合っていましたが、しびれを切らした
「モモさん。知ってるみたいですけど、ソイツ大丈夫なんですか? 危なくないんですか?」
「んー? 問題ないよ。どれだけ気にしてもアニィちゃんがその気になれば私らが束になっても敵わないもの」
「それはちっとも安心できないんだけど?」
寧々くんはあいかわらずボクとアニィさんの間ですぐに動けるようにしています。そんな寧々くんにアニィさんは困惑しています。
「ワ、ワタシ、わるいオニじゃ、ないよ」
「鬼!?」
「ヒィっ!?」
寧々くんの大声に驚いたアニィさんは悲鳴をあげました。そこでお母さんはアニィさんに抱きつくのを止めて振り返ります。
「はい、ストーップ。寧々、今あなたが一番私たちを危険に晒してる自覚ある?」
「む……」
「わ、わたし危険じゃないってばぁ」
「まあいいや。詳しくはおうちの中で話そ? 寒いしもう真っ暗だし。タツミもお疲れ。掃除はもういいよ。災難だったね」
「焚火、したかったのです」
「ご、ごめんね、タツミくん。今度、て、手伝うから」
部屋の中は外に比べるととても温かでした。お母さんは、まずアニィさんをコタツの上座に案内しました。アニィさんはコタツに座ると、コタツに置かれてるミカンをじっと見てます。食べたいのでしょうか? そこから時計回りにボク、寧々くんと座りました。昆布茶を入れてきたお母さんが最後にアニィさんの隣りに座ります。それぞれにお茶を渡し一息ついたあと、ようやくお母さんが話し始めました。
「それじゃ改めて。はい、こちら、鬼のアニィさんです。皆さん、拍手~」
「ど、どうも。ご、ご紹介に預かりましたあ、アニィです。その、よ、よろしく」
「そして来年の年神様です」
「……鬼だろ?」
「いいのよ。どちらも稀人で神も鬼も区別しないわ。ナマハゲや花祭のように鬼の姿の来訪神は珍しくないでしょ?」
「か、神じゃないよぉ……」
「……」
寧々くんは未だに疑わし気にアニィさんを見ています。その目線にアニィさんはたじろいでいました。
「あ、あのね、モモちゃん? タツミくんは分かるんだけど、こっちの子はだ、誰かな?」
「ほら、お寺の」
「あ。ああ!じゃあ、し、
「親父の事も知ってんのか?」
「わ、私は数十年毎にこの町で年神様させて貰ってるから、そ、その、……この町の大人たちならだいたいみんな知ってるんだ。し、知ってるよね? うん。……お、面白いね」
「何が面白いんですか?」
ボクが質問すると、アニィさんはボクに目を向けました。そして、ボクに対して少しだけ得意げに説明してくれました。
「た、タツミくんと寧々くんの家はずっと昔からこの町にあったんだ。そ、それでね? 不思議な事にいつも片方が男だと片方は女でね? いつ来ても仲良しなんだけど、で、でも、不思議とけして交わる事はなかった、んだ」
「そうだったんですね。でもボクも寧々くんも男ですよ?」
「う、うん。だ、だから面白いの。わ、私の知る限り初めての事。二人の未来が、どんなものになるか、と、とても楽しみ」
アニィさんはそう言って、微かに笑いました。
「アニィさんって」
「うん?」
「鬼なんですよね?」
「そ、そうだよ?」
「角ないんですね」
「あ、あるよ。ほ、ほら。こ、これが、そう」
そう言うとアニィさんは金髪を掻き分けました。すると、頭のぽこりとしたコブが二つ見えました。
「角です!」
すごいです! 角です! 鬼って本当に角があるんですね! 髪に隠れて全然気づきませんでした。アニィさんは髪を掻き分けたままじっとしてくれていたので、ボクは夢中でそれを観察できました。
「……さ、触ってみる?」
「いいんですか!?」
「う、うん。いいよ」
そう言ってアニィさんは身を屈めてくれました。ボクはコタツから抜けて出して立ち上がるとアニィさんの頭にゆっくりと手を伸ばします。
「あ、あの。あんまり乱暴には、触らないで欲しい、かな」
「はい」
ボクは表面をなぞるように触れました。温かいです。スベスベして、でも中には固い何かが入ってる感触がしました。
「ンッ……!」
「痛かったですか?」
「う、ううん。で、でもちょっとくすぐったくて、その……も、モモちゃんと、全然違うね?」
「お母さんと?」
「うん。モモちゃんがタツミくんぐらいの時は、私に聞きもしないでぺ、ペタペタ触り始めてたから」
「モモさん?」
寧々くんがジト目でお母さんを見ます。するとお母さんが少し早口に言い訳しました。
「なによ? 子供の頃の話でしょ? もう時効よ時効」
「……モモちゃん、そんなこと言って。わ、私、まだあの時のこと、ちょ、ちょっと怒ってるんだから、ね?」
「お母さんが何かしたんですか?」
「ね、寝てる私の髪を金髪にして、か、勝手に突然『今日からあなた、アニィね!』って名前つけられたんだよ」
「元々どちらも違ってたんですか!?」
「そ、そうだよぉ。わ、私、別に外国から来たわけじゃない、のに。なのに」
「でも、アニィちゃん、金髪似合ってるでしょ?」
「はい、とても。髪が揺れる度にキラキラしてとても綺麗です。でも勝手に変えちゃうのはとても良くないと思います」
「う、うわ~~~~ん。あの時も親からすごい怒られたのに、20年後に息子からも怒られたーーー」
そう言ってお母さんはコタツに伏せました。でも、良くない事は良くないと思うのです、お母さん。一方アニィさんはというと、「き、きれいだって。ふ、ふへへ、へへへ」と、赤い顔をして指先をいじっていました。
「モモさんが名付けたのか? じゃあ、モモさんが使役してるの?」
それまで黙っていた寧々くんが急にお母さんに質問しました。お母さんは、顔を伏せたまま手をパタパタ振ります。
「まっさかー。できる訳ないって。力量不足も甚だしいよ」
「でも名前」
「アニィちゃんが見逃してくれただけ。アニィちゃん、優しいから」
「……わ、私、べ、別に元の名前に執着なかったから」
「うん、だからおかげで名付けに失敗せずに呪詛返しを受けずに済んだ。だから今ここに私は五体満足でいる」
「ああ、お母さんがとても怒られたのはとても危ない事をしたからなんですね。アニィさん、お母さんを助けてくれてありがとうございます」
ボクがお礼を言うと、一瞬目を見開いたアニィさんはやがて「く、くく」と笑い始め、やがて
「ア、アハハハ! ま、まさか。20年経ってその息子からお礼を言われるだなんて! アハハハハハ」
と、赤い顔をして声を上げて笑っていたのでした。その様子にお母さんは更にバツが悪そうに顔を赤くしていて……ごめんなさい、お母さん、ちょっと可愛かったです。
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