アニィさん、ねぇ、笑って?
dede
第1話 冬の到来
「まるで俺たち、ロミオとジュリエットみたいだよな?」
そう言って寧々くんは自慢の茶髪を掻き揚げると嬉しそうに言いました。手伝って貰ってる立場で言うのも図々しいとは思うのですが、雑談しながらでも手は動かして欲しいです。
「あの、ボクはそのお話を知らないのですが、ボクたちに関係あるんですか?」
「家同士の仲が悪くて、仲良くできない男女の話さ」
「なら関係ありません。ボクらは男です」
「でも俺の家はお寺だし、タツミの家は神社だろ」
ボクは掃く箒を止めて顔を上げます。そして目の前にある山を見上げます。ボクらのいる駐車場から石の階段が伸びていて、その先にはボクのおうちと神社が見えています。
今度は体を捩じって反対側の山に目を向けます。寧々くんのお寺はその山の中腹です。ボクらの山の間に町があります。遠いですし、日もそろそろ沈みそうな時間帯ですし空は厚い雲で覆われています。ボクの目はいい方ですが薄暗くてお寺は見えませんでした。それでも山のシルエットの中に明りが灯っている所があったのでそこがきっとお寺でしょう。
ボクは視線を落としてまた竹箒を動かします。寧々くんも再開してくれたみたいです。落ち葉が擦れる音が聞こえました。昼間ならイチョウとカエデの落ち葉で少し綺麗なのですが暗いせいで色の違いが良く分かりません。そろそろお終いにした方が良いかもしれません。
「ボク等の家は仲が悪いのですか? 昨日もお父さんはおじさんと町内会の後に飲んで帰りが遅かったと聞いてるのですが」
「家の仲は良いけどさ、やはりお寺と神社は相容れないものだろ?」
「ならやっぱりボク等の仲が悪いのに家は関係ないですよね」
「え、待て。タツミは俺らの仲が悪いと思っているのか!?」
寧々くんは手を止めると慌ててボクに問い質しました。
「仲良くないからロミオとジュリエットを引き合いに出したんですよね?」
「俺らは仲良しだろう。ただ、もっと仲良くなりたいんだ。家の反対とか、こう、好きになっちゃいけない理由があるとなれば、なんというか、こう、燃えそうじゃないか?」
「ボクにはよくわからないのです……」
「タツミはおこちゃまだなー?」
「普通、小3はお子様だと思うのです……って」
そんな事を話してると、エンジン音が聞こえてくるのに気づきました。ドドドドッと徐々に大きくなります。音のする方角はちょうどこの駐車場に続く道しかありません。駐車場の入り口に目を凝らしていると更に音は大きくなり、やがてバイクのヘッドライトが見えました。突然の鮮明な明りに、一瞬目が眩みます。
「おい、タツミ!!」
寧々くんがボクを抱えて大きく飛び退きました。少し遅れて、さっきまでいた場所をバイクが通り過ぎました。バサッとボクらの集めていた落ち葉が吹き飛ばされました。そして激しいブレーキ音の後、横滑りしたバイクは土煙を上げて停まりました。エンジン音が止み、静かになります。ボクは目を凝らしますが、バイクも黒、乗っている人も黒い服装で、黒いフルフェイスのヘルメットをしているみたいなので闇に紛れてよく見えません。ボクを抱えながら、緊張した声音で寧々くんが言いました。
「タツミ、気を付けろ」
「はい?」
「あれ、人じゃねーぞ」
「そうなのですか?」
ボクはもう一度目を凝らしました。すると、チカチカとバイクの頭上で明滅したかと思うと、バイクを照らしました。夜になり、駐車場の街燈が点いたのでした。それはまるでスポットライトが当たってるようでした。
「……でも」
ボクは寧々くんの顔を見上げると服を引っ張ります。
「どうした?」
「あれ、悪いモノではないですよ」
「今俺ら轢かれそうになったよな!?」
光に照らされたバイクを改めて観察します。大きくて黒い光沢のあるバイクにまたがる、黒ずくめの人。黒いライダースーツのシルエットは丸みを帯びていて、胸の辺りにも起伏がありました。片手でハンドルを握ったままコチラに視線を送ってるようでしたが、フルフェイスなのでよく分かりません。舞い上がったイチョウやモミジの落ち葉が周囲を舞っています。やがてバイクの人はヘルメットに手を掛けると、首から抜き取りました。
「あ」
思わず息が漏れました。ヘルメットを取ると、長い金髪が零れ落ちたのです。それを軽く首を振って払いました。すると、光が髪に反射して、キラキラと反射してとても綺麗でした。それはとても綺麗な女性でした。赤や黄色の落ち葉が降りしきる中、バイクから降りてこちらを見ています。そしてその綺麗な形の口が動きました。
「ご」
その方の表情は崩れ、今にも泣き出しそうです。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
両手で顔を覆うと、イヤイヤとするように頭を振ります。左右に振れる長い髪が光に反射します。キレイでしたが、ボクらは呆気に取られていました。
「ち、違う、違うのっ!わざとじゃないの!ほ、ホントにわざとじゃないの!これだから、これだからバイク嫌だって言ったのに!言ったのに!私運転下手だって言ったのに!山道落ち葉が滑って恐いって言ったのに!ああ、それなのに!言ったのに、だから、こうなってしまって、ああ、もう……。あ、あの、ご、ごめんね? 本当にごめんね? その、ケ、ケガは? だ、大丈夫? そ、その、本当に、ごめんなさい!!」
その方は大きく頭を下げました。長くて綺麗な金髪に、今ではたくさんの落ち葉がくっついていました。と、舞い上がった落ち葉はもう全て落ちてしまいましたが、代わりにその方の回りを何かがチラついてるのに気づきました。
雪です。今年初めての雪です。今年も冬になったんだなぁとボクは場違いな事を考えてました。ボクは寧々くんから降ります。そしてその方に近づこうとしましたが、寧々くんに止められて後ろに下がらされました。仕方なくその場で話します。
「大丈夫です。ケガもないです。ところで、何か御用ですか」
その方は安堵の表情を浮かべました。
「よ、良かった……本当に良かった。その、本当にごめんなさい。それで、こんな事しでかした後で図々しいとは思うんだけども、その、お願いしても……いい?」
「なんですか」
「も、モモちゃんに伝えて欲しいんだ。アニィが来たって」
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