第7話 魔王の城

「遅いと思って見に来てみれば、弱い者いじめか。イバーラ」


 冷めた声がフロアに響く。

 声のした階段上に向かって、イバーラが膝を折り頭を下げた。


「申し訳ございません、大魔王陛下。私めとした事が、大魔王陛下へのお目通り前にこの無礼な客人に礼儀作法をしつけるつもりが、少々手間取ってしまいました」

「イバーラ。誰がそんな事を頼んだ? 吾輩はただ『客を連れてこい』と言っただけだが?」

「は。その通りでございます、大魔王陛下」


 階段の上にいた男の人が降りてくる。

 貴族の着るような装飾のついた軍服に、長いマント。銀色の長い髪がサラッと揺れる。姿勢よく降りてきたその人物に、私は見覚えがあった。


「魔王、ラインハルト」


 思わず呟いてしまった。魔王の興味が私へ移る。


「ほう。吾輩を知っているのか」


 魔王は切れ長な目を細め、にやりと口角を上げながら私に近づいてきた。


「よく来た、アリシア・エリザベス。我が妻よ」


 魔王がごつごつした長い指で私の手をとり、指先にキスをする。


「会いたかった」

「……え、へっ?」


 あまりの事に変な声が漏れる。


「ど、な、え? な、どっ……」


 どうして、なんで、え? 何? どういう事?

 そう言おうとしたのに、何も言葉にならない。


「ここまで乱暴な方法で連れてきてすまなかった。来るがよい、アリシア。吾輩の部屋で話そう。イバーラ、茶の準備を」

「は」


 魔王の右手が私の腰に回る。ぐいっと力強く抱き寄せられて、私はたまらず彼の顔を見上げた。近すぎる。視界が魔王の顔で埋め尽くされてしまう。


(でも、綺麗)


 彫りの深い左右対称な顔は完璧な造形だった。美形というのはこういう事なのか、と初めて理解する。目を奪われて、息をするのも忘れそう。

 ……なんて、見とれている場合じゃない。


「あ、あの!」

「お前も来るか?」


 私の言葉を遮り、魔王がルールーに向かって手を差し出している。


「ぴ? ぴっきゃあ!」


 ルールーは「良いんですか?」とでも言うように、喜んで魔王の手に飛び乗った。なんという事でしょう。美形な魔王ともふもふなルールーの組み合わせは、破壊力100倍だ。

 ……って、見とれている場合じゃないってば!


「あの! その前に、この子たちを休ませてあげたいんですけど!」


 私は魔王の腕の中で、視界の先にいる馬と獣たちを指さした。一緒に旅をしてきたみんなは、まだ元気なく座り込んでいる。


「そうか。ではイバーラに介抱させる」

「え、さっきの人ですか? だいぶ心配なんですけど」


 だって、ルールーをウサギ串にするなんて言う人だ。下手したら馬刺しと犬汁にされるかもしれない。


「案ずるな。イバーラは吾輩の命令には背かない。大事にさせよう」

「……はあ」


 不安はあるけど、一応納得する。さっき見た限り、確かに魔王の命令を破りはしないだろう。

 魔王が私の腰に手をまわしたまま階段を登りはじめた。足を上げる。魔王の手が腰骨を撫でる。


「……っ!」


 なんか、エロい。密着した魔王からはスパイスみたいな匂いがした。どこへ連れて行かれるのか、何をするのかも判らないから、余計に胸がバクバクする。


「来い」


 階段の先にある悪趣味な骸骨の扉を抜ける。その先の広間の両サイドと正面にそれぞれ通路があって、魔王は右側の通路へ進んだ。通路の壁には魔物の肖像画が無数に飾られていて、その間に鎌や剣などの武器が並んでいる。魔王という単語の殺伐さが壁に濃縮されているみたい。

 今更だけど、この人について行って大丈夫だろうか。

 話ならここでだって出来る。それなのに奥へ奥へと進んでいくのは、浅はか?


「どうかしたか」


 急に足が重くなる。場所に、人に、状況に恐怖を覚えて、なかなか一歩が踏み出せない。


「ああ、瘴気に当てられたな」


 へたりこんだ私を見て魔王が言った。


「瘴気?」

「城の周りにある毒草のせいで、ここには瘴気が貯まるのだ。慣れぬうちは辛かろう」

 

 魔王はそう言うと、私をひょいっとお姫様だっこする。


「やっ」


 人生初のお姫様だっこはロマンチック……ではなく、恐怖と恥ずかしさでパニックになりそうだった。


「落ち着け。とって食おうというわけではない」

「で、でも! 恥ずかしいです! 降ろしてください」


 心臓がバクバクする。

 下から見上げる魔王の顔は、飛び出た頬骨と長いまつげが凄く色っぽい。美しすぎる相手に抱えられるという居心地の悪さが、余計に私の鼓動を速くする。


「歩けます。降ろして」


 はやる気持ちで降りようとすると、魔王は拒否するように私を抱えなおした。

 魔王の手に乗っていたはずのルールーはいつの間にか彼の肩に乗り、ぴきゃぴきゃ言いながら私を心配そうに見下ろしている。


「やめておけ、アリシア。壁や床には邪気が宿っている。今のお前が触れては負担がデカいだろう。降りたら死ぬぞ」


 いや、それって降りなくてもいずれ死ぬのでは……?

 そんな疑問をよそに魔王は私を姫のように扱いながら城の奥へと連れて行く。

 奥まった部屋の前に着くと、勝手に扉が開いた。


「少し休むが良い」


 魔王がベッドに私をそっと降ろす。

 魔王という肩書きの割に優しいな、と思う。ベッドに邪気はないのかな? と疑問はあるけれど。


「ありがとうございます……って、何?!」


 お礼を言おうとしたのも束の間、魔王は私の服を乱暴に脱がせ始めた。


「やめてください!」


 渾身の力で抵抗する。


「大人しくしろ。負担を減らすには吾輩の魔力を注入した方が良い」

「魔力を注入?! 裸になる必要あります?!」

「アリシアは服を着たままするのが好きか?」

「何を?!」


 話している間に魔王までも服を脱ぎ始める。


「何、か。お前が帝国で貴族の男どもとしてきた事だと言ったらわかるか? 嫌いではないのだろう?」


 魔王の言葉にアリシア・ガーネットの人生を振り返る。

 追放された理由。

 それは沢山の貴族たちと関係を持ったこと。


「いや、それは」


 私の意思じゃない。私は何もしていない。

 目の前の魔王が上半身裸になる。

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